第29話 スーサイド・コンバット⑥

 廊下の分かれ道。片方に行けば地上行きのエレベーターがあり、デスゲームフィールドに戻れる。もう片方は……。


「マナミさん、ここまで来れれば、あとは一人で大丈夫だから、地上に戻って」


 心配そうな顔をする彼女のオデコにキスをする。彼女の役目は、俺がバラバラになって死んだり、麻酔銃で眠らせられることなく、ここまでたどり着かせること。


「今回はちょっと戻るまでに時間かかるかもしれないけど、浮気したりしないで待っててね」


 俺がそう言っておちゃらけると、マナミさんは「もうッ!」といって頬を膨らませた。ギューって抱きしめられたので、俺も抱きしめ返す。


 そして、身体を離して、彼女の背中を押した。彼女は一回だけ心配そうに俺の方へ振り返ると、そのあとはエレベーターに向かって疾走してくれた。


「さてと」


 俺は声に出して、気合を入れた。ここからが俺の真骨頂。腕の見せ所だね。



◇◇◇



 なぜか、ターゲットをスペアワンチームが取り囲んだ時、彼はそれ以上の抵抗をしなかったらしい。


「アンタらのリーダーと話をさせてくれよ。おっと麻酔銃使うなら、俺もまた戦うよ? もうアンタらだって疲れただろ? 俺も疲れたんだよ」


 ターゲットは投降する意思を示して、そう部下に言い放ったとのことだ。何かの罠だと考えるのが妥当だろう。それに一緒にいたはずの女の方が、いつの間にかいなくなっていたのも気になる。とはいえ、どの道、奴を連れてここから出なければならないのは変わりない。会うだけ会ってみるか。


「わかった。本部に連れてこい」


 私は、スペアワンのリーダーにそう伝えた。なにかしらの罠だった場合に備えて、スペアツーを念のため本部に戻すことにした。


「スペアツー。本部に至急戻れ」

了解コピー


 部屋の隅でずっと様子を伺っていた九龍の秘書がそっと部屋を出ていくのが見える。もう報告か。優秀だが、気に食わない男だ。



◇◇◇



 スペアツーが麻酔銃を入口に向けて構える厳戒態勢の中、ターゲットは入室してきた。ターゲットはなんとも薄気味悪い雰囲気をまとっていた。不死人だからだろうか。


「お、あんたがハメル大佐?」


 そう言って、気軽く握手を求めてくる。その動作はあまりにも握手の習慣がないと聞く日本人にしては自然で、彼が長らく異国の地にいたことを告げていた。


 まぁ握手ぐらいしてやるかと、彼の手を握る。



 カチリ。



 彼の顔がニヤリと笑う。奴の服の下が少し見えた。軍人なら、みな見覚えのあるものだ。プラスチC-4ック爆弾。


 その瞬間、すべてを壊す爆風と熱で、私の身体は散り散りになったのだった。



◇◇◇



― 爆破エンドwwwwwwwww

― さよなら、ヨタ君wwwwwwww

― まさかの爆発オチwwwwww

― wwwwwwwwwwww

― もはや敵さんが不憫

― すーざいど えくすぷろーじょんwwwwww

― ニトロはすべてを解決する

― 爆破オチwwwwww

― ハメル大佐をハメるとはねぇ~

― 爆発オチwwwwwwwwwwww

― おいサムいこと言ってる奴いんぞ

― 反応するなよ

― 反応するから調子こく

― スルー推奨

― スルー定期

― ハメていいのはヨタくんだけだぞ?

― ↑俺は評価したい

― ↑俺も評価したい

― ハメル大佐もハメさせてやれよ

― 大佐、普通にかっこよかった

― 機械の身体を手に入れて戻ってきてくれキボンヌ

― ロボォォオオオ

― ってか、ヨタが英語ペラペラでビビった

― 急に頭良く見えた

― プロフィールに年齢「500歳くらい」とかアホなこと書いてあったのに

― ヨタの直筆プロフィール、マジで字汚くて何度見ても笑う

― 俺は趣味・特技欄の「不死身」の字の下手さでいつも腹筋崩壊する

― ぐうわかる

― あれはズルイ

― むしろアレ笑わずに耐えられる奴おるん?


― 全然ゲーム再開しなくて草も生えない

― 爆発の片づけ終わらんから仕方ない

― ってかヨタさすがに死んだん?

― なんでヨタ君すぐに死んでしまうん?

― 豚が現場実況してる

― ブタのチャンネル見る日がこようとは


― 暫定らしいけどキルランキング更新された

― 本日、ヨタ余裕の一位

― 基地破壊で一位はほんま草

― 自爆テロでキルランキング日間一位の字面強すぎ


― 二十時のナイトゲームからゲーム再開だって

― ヨタとラビットの戦線離脱発表されたね

― ラビット大丈夫なんか

― ブタの実況見た時は爆破現場に入ろうとして大暴れしとったで

― 二人とも無事に戻ってきてほしい

― 二人に投げ銭するんご

― わいもする

― うん

― みんな優C



◇◇◇



 見送りくらいしてもらいたいもんです。軍人という人種は、どいつもこいつも気遣いというものが全くできない。私のような「気遣い」のプロレベルまで求めませんが、民間人を安全地帯まで送り届けるのが道理というものでしょう。普通は。


 いくらスーパーエリート秘書である私が一人でなんでもこなせるとはいえ。


 それにしても、一刻も早く九龍様へ不死人の確保について、ご報告申し上げたいというのに、スマートフォンの電波もありませんし、どうなってるんですかね、この施設は。まったく。まったく。なってませんね。



 ドォォオオオオン。



 おおおおお。グラグラします。なんでしょう。この揺れは。地震でしょうか。怖い怖い。早くこんなところから脱出しないと。


 部下に迎えに来てもらいましょう。そうしましょう。電波、電波。本当に電波がありませんね。


 ん? おやおや? この部屋から電話が鳴る音がしますね。もしや固定電話があるのでしょうか。これは緊急事態ですからね。お借りするのも致し方ありません。


 これは古き良き公衆電話ではないですか。ええ、ええ。私のようなスーパーエリート秘書になりますと、テレフォンカードを名刺入れに入れ常に持ち歩いております。抜かりはございません。


 まずはこのかかってきている電話を切らないことには、私が使用できませんね。ええ、ええ。受話器を取りましょう。



 プシュー。



 なんでしょうか。受話器から煙が出てきました。


 あれ? あれ? おかしいです。目がまわ……って……まっくらに……。


 おかしいですね……はい……おかしいです……からだ……が……うごきませ……ん。



◇◇◇



「タキ主任、何ボサッとしてんのよ。この忙しい時に!」


 イベント責任者のタチバナの叱責が飛ぶ。


「あ、いやなんでもないです」


 遊戯開発室主任のタキが手に持っていたタブレット端末は、ピコンピコンと点滅していた。それは彼が開発した『シュレーディンガー・フォン』が起動したことを告げる音だった。

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