『私の夢は、心の中にある自分の本当の気持ちを引き出せる道具を見つけ、使いこなせるようになることです』

たや

第1話

「小癪な勇者め!まだ倒れぬと言うのか!我が爪牙によって滅びるがよい!」

「――っ!諦めてなるものか!これが最後の奥義だっ!くらえええ――――っ!!!」


 勇者は、最後の切り札として温存していた硝子筆ガラスペンに僅かに残された洋墨インクを使い、奥義を生みだす言の葉の羅列を、空へ向かって大きく書き出した――



 ……はぁ。身体の奥底から、大きく、もわっとした空気が口から無意識に出てくる。

「何だよこれ。全然意味わかんないし」

 立て続けに口から流れ出る独り言にも気づかないまま、ケンの頭はモヤがかかった状態だった。

「だいたい、作文の宿題で『私の夢』って言われても、なりたいものなんて思いつかないし…」

 そう。ケンは今、課題として出された作文に頭を悩ませ、一時間たっても一文字も書けない状態で止まっていた。出されたお題は『私の夢』。しかも、なりたい職業だけではなく、そのために頑張ること、かなえたいことも書けと言うのだ。

 思いつくまま、リズミカルに指を動かすことなく、無音のままのキーボード。

 そんな状態から少しでも抜け出したいと思い、文章を書くヒントになりそうなキーワードを検索していたところ、何気なく見つけたのがあの小説だった。

 いわゆる、よくあるファンタジー小説の内容。でも文面はここで終わっている。聞いたこともない小説コンテストに応募予定らしく、その説明文も補足で付いていた。でも、何故そんなものが自分の開いている画面に出てきたのだろう。

 それよりも、ケンはその小説もどきに出てくる一文に目が向き、頭にかかったモヤがさらに濃く広がっていく事態となっていた。

硝子筆ガラスペンに僅かに残された洋墨インクを使い――、空へ向かって大きく書き出した――』

硝子筆ガラスペンって何?書き出すってどういうこと?意味わかんない……」


 22XX年。ケンが過ごしている時代はほぼ全ての道具が“データ化"され、物が溢れる時代から大きく変化していた。加えて、工場や自動車、溢れかえる大量のゴミが大気汚染に影響し、世界中でいわゆる『物悪』の概念が広まったことから、『コンピュータ上で事足りるのであれは、それ以外は不要』と見なされ、今までごく当たり前にあった物でさえ、ことごとく姿を消していったのであった。


 ――は、無駄。ムダ、ムダ、無駄、無駄、無駄。


 そんな世界が当たり前になったケンたち世代は、学習や娯楽など、ほとんどすべてがデータベース上で完結してしまい、実際に道具を使うこと、物を触って体験するということが皆無に等しかった。

 鉛筆さえ握ったことのない世代――

 書く体感を想像できない世代――

 その影響だろうか。ケンの心の中にはずっと薄いモヤがかかった状態になっていた。

 やりたいことなんて、わからない。なりたい夢なんて、思いつかない。

 そんな中で偶然にも目にした物語の中では、今まで無駄と断罪されていたありとあらゆる種類の“物”をふんだんに使い、魔獣との戦いを繰り広げていた。

 実際の物というのは、いったいどういう感じなんだろう。

 まったく想像できない中でも、『触れる』『使う』『書く』といった内容に心囚われ、時を忘れて机に頭を突っ伏ていた。

 ――触ってみたい。使ってみたい。書いてみたい。

 ふと気づくと、窓の外は薄暗い夜の色で覆われていた。あの小説には、『手を黒く染める洋墨インクのような滲みのあるじっとりとした闇が、勇者一行を覆い尽くす』なんて書いてあったっけ。

 洋墨インクって何だろう――

 手が黒くなるって何だろう――


「――っ、ああ、もうっ!!」


 掴みどころのない、頭の中に滲み渡った思いを振り払おうと、ケンは学校から唯一支給されたノートパソコンを専用ケースに押し込み、足早に教室から立ち去った。

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