第6話 これからは侍女として働きます②

 私はメイド二人によってメイク、ヘアのセットをしてもらい、そしてドレスも着せてもらうことに。

 今まで着替えや髪のセットは自分でしていた。

 実家にもメイドはいたけれど、人数も少なくて私の身支度までは手が回っていなかった。あと騎士服を着ることが殆どだったので、メイドに着せて貰う必要がなかったというのもあった。

 メイクをしてもらうのはほぼ初めて……化粧した自分は何だか別人みたいだ。

 着替えが終わった私は、ドアをノックしハイネルの部屋に入る。

 そして恐る恐る尋ねてみた。


「ど、どうかな……久々にドレス着たからちょっと違和感があるのだけど」

「違和感なんてあるわけないでしょう! あああ、やっぱりサラは綺麗なのね」


 私のドレス姿を見て、目を輝かせて感激するハイネル。

 そんな風に言ってくれるのは彼女ぐらいだ。

 従姉妹のアニタナからは「サラはドレスよりも、騎士の格好が似合う」と言われていた。

 騎士して誇りを持っていた私としては、嬉しい言葉だったのだけど、たまにドレスを着なくてはならない社交場でドレスを着るとアニタナは、何とも言えない苦い顔をしていた。

 家族や兄弟も、従姉妹であるアニタナと私をよく比較していた。


「やっぱりドレスをアニタナのように着こなすのは、お前には無理があったみたいだな」

 

 そう言ったのは実兄のケネスだった。

 母親と父親はそんな兄の言葉に苦笑していた。

 二人も口には出さないけれど、やっぱりドレスが似合わないと思っていたのだろう。

 その時は怖くて聞けなかった。

 

 その後のお茶会でケネス兄様とアニタナは一緒になって、ドレス姿の私を見て笑っていた。私はそれ以降、ドレス着用が義務づけられている社交の場には極力出ないようにしていた。

 今回は親戚でもあるバークル家からの招待だから断れないのだけど。



 ハイネルに手放しに褒めてもらうと、何だかこの格好をするのも悪くない気がした。

 侍女服はドレスにしては動きやすいし、そこまで派手じゃないし。

 私はハイネルに邸宅を案内してもらうことに。

 彼女の護衛となると、邸宅の構造を知っておくことは大事だ。有事の時の脱出ルートも確認しておかなければならないし、侵入の恐れがある場所の把握も必要だからな。

 しかし歴史があるマノリウス邸内には、芸術作品が飾られている絵画の間や彫刻の間、資料の間などがあり、まるで博物館を回っているような感覚になる。

 邸宅内を一通り案内された後、私達は庭園へ向かうべく練兵場の前を通りかかった。


 あ……皆、がんばっているな。


 練兵場を走った後なのか、皆へばっている。私の時よりも走る距離が増えたのかな? 

 中には倒れて動けない新人騎士もいる。

 その一方、ライデンだけは相変わらず平然としていて、次の稽古に向けて柔軟体操を始めていた。

 ふとそのライデンと目が合う。


「「…………」」


 何だか目を凝らしてこっちを見ているような? 

 急にこんな格好しているから吃驚しているのかな?


「ハイネル、ちょっといい? ライデンが何か言いたそうにこっちを見ているみたいで」

「ライデン? ああ、あの子ね。うふふ、サラのことじっと見ているわね」

「きっと驚いているんだと思う……昨日まで騎士服で過ごしていたし」

「そうね……確かに驚いているわね」


 ハイネルは何だか意味深な笑みを浮かべている。さっきケンリック様も似たような笑顔を浮かべていたけど、夫婦揃って何でそんな風に笑うんだ? ?

 そんな彼女に首を傾げつつ、私はライデンの元に歩み寄る。


「ライデン、突然こんな格好になったから驚いたのだろう?」

「あ……ま、まぁ……」


 ふいっと顔を反らしてライデンは小声で答える。

 何だか歯切れが悪い返事だな。

 私はライデンの肩を叩き笑いながら言った。


「元々はハイネル様の侍女としてここに来たから。この姿にも慣れてもらわないと」

「あ……ああ……もちろん。だけど今はまだ、ドキドキする」

「何、そんなに驚いた?」

「驚いた……そんなに綺麗だったとは思わなくて」

「――」


 不意打ちだった。

 綺麗? 私が? 

 お世辞で言っているのか、と思ったが、顔を赤らめ上目遣いでこっちを見詰めているライデンの眼差しが演技だとは思えない。これが演技だったら彼は名優だと思う。

 私はそんな彼から視線を外し、極力地面の方を見ながら言った。


「ライデン、お世辞を言った所で何もでないから」

「お世辞じゃない」

「……でも……私より綺麗な人なんかいくらでもいるじゃないか。 特にライデンはモテそうだし」

「サラ以上に綺麗な人は知らない」


 ハッキリと言われ、私は息を飲む。

 あの夢と全く同じ台詞だ。

 次の瞬間、夢の中のライデンに激しく求められたことも思い出してしまい、だんだん自分の顔が熱くなっていくのが分かった。

 動揺する気持ちを何とか隠し、私は作り笑いを浮かべた。


「い、いや。まぁいいドレス着ているし、化粧もしてるから、ちょっとはマシにはなっているかもしれないな」

「そんな格好しなくてもサラのこと、綺麗だと思っていたし。今はもっと綺麗になって驚いている所だ」

「えっと、ライデン……まさか今まで女性に縁がなかったとか?」

「縁談は山ほど来ているし、女から口説かれたことは何度もあるけど、サラ以上に綺麗な人は他にはいない」


 もう一回言った!?

 しかもこっちをじっと見詰めている。私の顔に何かついているのか? 

 そんなに見られたらこっちも変に意識してしまう。

 私は上ずった声で何とかライデンに言った。

 

「あ……その……もう、行かなきゃいけないから」

「そうだな。また会おう」

「……」



 私はそれには応えず、逃げるように身体を翻し、ハイネルの元へ戻った。

 背中に痛いほどライデンの視線を感じつつ。

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