04

 家の前に転移される。慣れたものだが、最初は外エーテルの急激な環境変化によってエーテル酔いを起こすので、何度か吐いた事がある。シグルゼ、強くなったな……。そういう強さは要らないと思うが、彼女達と一緒に暮らすのであれば、それくらいはね。


「ボク達は図書館に行くけどシグはどうする? お昼ご飯とか、別々になっちゃうかもだけど」


「適当に市場にでも行きます。お小遣いください」


「あれ、持ってなかったっけ」


「今日の朝のパンがそれです」


「え、ごめん。それはマジでごめん」


 う~んいくらくらい渡すもんなのこういうの。と悩みながらアリシアが財布を取り出す。


「じゃあ、はいこれ。一週間分と今日のお昼ご飯の分。グライムと遊ぶんだったらもしかしたら必要になるかもだしね?」


「大金すぎでは?」


「はした金だよ」


「子供にとっては大金だよそれ」


「えぇそうなの?」


「…………元お姫様なだけあって金銭感覚狂ってるなぁ? いや、もう随分前なんだからそろそろ……いや、そうか、確かに儲かってるもんね」


「こらこら、子供の前で儲けとかそういう話はしないんじゃなかった? とにかくまあ無駄遣いはしないようにね」


「はい。ありがとうございます」


 一週間で一万セレル。七歳の子供にとってこれは大金だ。ざっとポーション百個買える。冒険者でもそんなに大量に持ち歩かない。いや……いや? そうでもないか。持ち歩くヒトは持ち歩く。アリシアだってそうだったろ。


「それじゃ、行ってくるね。あんまり遅くなったり、危ないとこ行ったりしちゃダメだよ。シグはまだ子供なんだから、ほんとはボク達が同伴したいくらいなんだよ?」


「過保護すぎだよオリちゃん」


「……後でしっかり話し合おうね、シアちゃん」


「……………………………………はい」


 満面の笑顔でセニオリスがアリシアを見るものだからアリシアは萎縮してしゅんっとなってしまった。見た目相応の顔だ。久々に見た。……そうでもないか。魔法ばかすか撃ってる時とかいつも楽しそうだし。シグルゼから見ても彼女達が二人で居る時は大抵楽しそうだ。もしかしたら魔法は関係無いのかもしれないが、より一層輝いて見えるのは魔法を扱っている時だろう。セニオリスの場合いつでも明るいからわかりかねるが、アリシアはかなり解りやすい。


 アリシアはセニオリスに手を引っ張られながら図書館の方へと歩いていく。珍しく転移を使わずに行くらしい。たまには運動しないと太るしね? との事だが、真意は謎だ。それに図書館までは別にそこまで遠い訳じゃない。それくらいの距離を歩いた所でダイエットにはならないのではないだろうか。そんなことを言えば殺されてしまうので絶対に口にはしないが……。


「少しの間暇になってしまった……」


 約束の時間までまだかなりあるし、お昼にするにはまだ早い。部屋に戻って何かしら暇を潰すのも悪くないだろう。彼に今必要な知識は膨大な数ある。星、月、精霊、魔法、そもそもファブナーの事を詳しく知らない。グライムとの国の冒険によって少しずつ解ってきたが、これはあくまで眉唾程度。アリシアに聞けばすべてを教えてくれるだろうが、それでは意味がない。言葉ではなく体感したい。そうして意味が宿る。


 玄関を開けて中に入る。誰も居ない家は、やはり少し寂しく感じる。とは言え夕方には二人は帰ってくるし、シグルゼも昼には出掛ける。予定がなければ、図書館に着いていったが、まあたまにはこういうのも良い。


 齢七歳の子供を一人残すのは少し不安だが、これも仕方ない事だと割り切るしかないだろう。


「たしか、この辺に……」


 今朝、シグルゼ達が寝ていた寝室の本棚から一冊の本を取り出す。アニマ家が崩壊し、保有していた情報は殆どが消えたが、アリシアとセニオリスによって、サルベージされたモノも少なくない。あとはトトラゼル衆も関わっていたらしいが、あまり詳しい話は知らない。シグルゼの家の事だが、まだ幼い彼にも何も伝わってないようだ。ただ、漠然と、自分が赤ん坊の時に親は死んだのだということは確かだ。崩壊した家の下敷きになったという話だが、何故家が崩壊したのかわからない。何も覚えていないのだ。


 シグルゼが取り出したのは、サルベージした中でも占星術のやり方についての本。端的に言えばただの占い本だ。難しい物ではないが、役に立つ。彼に必要な知識でもあるし、今の内に習得していて損はないだろう。占星術は星読みの基本と言っても良い。過去、聖方魔法が広く使われていた時代ならば、占星術は魔法使いにとって必須の科目であった。それ故にアリシアは簡単に星読みが行えるのだろう。星読みはあくまで占星術の発展形だ。そこには雲泥の差があるが、まあガワだけ理解するならその認識で十分。結局フィーリングが重要なんだ。


 ページを開く。ページを捲る。目を通す。その過程で全て覚える事が出来たらなんと嬉しい事か。……そんな都合の良い事は起きないとは解っているが、勉強は難儀な物で、彼にとっては、それが楽しく感じるらしい。己が知らないモノを知ってい快感を覚えたのだ。愚か者め、知識の探求はやがて身を亡ぼす事になる。お前の両親を忘れたか。────いや。いいや、そうか。シグルゼは知らなかったな。なら、良い。


 知識は足枷だ。好奇心は原動力だ。未知は恐怖だ。神秘とは好奇心だ。エーテルという身元不明の物質がこの世界を覆っている時点で、この世界は未知に溢れている。エーテルとは何か、魔法とは何か。これは世界共通の謎、未知だ。だからこそロマンを感じて魔法を扱う者が多い。


 魔法を使うのであれば、ロマンチックで無ければならない。これはアリシアの言葉だが、本質的には間違いじゃない。ロマンチックな奴が一番魔法を上手く使えている。というかその前例を作ったのはアリシアとかいう化け物だ。あれが居る以上はこのふざけた理論は証明された事になる。


 全く、不愉快極まりない。


「………………………………………………………?」


 数ページ目を通し、解らない所を見つけたらしい。読み進めていた目線が止まる。こういう時アリシアが居ないのは不便だ。これくらいの内容なら彼女かセニオリスが居れば大抵解決してくれる。


「………………………………」


 ようやく効率が悪い事を自覚したらしい。本を閉じる。解らない所がどこか解っただけ成長だ。まあ理解を放棄したらそれは全て水泡に消えるが、彼なら大丈夫だろう。


 玄関をノックする音が聞こえる。来客は珍しくはないが、この時間に来るのは珍しい。ここに来るヒト達は皆この時間は二人が図書館に行っているのを知っている。つまり、この時間にやってくるとなると、それを知らないヒトか、シグルゼが目的かの二択になる。だが、それを知らないというヒトもかなり少ないうえに、わざわざシグルゼを訪れる様なヒトもかなり少ない。


 心当たりがないわけではない。もちろん、友達くらい居る。ほら、グライムとかいう奴。あいつは彼も友達と思っている。訪れて来るといえばグライムくらいだろうが、約束の時間にはまだ早い。


「…………出るべきか、出ないべきか……」


 悩みどころではある。ドアには覗き穴がある。そこから見て、知らないヒトだったら無視をしよう。


 そう決めて階段を静かに降りる。音が立たないようにそぅっと。


 玄関に着くと、ドアに密着するように外を伺う。見えたのは、金髪の女の子。長い髪を綺麗に後ろで一つに束ねている。と言ってもポニーテールではなく、ただ纏めているだけなので、おしゃれとは言い難い。良く見ると、頭に耳が、腰辺りから尻尾が伸びている。いわゆる猫虎びょうこ族。ファブナーリンドではあまり見ない獣人族だ。見たのは初めてではないが、物珍しいので、少し観察してみよう。


 知り合いではないが、危険も無さそう。大体十歳程の少女だ。緊張しているのか、スカートの裾をぎゅっと握っている。あれじゃ折角の一張羅にしわが出来る。いや、綺麗な服だから一張羅と言っただけで、彼女の見た目はかなり裕福そうなので、このくらいの服は当たり前なのかもしれない。蒼玉の様な凛とした目は少し潤んでいる。このままでは今にも破裂しそうだ。耳も尻尾も完全に垂れてしまっている。完全に参っているのだろう。このままでは少し可哀想に見える。


「………………………………」


 まだ迷っている。確実にアリシアの客人だ。だってシグルゼにはこんな可愛い女の子の知り合いなんて居ない。それも年上だ。どう考えてもアリシアの客人だろう。セニオリスの客人? 無い無い。ある訳無い。


 アリシアの事だ。呼び出してそのまま忘れたのだろう。時間的に丁度いい。出るか。


「あ、あのぅ、わたし、ミーシャ・ファブラグゼル……です。あの、あ、アリシア様のお宅でしょうか……」


 わなわなと震えた小さな声で少女は名乗る。


「…………」


 意を決してドアを開く。


「ひっ」


 小さな悲鳴を上げた少女は一歩下がる。耳と尻尾もピンっと伸びている。警戒しているのだろう。


「すみません。今アリシアさんは外出中なのですが……」


「へ? ………………………………、」


 完全に固まってしまった。そりゃそうだ。アリシア目当てに来たのにこんなちんちくりんの男の子が出てきたら誰だって拍子抜けするだろう。それもかなり緊張していた様子、これじゃさっきまでの緊張していた自分が馬鹿らしく思えるだろう。そういう訳で、彼女が解凍されるまで待つこと二分程。


「あ、あの、今日って、十二月四日で合ってますよね……?」


 耳と尻尾がまた垂れ下がってしまった。


「……? えぇはい。たぶんそうです。アリシアさんにここに来てと言われて来たみたいですね。すみません」


「あ、いえ、あの全然だいじょぶ、ですっ! そのちょっとびっくりしたというか。……えへへ」


 少女は緊張の糸がようやく解けた様子で、はにかむように笑う。少し人見知りな所がありそうだが、しっかりと受けごたえが出来ているのできっといい家の出なのだろう。まだ出家するような歳でも無いだろうに。こんな化け物の家にまで来て、一体何用か。それも、わざわざアリシアが家まで来させるというのは相当重要な事なのだろうか。


「…………はぁ、あのヒトはほんっとに……。いや、それがアリシアさんというモノか」


「あ、あのぅ」


「なんでもないです。とりあえず、急ぎの用に見えるので、案内しますね」


「は、はいっ。ごめんなさい」


「(なんで謝った?)」


 緊張から来るモノか、それとも性格故の難か。まあいいさ、どうせその内解る。


 玄関の鍵を閉める。外出はいつでもできるように準備していた。時間的にも彼女を案内すれば、丁度昼くらいの時間になるだろう。


 鍵を閉めると、猫虎族の少女を連れて歩き出す。丁度、シグルゼの後ろを少女が付いていく形だ。


「あ、あの、アリシア様っていつもこうなんですか?」


「はい、こうです。大抵何かをすっぽかします。というか忘れてますね。とは言え大体はセニオリスさんが覚えているので、こういうことは珍しいのですが」


 アリシアの生活は全てセニオリスに管理されている。逆にセニオリスの生活は全てアリシアが管理している。自分の事はロクに出来ない癖に相手の事ならなんでも出来る。これが愛というやつか、それともただの変人か。


「アリシアさんは図書館に居ます。この時間は大体そうなのですが……今日はいつにも増して忙しいかもしれないので、何か失礼な事があると思いますので先に謝っておきますね。すみません」


 既に約束をすっぽかされているので、彼女も否定が出来ない。なのですごく複雑そうな顔して愛想笑いを浮かべる。世間からすれば、アリシアに対して失礼な事を働いてはいけないという認識になっている為、アリシアが失礼を働いた場合を想定して先に謝られるのも想定していないのだろう。そりゃ実質的な建国王だ。そんな奴を相手に緊張しない奴もおかしいし、色々想定してから来ているだろう。その想定が全て根本的に否定されたら誰だって焦るし、帰りたくもなる。


 ミーシャは頑張っている方だ。アリシアと会うのだからと、とてもきれいな服を着て、見てわかる程の人見知りの癖に一生懸命ドアをノックして。なのに本人が不在だと? キレて良い。


「あ、あのっ、き、君は一体? アリシア様にお子さんが……というか、あ、あの二人でこ、こここ、子供を作れるんですか!?」


 好奇心だろうか、耳がピンっと立った。考えていることというか感情が丸わかりだ。残酷的な話だが、この様子が可愛らしくて奴隷商に良く攫われる。耳と、尻尾、髪の質は獣人特有のモノであり、毛を毟り、絨毯やらなんやらに加工し売るような輩も存在する。とは言え、ファブナーではそれらの商売は硬く禁じられている。教会騎士達により取り締まられていて、違反したならば例え他国の商人だろうが牢行きだ。これは入国の際しっかりと契約書面に記されているので、他国からの文句は受け付ける事は無い。


 獣人は良く売れる。特に猫虎族、兎飛とび族がそうだ。希少価値であれば、鷲鷹しゅうお族が真っ先に売れるだろう。羽毛もトルガニスに行けば手に入れられる。獣人は、基本的に不憫な種族であると言われる。その中で彼女はこれだけのおめかしが出来ている時点で、かなりのモノだ。


「…………………………………………」


 ただ、本当に何も知らないのだろう。いや無理もない。こういうのは大体十六歳くらいで知るべきことだろう。十歳の女の子が国について詳しい方が異常だ。


「俺は養子ですよ」


 短く返すと、彼女は少し明るい顔になった。


「い、一緒、だっ!」


 一緒? 彼女も誰かの養子なのか? だとしたらそりゃ一緒だが、そういう共通点で明るくなられても困る。


「あ、あの、わたし、ミーシャ・ファブラグゼル……って言って、あの、養子、聞いてないですか……?」


「………………………………?」


 待て、待て、待て待て、待ってください。そんな馬鹿な。そんな大事な話を今までしてなかったというのか!? あ、あり得る……ッ! だってアリシアだもん!


「…………後で詳しい話は聞くので、とりあえず図書館の方に行きましょう。ちゃんと案内するので……」


 一瞬足を止めたが、なんとか前に進む。聞きたい事がたくさんある。確かに、新しく養子に迎えるとかそういうのは反対しない。しないが、いや、それとこれとは話が別というか。そういうのは事前に言っておくモンだろう! とかそういう文句しかない。馬鹿、アリシアに常識を求めるな。奴は化け物だ。どれだけ取り繕っていてもそれは変わらない。奴は簡単にヒトの懐にずけずけと入ってきやがる。何度も経験したことだろ……っ! ………………経験しても慣れるわけないか。


「図書館……ですか? アリシア様って図書館に勤務していましたっけ?」


「えぇはい。一応司書をやってるみたいですよ。今日は禁書庫を作るんだ! って張り切ってましたが……」


「そうなんですか……」


「ミーシャさんが気にする事ではないですよ。勝手に呼んで忘れて行ったあのヒトが悪いんです」


 全面的にあの化け物が悪い。約束事を忘れるな。ヒトとヒトを繋げる重要なモノなんだぞ。


「き、君はアリシア様と暮らしてどれくらい、なの?」


「…………七年くらいですかね」


「七年……君ってな、何歳、なの?」


「七歳ですね」


「な、七歳……四つも下……って年下、っじゃん」


 このちんちくりんが年上か同年代にでも見えたのだろうか。受けごたえだけはしっかりしているから、そう見える事もあるのかもしれないが……。


「と、年上っだ。えへへ……」


 …………ひらひらな一張羅もとい高級そうに見える純白のドレスを風に靡かせ、耳はぺたんと伏せて彼女は嬉しそうに両手を頬に当てる。見た目だけで語ればお姫様。だけどたぶん慣れたヒト相手なら天真爛漫な所を見せそうだ。その証拠に、とても良い服を着ている癖に靴は汚れている。色々な所を駆けている証拠だ。慣れないドレスを着せられているので、いつもの調子が出せない……というのもあるかもしれない。ボーイッシュな女の子が可愛い服を着せられて照れる……みたいなそういう状況なのかもしれない。


「わ、わたし、兄妹とか居なかった、から、よ、養子になるん、だったら、嬉しい、っの」


「知らない奴と急に暮らせって言われても動じないんですか?」


「えと、めちゃくちゃ動揺し、てるよっ? わ、わたし、緊張しいだから……」


 それは見てわかる。緊張しいではなく人見知りな気もするが、そんなのは誤差か。わざわざ指摘することでもない。


「で、でも、な、なんていうか、君は悪いヒトじゃなさそう、だしっ」


「あ、そういえば、まだ名乗ってませんでしたね」


「あれ、そうだっけ?」


「シグルゼ・アリシオス=アニマです。養子なので、アリシオスが付いてます。よろしくお願いします」


「あ、はい。よろしくお願い、しますっ」


 ぺこりと頭を下げる。ジャッカロープみたいにぴょこぴょこ動く。彼女の頭に着いているアホ毛も感情を表しているのだろうか。ただただ風に揺られてそう見えるだけかもしれないが、彼女のトレードマークみたいに見える。いつかすっこ抜くのだろうか。じゃないと、耳も合わせて感情の解りやすさが二倍だ。生きづらそうだ……。


 円形の国であるファブナーリンドの中心を真っ直ぐ十字を描く様に伸びているファブンドアートストリートに出る。この中央には大きな広場があり、図書館はそこにある。ついでに学校もある。商店街に出るには毎回そちらの方まで歩いていかないといけないのが一々めんどくさいが、文句言っても仕方ない。基本的にアリシアと一緒に居るために、そういう不便をあまり感じてこなかったが、こうやって歩くと改めて実感する。シグルゼ達が住んでいるのは一般的に居住区と呼ばれる場所だ。商い、貿易の国であるファブナーリンドにおいて、最も重要なのは、商人達の居心地の良さと、冒険者たちの活動拠点である、ギルドへの蜜月度だ。


 めちゃくちゃ簡単に国の地理状況を説明すると、北東が冒険者の為の簡易施設が立ち並ぶ、冒険省地区。北西に商業地区、南西、南東が居住地区になる。とは言え、南東は宿が立ち並ぶ、準冒険省地区だ。まぁこうは言っても商人達も寝泊まりするので、商業地区とも言っても間違いではない。なんなら観光客もここに泊まる。区別としては居住区だ。正直解りやすく区別しているだけであって、大きな意味は無いのだ。この設計を行った奴は真性の馬鹿だ。


「と、図書館の司書って、な、何をしてるんですか? 本の管理……とか?」


「あぁ、えと、本の管理は基本的に魔法でタグ付けしてるらしいので、基本的に掃除とか、学校に提供する本の精査とかですね。禁書庫には世界中から集めた文献から魔導書まで全てを収めるつもりらしいです」


「な、なる、ほどっ。ま、魔法でそんなことまで……。ほ、本当にアリシア様は凄いお方なんですね」


「…………そんなに周りのヒトからアリシアさんは凄いヒトだと言われていたんですか?」


「あ、当たり前じゃないですかっ。だ、だだだだって、現代魔法の創始者ですよ!? ふ、古い魔法の良い部分と悪い部分をき、切り離して、新しい魔法式を作った……す、凄いヒト、ですっ」


「そ、そうですか……」


 そういえば普段の奇行で忘れていたが、あの化け物はあれでも魔法の天才なんだった。全く不愉快極り無いが、奴の才能だけは認めざるを得ない。何故アレが偉業を成し遂げられたのか。馬鹿げた話だが、それこそ、愛だとしか言いようが無い。麗愛なぞ良く言ったモノだ。


「もうすぐ着きますよ」


 ファブンドアートストリートを進み暫くすると中央広場に出る。ファブナーに創立された学校は三つあるが、その内の一つ、総括魔法学校が屹立していて、大きな門を構えている。大きいのは門だけなんだけどな。


「こちらです」


 総括魔法学校の隣の半球を模した様な建物が図書館だ。まだ運用が開始されていないが、恐らく数日中にでも機能しだすだろう。魔法によるタグ付けはかなり前に終わっていたが、今朝の事で記憶に新しいが、禁書庫の製作が間に合っていなかった。この図書館の目的は、全てのファブナーにおける公的文書、あらゆる書類、あらゆる本、あらゆる魔導書を管理する事にある。その中にはヒトの目に触れてはならない禁忌も存在する為、禁書庫が必要なのだ。


 どれくらいの規模なのかは知らないが、あれだけの魔法を発動させられるだけの触媒を必要だとするのなら、相当なモノなのだろう。ま、シグルゼには関係の無い話だ。


「す、すみません。わ、わざわざ案内っし、してもらって……っ」


「構いませんよ。丁度出掛ける予定があったので。それに、たぶん俺が居ないと、掛け合って貰えないかもなので」


「……そ、そうですよねっ。わ、わたしのことなんて、あ、アリシア様が覚えているわけ、ないですよねっ……」


「いえ、そうではなく」


 大きなドアに手を当てる。チラリと、促す様に、ミーシャを見ると、彼女もドアに手を当て──


「きゃっ」


 弾かれた。現状この図書館は結界の術中にある。変な奴に侵入されても困るし、この方が実用的だとかなんとかでアリシアが自主的に張っているモノだ。これに侵入出来るのは、アリシア、セニオリス、シグルゼ、司書の補佐を行うヒト達のみ。なので、ミーシャが入ろうとすると弾かれるのだ。


「ね?」


 だからシグルゼが案内する必要があった、別に図書館に居るとだけ伝えればよかったのに、わざわざここまで案内してきたのは、どうせ市場に行くからという理由もあったが、こちらの理由の方が大きい。もしシグルゼが居なければここで立ち往生だったろう。それはあまりにも不憫だ。


「結界、ですか。と、特定のヒトを除外してるんですね……」


「なので、俺が必要だったわけです。アリシアさんを呼んでくるので少々お待ちください」


「あ、はい。わかり、ました」


「噴水近くにベンチがあるので、よろしければそこで」


 それだけ言ってドアを開き図書館の中に入る。外観から想像が出来ない程広い。


「空間歪曲ってのも便利なモンだなぁ」


 禁書庫に行っているのとは種別が別だろうが、この図書館自体にも空間歪曲が使われている。明らかに外観よりも内装が広い。数十万を超える本を貯蔵、貸出するには、広大なスペースが必要だ。それを実現するには、空間歪曲は持ってこい。まぁ、建物というガワが存在するだけまだマシだ。禁書庫は、分厚い鉄に手で穴を開けるようなモノ、そんなのは空間歪曲というより次元屈折だ。


 アリシアは禁書庫製作に当たっているのだろうか。いや、奴の事だ、これだけ時間があれば、結界自体は既に完成しているだろう。魔法や結界における仕事の速さだけはいっちょ前なんだから。


 手伝い……とやらも今日は居ないらしい。禁書庫製作を行う所を見られるのは少々マズイと思ったのかもしれない。


「あれ? シグじゃん。どしたのーお母さんに会いたくなった?」


「アリシアさんに客人が。忘れていた様なので連れてきたのですが」


「客人……客人……今日ってアポ……あったっけ………………あっ」


 ふわふわ空中に浮きながら本の整理を行っていたセニオリスの顔が青ざめる。どうやら思い出したらしい。


「きょきょきょきょ今日ってっ! ま、魔法使いちゃああああんっ!!」


 手に持っていた本から手を離し慌てて司書室へと入っていく。本はその場に浮いているが、暫くすれば床に落ちてしまうだろう。その前にシグルゼは回収して近くにあった読書用のテーブルに丁寧に並べる。


「え、何、どうしたの、珍しいね最近それで呼ばれること無かった、え、何? ちょ、痛い痛い、引っ張らないでっ」「まずいよ! まずい! 忘れてた、完っ璧に忘れてた! 今日! ミーシャちゃん迎える日! てかシグにも言ってない!」「……………………あっ。…………まぁ、一旦落ち着こう。落ち着いて考えよう。時間遡行魔法についての魔導書は……」「いやいやシアちゃんがそれに触ったら手が付けられないよっ! もう良いから! シグが連れてきたって言ってるから外で待ってると思う」「…………え、えぇ。なんて説明すれば……。キミの新しいお姉ちゃんです? とか?」「もう顔合わせてるから今更なんじゃない? それより早く。学校用の教科書の精査してる場合じゃないでしょーが」「いや、これも今日までの仕事……」「どっちが重要なの!」「あ、はい。今すぐ準備します。十秒ください」


 ドタバタと慌ただしい音が聞こえる。どうやら本当に完全に忘れていたらしい。こうなると、ミーシャが哀れに思えてしまう。あまりに可哀想じゃないか。


「し、シグごめん!」


 慌ただしい音が途絶え扉がバンっ! と開くと中から慌てて身支度を整えたのであろうアリシアがセニオリスに手を引かれ出て来る。


「俺に謝らないでください」


「うっ……わ、忘れてた訳じゃ、ないんだよ!?」


「嘘吐くの下手ですね。良いからさっさと行きますよ」


「はい…………」


 良い歳した大人が、子供に窘められている。見っともない。これでダウナーウィッチなのだら笑える。やはり魔法使いにはロクな奴が居ないのか?


「シグ、はもうミーシャちゃんから話は聞いた?」


「養子がどうとかの話ですか?」


「う、うんそうそれ。勝手に決めて申し訳ないんだけど、嫌じゃない?」


「アリシアさんが決めた事なら、俺は従いますよ。別に家族が一人増えた所で変わりないので」


「そう。でもその言い方はダメだね。忘れてた私が言うのもアレだけど、私達は家族だ。家族で従うっていうセリフは似合わない。今後使わない事」


「はい。でも反対はありませんよ。というか今更言っても遅いですし」


「あはは……まあそうなんだけど、さ。いきなり女の子の家族が増えるのはちょと、アレじゃない?」


「……………………………………?」


「問題無いならいいや。はぁ、個人に興味がないのか、異性に興味が無いのか、そもそも他人に興味が無いのか……これもそういう性質か……?」


 ぼそぼそとアリシアが呟く。


「良いから行くよ。ボクも忘れてたからあんまり強く言えないけど、流石にミーシャちゃんが可哀想」


 ここでグダグダしても結局彼女を待たせるだけ。セニオリスが、心の準備が欲しいとのたまうアリシアの腕を無理やり引っ張り引き摺る様に出口へと向かう。心の準備なんて、そんなのセニオリスが一番欲しかっただろうに。


「あの子を神子にするんでしょ。もう遅いくらいなんだ」


「…………………………ふぅ。良し、よぅし、なんとかなるっ」


 そう言ってようやくアリシアは自分の足で歩きだす。彼女にとっても大きな一歩なのだろう。ミーシャとは比べ物にはならないが、きっとそう。何度目の大きな一歩かは知らないが、何度経験しても勇気が必要なモノだろう。それを理由に躊躇うのはナンセンスだが……。


 ドアを開く。


「わっ」


 急にドアが開いて驚いたのだろう、耳と尻尾をピンっと立てて少し変な態勢で驚いた様な顔で停止したミーシャが居た。


「…………えぇと……」


 アリシアが一番最初に口を開いた。


「ごめんなさいっ!」


 全力で頭を下げた。


「えぇぇぇぇえっ!?」


 それを見たミーシャが悲鳴を上げる。


「ま、まままま待ってください。待って、待ってくださいっ!!」


 手と首をぶんぶん振って、彼女は彼女の謝罪を否定する。そりゃそうだ。先ほど彼女はこの化け物を凄いヒトだと言っていた。そんなヒトから急に頭を下げられたら、誰だって困惑する。例え、彼奴が全面的に悪かったとしても、それでも彼女にとっては心臓に悪いだろう。


 極度な緊張しいだと自負する程だ。動作を停止しなかっただけとても偉い。


「言い訳させてくださいっ!」


「ダメ」


 ぺしんっ! セニオリスの平手がアリシアの頭を打つ。


「ごめんね。ほんとに。かんっぜんに忘れてた。ボクがもう少ししっかりしてたらこういうことは起きなかったんだけど……」


「い、いえいえいえいえ! だだだだ大丈夫、ですっ。というかこちらこそ、すみません……」


「シアちゃん、ボクは図書館の鍵取ってくる。今日はもう終わり。シグも午後からグライムと予定があるんだから、長く拘束しちゃダメだよ。歓迎会やるなら夜」


「うん。鍵はお願い。その他はわかってる」


 セニオリスは、もう一度図書館の中へ入っていく。本当は彼女も挨拶とか色々したいだろうが、仕事がある以上そうもいかない。鍵とかついでに先ほど運んでいた本の整理とかも行うのだろう。少し時間が掛かりそうだ。


「ミーシャちゃん。キミは今日から私達の養子になる。その意味は良くわかってる?」


「はいっ。アリシア様の子供に……」


「家族になるって事だ。なので、その様付けはやめようね。未だに様って呼ばれると背中がかゆくなる」


「はい、ごめんなさっ」


「…………ごめんねぇ。こういうのあんまり慣れてないから何言えば良いか困ってるんだ」


 アリシアが頬をポリポリと掻く。ミーシャは不思議そうに首を傾げる。先ほど凄い凄いと崇めているような節が見えたが、アリシアの素を見た事で、あれ? とでもなったのだろう。この化け物は思ったより等身大なんだ。


「あ、あの、なんでわたしを養子にしようと思ったんでしょうか……わ、私なんて……」


「自分を卑下しないで? キミはまだ気付いていないだけで、とても良い才能を持ってる」


「才能……ですか?」


「うん。よぅし、じゃあ元カルイザム魔法学校の校長を務めたこのアリシア先生が講義をしてあげようっ!」


 杖を取り出して、こつんと地面を突く。出来上がった魔法陣から、微細な魔力の粒が生成される。それらは空中に漂いながら記号やら文字やら絵を形成する。


「魔力回路についての講義だ。キミ達はまだ習っていないと思うから、これを機に予習してね」


 アリシアは続ける。魔法の天才から受ける魔法の講義、正直興味深い。こんな奴じゃなければ、金を払ってでも聞きたいくらいだ。


「魔力回路とは、私達生命に最初から備わっている機能の一つだ。私達の体には血管とくっつく様にして魔力回路が備わってる。だけどこれは実際に見えるわけじゃない。大地を流れる地脈の様に目に見えるモノじゃないんだ。逆に言えば地脈っていうのは、この星に流れるバカみたいに大きい魔力回路みたいなモノだね」


 微細な魔力の塊が形を変えながら彼女の説明を補完するように図形やら星やら映し出す。


「じゃあ次のステップだ。魔力回路が無ければ、ヒトは魔法を使う事が出来ない。炉心から魔力回路を通り、現実にテクスチャを貼って魔法を放つ。謂わば、自分の中の幻想を現実に映し出すようなモノ。例えば、私が今この手に炎を出そうとする。そうすると、炉心が廻り魔力が生成されて、魔力回路を通り、杖がある場合は杖を通じて、杖が無い場合は直接手に魔法陣が形成される。魔法陣はそうだなぁ、蛇口みたいなモノだと思ってくれたら良いよ。水を貯めてある樽に着いてるアレだね」


 彼女の手に小さな炎が灯るがすぐに消える。


「一般的な知識はここまで。少し説明不足だけど、それは学校で学べばよろしい。なのでここからは応用編だ。魔力回路には太さ、長さ、量がある。これらを総じて『質』だなんて呼ぶね。そして、更に厄介な事に、魔法自体が魔力回路に宿る事がある。うぅんと、そうだなぁ、私が遭遇した例を挙げると、空想具現を魔力回路に宿した吸血の姫とかが解りやすいかな。魔力回路が直接魔法を宿した場合、質関係無しに対応した高純度な魔法が扱える。ただし、自分で制御出来ないヒトとかも稀に居る。これらは最悪練習すれば抑える事が出来るんだけど……空想具現は色々と最悪だったね。まあこの話はまた今度。えぇと、あとは魔眼かな。魔眼は目に宿る超限定的で瞬間にしか発揮されない魔法。個人によって持つ特性は変わるし、扱い方は個人よってまた変わる。私が遭遇した例を挙げると、従属の魔眼、縮時の魔眼……かな。魔眼はそう珍しいモノじゃない。シグにだってまだ開眼してないだけで、備わってるかもしれない」


 星読みに代々伝わる魔眼の事だろう。確かに開眼していないだけ……なんてポジティブな捉え方も出来るが、彼の魔力回路の流れは、完全に眼を無視しているように見える。開眼する可能性は低いんじゃないだろうか。


「何故この話を?」


「うん。端的に言うとさ、ミーシャちゃんの魔力回路はこれらにも該当しない。魔眼でも無い。魔力回路に魔法が備わっているわけじゃない。かといって、普通の魔力回路でも無い。そもそも獣人は魔力回路の質自体はそこまで良くないはず。だけどミーシャちゃんは違う。ミーシャちゃんにはエルフと言ったような魔法に適応しきった種族にも負けない程の質がある。それでもって、キミの魔力回路は、ある意味で特異的だ」


「特異的……ですか? わ、わたしが……。何か、おかしいんですか?」


「あ、えと、怖がらせる言い方をしたかな。最初に言った様に才能の話だよ。キミの魔力回路は、いわば図書館の様なモノになってる。一度発動した魔法の術式を記録して、いつでもその記録したモノを発現出来る特異性だ。うん、と、デグルが作った銃って武器には弾倉っていうのがあって、引き金を引くとそこからいつでも高速に飛ぶ弾が撃ち出せるんだけど、それに似てるかな」


「…………で、でもわたしそんな……」


「キミ自信がその能力を自覚してないからだよ。キミの場合、魔法陣さえ必要無い。自分が扱えるレベルの魔法なら即座に放てる」


「だ、だけどそれだけでわ、わたしを養子にする理由には……っ」


「うん。キミにはその特異性を活かして、神子になってもらいたいんだ」


「え? ……え? えぇぇぇぇえっえぇっええっえ!?」


 今日一番の大きな声でミーシャは叫んだ。正直耳を覆いそうになった。


「む、むむむむむむむ無理! 無理ですよ! わ、わたしに神子だなんてっ!」


「ヒトの上に立つような器じゃないなんて言うのなら、まぁそうかもしれないね」


「な、ならっ」


「だけど、神子っていうのは何もヒトの上に立つのが目的じゃない。ヒトの上に立つのが目的だって言うなら、それこそミミララレイアに頼めばいい話だ。だけど違うんだ。あんまり知られてないけどね?」


 微細な魔力の塊が消え、講義が終わった事を報せる。


「神子は、ファブナーを覆う結界、並びに、城壁に取り付けられた十三砲台を撃つ権限を持ち、尚且つ、この図書館の禁書庫の結界のメンテナンスを行う、いわば、この国の心臓だ。まぁそれだけの権限を持つなら実質的な国のトップで良いでしょって事なんだ。これらの業務をこなすのに、キミの魔力回路はあまりにも適している」


 ぺたんと伏せたミーシャの耳が自信の無さを表している。いきなり言われても困惑するだろう。これからキミを国のトップに据える為に養子にします、だなんて。それにこの言い方は、まるで生贄だ。


「わ、わたしっ、は」


「あぁ、別にここで答えを出さなくても良いよ。まあ養子にはなってもらうけど、あくまでキミが決めるんだ。キミが悩んでキミが進むんだ。あくまでこれは将来、こういう道もあるよって提示。ごめんね。言い方が脅し見たいになっちゃった」


「い、いえ。最大限言葉を選ぼうと、したのはわ、わかる……のでっ」


 そうかな。言葉選んでいたか? 完全にキミは生贄だと言っていたと思うが……。


「養子には、なりますっ。だけどごめんなさい、わたし、はまだ神子だとか、わかりません」


「うん! それで良いんだ。大人が強制的に道を決めるなんてそんなのは古臭い考えだ。そういうのはドブに捨ててしまえば良い。私達大人が用意するのはあくまで道だけ。キミはその道を通るか、自分で新たな道を切り開くかを選ぶ。それが良いあり方だ」


「………………………はい」


 依然、ミーシャの耳はぺたんと伏せ、尻尾は地に着きそうなくらいしょげている。


「しーあーちゃーん?」


 ドアからヌっと顔を出したセニオリスがアリシアを呼ぶ。


「怖がらせてなぁい?」


「い、いやそんなわけ、そんな訳ないじゃん!?」


 ちょっとしたホラーだ。ねっとりとした言い方もそうだが、出てき方も。


「ミーシャちゃん、何か怖いこと言われなかった?」


「い、いえ、神子になってとか、そういうはなししか、聞いてない、ですっ」


「そ? それなら良いけど。シアちゃん、あとは鍵閉めるだけだよ」


「はいよー。っとごめんシグ、世話掛けたね」


「良いですよ別に。どうせ市場まで行く予定だったんですから」


「ん、そっかもうお昼の時間か。どうする? シグも一緒に」


「そうですねぇ。なんだか込み入った話とかたくさんありそうなので、俺はパスで」


「そか。それは残念だけど、仕方ない。シグからすれば少し居ずらいかもだしね」


 今の所、シグルゼからすれば、ミーシャが神子になるとかどうでも良い話だ。そういう話を今からするのだろう。具体的にどうするのか、そもそも生活習慣とか全く違っている。なので認識のすり合わせとか色々行わなければならない。そういうのはそちらでやって欲しい。シグルゼはそれに合わせるだけだ。


「それでは、俺はそろそろ市場の方に。そのままグライムと遊んできます」


「うん。いってらっしゃい。国の外に出ちゃダメなのと、路地裏とか危ないところはダメだぞぅ!」


「解ってますよ」


 素っ気なく返すと、シグルゼは踵を返す様に、市場の方へ向く。


「あ、あのっ、い、いってらっしゃいっ」


 ミーシャが緊張して震えた声で彼に呼びかける。家族なのだから、ということなのだろう。そういうのは少し照れくさいが嫌いじゃない。


「……いってきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る