滑りやすい口

 死んでも生き返ることができるらしい。

 特に白波さんに迷惑をかけるようなことも内容で助かった。


 復活するとまた似たような山頂に立っているようだ。

 今度は慎重に、Wを押してすぐに手を放す。押し続けなければ前に進むこともないようだ。

 

 白波さんの到着を待っている間、崖際まで歩いて落ちないように景色を見ていると、コメント欄に色んな説明をしてくれる人が現れる。

 というか、多くの人はこのゲームを知っているようで、次々と新しい知識が流れては消えていく。

 お礼を言うのも間に合わないくらいの速度のそれに、辛うじて前に進む以外の動き方も学んだ僕は、試しに山頂を歩き回ってみる。


「ああ、いいね。とりあえず基本的な操作の仕方は学んだのかな?」

「はい、段差も上がれるようになりました!」

「うん、じゃ、今度こそ落っこちないようにね」

「はい……」


 調子に乗ってうろうろしていると、確かにまた落っこちそうだ。おとなしく待ってようかな……。


『かわいい』

『いいんだよ、動いても』

『そういえば、周きゅんは王子と知り合いなの?』


「玲先生は王子って呼ばれてるんですね」

「うん、まぁね」

「確かに始めてみたとき、王子様みたいだなーって思いました」

「ふふ、かっこよく見えたってこと?」

「はい」

「……正直者だなぁ」


 呆れたような、半分笑ったような返事だ。

 でも多分、僕じゃなくても白波さんを始めてみたらかっこいいと思うに決まってる。


『はい』

『仲いいな』

『王子が押されてない?』

『絶対照れさせようとして言ったのに、はいって答えられてる』

『子供には勝てねーんだ』


「ああ、あれかな。……周君、ちょっと走ってそこから離れよう?」


 近くにいるのかと思って周りを見ると、黄緑色をした人型が近づいてきているのがわかった。変な見た目だけど、あれが白波さんなのかな?


「走るんですか? 走るってどうやって……」

「あー……、駄目かも」


 シューという音を立てながら、白波さんが近寄ってくる。


「え? 玲先生、この音なんですか? 先生?」


 爆発音がして、画面が暗くなった。


「……玲先生が爆発した」


『wwww』

『王子とちゃう』

『すれ違いひどい』

『ひどい勘違い』

『それ爆発するモンスターね』


 モンスターなんているんだ……、平和なゲームなんだと思ってた。

 なんにしても僕は、また死んでしまったらしい。


「周君、僕そんな変な顔してないからね?」

「すみません、ゲームでの見た目を知らなかったので……」


 改めて生き返って合流して見れば、白波さんの見た目は、ちゃんと白波さんっぽい格好をしていた。そんなこともできるんだぁ。


「まぁ合流できたから良しとしようかな。とりあえず山を下って平地へ行くからついてきてね。操作に集中しないといけないと思うから、コメントは私が代わりに見るよ」

「ありがとうございます、お願いします」


 白波さんが先に進んでは、途中で止まりながら僕を待つということを繰り返しながら、コメントを見て僕に質問を投げかけてくれる。


「どんな料理をするのか聞かれてるよ? 確か最初の配信でもそんな話してかな」

「してましたね。和洋問わず基礎的なものは作れます」

「なんでも器用に美味しく作るよね」

「そうですか……? そういってもらえると嬉しいですけど……っへへ」


 実のところ僕は、自分が料理上手だとは思ってない。

 何か創作料理ができるでもなければ、専門で何かを学んだわけでもない。普通に包丁が使えて、普通に食材の処理方法がわかるくらいだ。

 プロと比べられてもちょっと困ってしまうけど、実際に食べた人から褒められると悪い気はしない。


 噓、すごくうれしい。


『はい、今度は王子の勝ち』

『さては王子最初の配信全部見てたな』

『なんだこいつらイチャイチャしやがって』

『私だって料理上手だが!?』

『周きゅんの手料理たべてー』

『王子に手料理ふるまいたい』


◇◇◇



 余多君がかわいい。

 今度からもっと、美味しかったよっていっぱい囁いてあげたい。

 そのまま余多君もいただきたい。


 そろそろ婚姻届けを用意するころかもしれない。

 というか、食事の半分くらいが余多君の手料理なんだから、これはもう結婚していると言って過言ではないのでは?

 内縁の夫では?


『さすがに手料理食べたことあるは嘘だろ』


 は?


「あるよ、普通に。この間作ってもらったかぼちゃのプリン美味しかったし」

「あの、玲先生?」

「作り置きの切り干し大根は日がたつにつれて味が染みるし、甘めの味付けの煮魚もおいしいし、オムライスを作る時はチキンライスから作ってくれるし、固い卵かとろとろの卵か選ばせてくれるけどね?」

「ああ、ええっと、玲先生、あのプリンはちょっと裏ごしがうまくいったか不安だったんです、けど?」

「うん? ちょうどよかったよ、私好みの甘さだったし……」


『え? めちゃ食ってるけど?』

『あまーい!』

『一緒に……住んでる?』

『大好きじゃん』

『推しが壊れてる……』

『何事? なんで?』


 やった。

 完全にやった。

 多分余多君の方がまずいんじゃないかって気づいて止めに来てくれていたのに、私が早口で全部をぶちまけた。


 そっとスタジオの小窓を振り返ると、藤崎さんが小窓からものすごい形相で中を覗いている。手を合わせてごめんなさいと伝えると、首を横に振って諦めたように戻っていった。

 これはやった。


『どういうことなの?』

『関係わからん』


「……あ、あのですね、僕が普段から料理をしていて」

「私が一人暮らしで不健康な食事をしているのを知って、前から食事に誘ってくれていたんだよ、輝夜さんがね。周君とはそこで知り合って、作ってもらって物を持ち帰っていただけさ、ね、周君」

「…………はい」


 何か言い訳をしようとしていた周君の言葉を遮って、考えた嘘を並べ立てる。

 しばし逡巡したのち、周君から返事が来た。


 きっと色々と思うことはあったのだろうけれど、全てのみこんで同意してくれたのだろう。


『王子と輝夜姫はぼっちだったけど、実は仲良しだったってこと?』

『まぁ王子と姫だし』

『なんでコラボしないの?』

『てかマジで姫の弟なんだな』

『姫にもご飯作ってるのか』

『確かに二人とも料理すしてる姿想像つかない』

『姫は何が好きなの?』


「輝夜は結構塩辛いのが好きです。料理しても塩とか醤油とか胡椒とか香辛料とかいっぱい使ってます。ジャンクフードも結構好きみたいで、健康面はちょっと心配ですね」


『作りがいなさそう』

『姫とは思えない食生活』

『逆に料理しないのが姫っぽい』

『でもコネっぽいよなー、この感じ』

『あー君大変だね……』


 ちらりとコメント欄を見る。

 話題は少し変えられたけど、誤魔化し切るのは無理だ。

 私のせいで嫌な流れにならないといいんだけど。


 しかし、いくら今回の配信で水無月輝夜の名前を出す約束をしたからといって、彼女と仲がいい振りはやり過ぎだったかもしれない。

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