【第51話】証明

「なんでそんなにボウっとしているんだ?」


 放心状態だった僕の隣で、仁王立ちで意識を失ってる女性が若干一名。


「アイさん、アイさん?!」

「ぬわあ!」


 声にならない声を上げたアイ。それもそうだ。生きているのか死んでいるのかすら分からなかった男が今目の前にいるのだ。彼女は不審な目を吉川に向けていた。


「どうした?」

「本物……?」

「確かに、証明した方が良いな。6年前の夏だったか」


 吉川は懐かしそうな顔で語り始めた。


 それは、記録的な大雨が吹き荒れる夏の夜。俺は仕事帰りの歓楽街を歩いていた。傘に落ちる雨粒が都会の闇を照らし、俺は見窄らしい格好の少女と目が合った。


「こんな所でなにをしてるんだ?」

「なにも……」


 遠くから見ても相当酷かったが、近づいて見ると益々酷い。腕や脚は酷くやつれ、服も所々が破れて加えて雨に濡れている。

 彼女が何故ここにいるのかは見当が付く。ここに来る男に体を売っているんだろう。さもなければ20にも満たない彼女の目がここまで生気を失う筈がない。


うちに来るか?」


 彼女はコクリとだけ頷いた。

 傘の中はとても静かで、俯いたままの彼女は捨て猫のように俺について来る。


「肩、濡れてる……」

「俺のことは良いから早く拭け」


 乱雑にバスタオルを投げつけると、なにも発さず栄養失調寸前の身体を拭いた。

 俺は風呂が嫌いだ。だが、今日は仕方がない。タオルを繋げるように広げ、浴槽に熱いお湯を溜めた。拙いレッドカーペットに彼女を歩かせ、風呂場に押し込んだ。


「シャンプーとかは適当に使え」

「良いんですか?」

「ああ、ゆっくり入って良いが寝るなよ」

「はい……」


 蚊の鳴くような返事の後にシャワーの音が鳴る。

 俺はクローゼットを覗く。生憎、女性用の服は無いが代用はいくらでもできる。誰とは言わないが、この先のセクシーシーンを期待している者にあらかじめ伝えておこう。


 なにも起こらない。


 洗面台にはYシャツではなく、パーカーとハーフパンツを置いた。浴室からは啜り泣く声が聞こえる。彼女がどんな心境で涙を流しているのかは俺には分からない。そんなこと知りたくもない。

 俺はゆっくりと扉を閉めた。


「お、出たか」

「はい」

「そこに座って待ってな」


 椅子にちょこんと座った彼女に夕飯を出した。


「腹、減ってるか?」

「……」

「良かった。じゃあ食え」


 2人でうどんを静かに啜った後……。



「もう良い、分かった! こいつは本物だよ!」

「なんだまだ続きはあるぞ」


 吉川はニヤニヤしながらアイを見ていた。その姿は紛れもなく本人で、僕たちはようやく全員集合となった。


「吉川さん続きはまた今度聞かせてください」

「ああ、今はそうした方が良いな。ソルボン空中は任せたぞ」

「良いだろう」


 完全体となった何でも屋の残党狩りが始まった。




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