第4話 そして彼は素直になった

 

 私は立ち上がろうとするけれど、立ち眩みがして、ライデンの腕の中で倒れこむことになる。


「サラ、どうしたんだ!?」

「魔力切れだ。心配ない」

「魔力切れ!? あんた、魔力の保有量少ないのか!? それなのに魔力の消費が激しい身体麻痺魔術を使ったのか?」

「仕方がない。この場で魔術を使えるのは私だけだ」

「……っっ!!」


 その時、ライデンは何かショックを受けたかのように目を瞠って、悔しそうに唇を噛んだ。


「俺が魔術を使えていれば……」


 そう聞こえたような気がした。

 魔術を使える人間の方が稀なのだから、こればかりは仕方がないことだ。


「しばらく医務室で休んでいろ。ケンリック様には俺が伝えておく」


 突然、ライデンは私を横に抱き上げ、足早に歩き始めた。

 私は驚きのあまり目を丸くする。

 こ、これは俗に言うお姫様抱っこと呼ばれるものでは? 

 ま、まさか私がしてもらうことになるとは。

 私は小柄な女性ではないので、こんな風に抱き上げられることなど全くなかったのに。

 ライデンは私を軽々と抱き上げて医務室へと向かって行く。

 私は何だか申し訳なく思い、ライデンに謝る。


「ライデン、迷惑をかけて悪いな」

「何を言っている? あんたがいなかったら死人が出ていたかもしれないんだ。迷惑なんかじゃない」

「いや、ライデンがいなかったら、きっと……」


 私はそう言いかけたが急激に気が遠くなって、それ以上の言葉が紡げなくなった。

 魔力を使いすぎると、気力、体力も低下する。いつもは魔術を使いすぎないよう注意をしていたが、リザードクロウがライデンに襲いかかろうとした時、とっさに落雷の魔術を唱えてしまった。

 意識が遠のく中、ライデンが泣きそうな声で私に言った。


「この前は睨んだりしてすまなかった……憧れの人と親しく話しているあんたに子供じみた嫉妬心を抱いていたんだ」


 ◇◆◇


 それからのライデンは、素直に私に従い鍛錬に勤しむようになった。

 前までは目を合わそうしなかったのに、今では指示を待つ仔犬のような目で、こっちを見詰めてくる。

 あと訓練時間以外の時も、私に手合わせを申し込んできたり、買い出しに付いてきたり、何だかかなり懐かれているような気がした。

 ライデンの成長ぶりは目を瞠るもので、稽古を重ねるたびに強くなっている。一度こちらが仕掛けた攻撃は二度と通用しない。

 より多くの経験を積みたいと思っているのか、マノリウス家に仕える先輩騎士達と共に、魔物討伐にも積極的に参加するようにもなった。

 あと一ヶ月もすれば、彼は私を超えるだろう。

 もし白狼騎士団に入団していたら、かなり早い段階で隊長クラスにまで上り詰めていたに違いない。

 才能に恵まれた彼が羨ましいと思う反面、そんな彼を最初に指導出来たことが誇らしくもあった。


 そして半月後――


 ハイネルが母親の実家から帰って来た。

 ここで私は新人指導の役目を終えることになる。あくまで私は仮の指導者だ。

 元々ハイネルの侍女になる為にここに来たのだ。

 本来の指導役である人物は、ハイネルの護衛をしていた。

 五十代のベテラン騎士であるその人物は、白狼騎士団でも新人を指導していたことがあるそうだ。きっと私よりも的確な指導をしてくれることだろう。


 新人指導、最終日。

 私とライデンは剣の手合わせをしていた。

 現時点で私と対等に打ち合える新人は彼だけだろう。

 動きや判断も前より早くなり、こちらの不意を衝く攻撃も仕掛けてくるようになった。

 私はライデンの剣を受けながら、この時間が少し長引かないかと思ってしまった。

 思った以上に、彼との稽古は楽しかったようだ。 

 どれくらい剣の打ち合いが続いていたのか分からない。

 時間を知らせる見張り塔の鐘が鳴り、結局勝負がつくことはなかった。

 ライデンは手で汗を拭いながら私に笑いかける。


「今日こそはあんたに勝とうと思っていたんだけどな」


 言葉とは裏腹、どこか楽しそうな口調だ。

 それでいて何とも言えない爽やかな笑顔。

 初対面の時、私を睨んでいたのが嘘のよう。

 こうして見るとライデンは本当に絵になるくらい美男子だ。

 危うく見入ってしまいそうになるが何とか平静を保つ。そして私もまたライデンに笑いかけた。


「指導者としての手合わせはこれで最後になるが、これからも時々手合わせしないか?」

「え……?」

「ライデンとの手合わせは、私にとってもいい訓練になるから」

「あ……ああ! もちろん」


 その時のライデンの笑顔は思いのほか無邪気なもので、私はドキッとしてしまった。

 ……何か、可愛い。

 彼は確か、今年で一八歳だった筈。

 私よりも三つ年下とはいえ、もう大の男だ。可愛いと言ったら失礼になるかもしれないが、その笑顔は何とも言えない保護欲をかき立てられるものだった。

 


「これからもよろしく。サラ」

「ああ、よろしく」


 ライデンが手を差し出してきたので、私はその手を握る。

 手、大きいな。

 私も女にしては手が大きいと言われてきたのだけど、ライデンと比べたら小さく見えるな。

 この手の形……夢に出てくるあのライデンと同じだ。

 夢の中、この手が私の身体に触れてきたのだ。

 

“サラ、愛している……っっ!!”

“ああ……っっ、ライデン”


 何故か、肌に触れてくるあの指の感触を思い出してしまった。今握手している手の感触と、夢の中の手の感触は全く同じだ。


「どうしたんだ? サラ。ボーッとして」


 ライデンに声をかけられ私は我に返る。

 し、しまった。

 ずっとライデンの手を握ったままボーッとしていた。

 こんな時にあの夢のことを思い出すなんて。

 夢の中のライデンと、現実のライデンは違う。

 しっかりしろ、サラ=エルシア。

 


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