竜峰の麓に僕らは住んでます

寺原るるる

竜峰の麓に僕らは住んでます

始まりは遺跡探索から

「キーリを中心に、巫女は結界法術けっかいほうじゅつを展開しろ! 負傷者、腕に自信のない者はその中へ!」


 勇者リステアは指示を飛ばしながら、自身は最前線に出て聖剣を振るう。炎の聖剣は唸りをあげ、天井から急降下してきた一体の魔族を焼き払った。熱波が僕のいる後方まで伝わる。肌を焼く熱に僕は我を取り戻し、慌ててキーリたちが張った結界へと逃げ込んだ。


 リステアが一体を仕留めたが、薄暗い遺跡の天井には同じ魔族がもう一体、蝙蝠こうもりのように逆さに張り付いている。更には通路の奥から小鬼が五体、恐ろしい形相でこちらへ向かってきていた。


 はっきり言おう。僕は腕に自信なんてないよ。あったとしても、魔族だなんて相手にできるもんか。

 僕と同じように自信のない者、自信はあっても魔族と戦うだけの勇気がない者はキーリ、イネア、ルイセイネが共同展開した法術結界内へと逃げ込む。結局僕たち同級生三十人の内、結界外で魔族に相対したのは四人だけ。それに教師の二人と王国騎士の五人、勇者のリステアを合わせて十二人が陣形を組み、突然現れた魔族と戦うことになった。


「遺跡の天井にへばり着いている奴は俺が炎撃で落とします。他のみんなは結界を守りながら応戦してください!」


 王国騎士以下十一名はリステアの指示に従い、結界寄りに少し下がって陣形を作り直す。


「何でこんな遺跡に魔族がいるんだよ!」

「怖い! 怖い!」


 結界内に逃げ込んだ学年のみんなは口々に悲鳴や恐怖の言葉を漏らしていた。僕も恐怖で腰が抜けてしまい、地べたに座り込んでいた。それでも前線へ視線を向けることができたのは、勇者であるリステアへの憧れと、彼なら絶対にこの窮地を救ってくれるという安心感からだった。


 聖剣に選ばれし勇者。僕たちと同じ年齢で、同じ学校に通っているとは思えないほど突出した才能を持つリステア。僕たちだけでなく王国民の男性全員から羨望の眼差しで見られ、全女性から好意を抱かれる美少年。


 きっと彼なら、いくら魔族とはいえものともしないだろう。


 遺跡の奥から駆けてくる小鬼五体を牽制しつつ、リステアは聖剣を上段に向けて横に薙ぐ。すると真っ赤に輝いた聖剣から炎の波が飛び出し、遺跡の天井に逆さに張り付いて様子を伺っていた魔族へと迫った。


 魔族は背中の不気味な翼を羽ばたかせると、慌てて天井から離れて回避する。


 リステアは、天井すれすれを旋回する魔族に視線を向ける。そこへ地上の小鬼が迫るが、リステアは目にも止まらぬ速さで小鬼の脇を通りすぎ、壁の突起を足掛かりに高く跳躍すると、魔族へと斬りかかった。


 思いがけない動きに小鬼たちと魔族は翻弄され、魔族は片方の翼を斬り裂かれて地上に落ちた。


 地上では、天井に注意が移っていた小鬼たちに、王国騎士が斬りかかる。不意をついた形にはなったが、小鬼と言えど魔族の端くれ。王国騎士五人がかりでやっと小鬼一体を仕留めた後は、混戦になった。


 王国騎士でさえも五人がかりで小鬼一体しか倒せないという事実に、僕は戦慄を覚える。いくら魔族といえど、小鬼程度なんて勇猛果敢な王国騎士の相手ではないと思っていた。


 翼が片方切り裂かれて地上に落ちた魔族とリステアの戦いは拮抗している。だが、王国騎士と小鬼との戦闘は最初こそ不意打ちで善戦していたが、見る間に劣勢へと転じていた。


 慌てて追加参戦した教師と勇敢な生徒たちで数的に有利になり、なんとか戦線を保つ。


 王国騎士と教師は僕たちの引率兼護衛であり、命がけで僕たちを守ってくれている。それとは別に、本来僕たちと一緒に結界内に避難していてもいいはずの同級生四人が戦闘に加わっていることに、僕だけではなく他の生徒も驚いていた。しかも、そのうちの三人は女性だった。更に女性の内一人は、王国の第四王女様。


 結界内で怯えている僕たちは、なんて情けないんだろう。

 でも、仕方がないんだ。リステアのように選ばれし者でもない僕たちは、郊外に出没する低級な魔物にさえも下手をすると負けてしまうんだ。


 そして、結界の外で戦闘に参加している王女様を含む四人は、生涯を勇者と共に生きることを誓った者たちだ。いわば、選ばれし勇者に選ばれた者たちなので、リステアと共に戦うことができるんだろうね。


 生徒四人の装備は申し分なく、王国騎士にも勝る戦いぶりだった。


 そうしていると、炎の聖剣で魔族を貫き灰に変えたリステアが小鬼たちとの戦闘に参戦した。


 一気に形勢が好転する。


 王国騎士、教師に生徒たちが小鬼の攻撃を凌ぎ、リステアが聖剣で斬り伏せていく。聖剣が放つ炎が、薄暗い遺跡の中で乱舞していた。


 僕が炎の軌跡に目を奪われているうちに、戦闘は終了した。


 リステアは最後の小鬼を両断すると、聖剣を腰に帯びた黒と赤の美しい模様の入った鞘へ納める。それで戦闘が終了したのだと我に返った結界内の生徒たちが、ようやく安堵の表情を浮かべた。


「みんな無事か」


 息を整えながら、リステアは巫女のキーリたちが張った結界に近づく。参戦していた王国騎士や教師、生徒たちには疲れの表情が見てとれたが、リステアは息切れをしているくらいでまだ余裕があるように僕には映った。


 さすがは勇者様。ひとりだけ能力が違いすぎるよ。


 リステアの振りまく笑顔により、僕たち一般の生徒たちにも落ち着きが戻り始める。


「重傷者がいないようなら、とりあえずこの遺跡から出よう。また何か出てきても困るし」


 リステアの指示にキーリたちは結界を解き、王国騎士の五名も従う。女子生徒の中には未だに涙を流して怯えている人もいたけど、周りの手を借りてなんとか遺跡の外へと向かって歩き出す。


 僕もなんとか立ち上がると、みんなの後を追って歩き始めた。


 そこに、リステアが近づいてきた。


「エルネア、助かったよ。お前がいち早く魔族に気づいていなかったら、どうなっていたか」


 リステアは僕の肩を軽く叩き、そう言ってきた。


 そういえばそうだった。遺跡に入り順番で偵察の練習をしていた時に妙な違和感めいた物陰を発見し、念のためにリステアに相談したのは僕だったよ。違和感は的中し、物陰には魔族が潜伏していて不意をつこうとしていたんだ。


「王都付近の遺跡で魔族が出るなんて誰も思っていなかったからな。不意を突かれていれば俺だって危なかった。お前は今回のことを誇っていいよ」


 リステアの笑顔と労いの言葉に、僕の胸には込み上げてくるものがあった。魔族が出て結界に逃げ込み、恐れで腰が砕けていた僕なんかにこんな言葉をかけてくるなんて。


 惚れてしまうじゃないか!


 リステアが男で本当に良かったよ。


 それにしても、と思う。あれだけ激しい戦闘をした後だというのに、リステアは疲れを見せるどころか王国騎士に代わり率先して僕たち同級生徒を先導し、周りへの気配りも完璧。

 肩まで伸ばした真っ直ぐな金髪は今さっき洗髪したばかりのように綺麗で、女性かと思えるような美しい瞳には生命力が満ちて、なんて完璧な人なんだろう。

 妬ましいとか邪な思いは沸いてこなく、純粋に憧れを抱いてしまう。

 きっと他の生徒も同じなんだろうね。

 リステアは勇者として、これまでにもいくつもの功績を残してきていたけど、妬みや悪口を聞いたことが一切なかった。

 特に聖剣に選ばれ、王国の宝石姫と呼ばれていた美少女の第四王女セリース様の許嫁となったときにも、彼なら仕方ない、と諦めの声が国民男性の多くから聞かれたが、女性からは一切の不満が出なかったほどだった。


 そういえば、セリース様も先の戦闘に参加していたんだよね。見た目は可憐な美少女だけど、流石は勇者の正妻候補。彼女はどんなときもリステアの傍を離れない。

 水色の柔らかそうな髪を結い上げ、見えるうなじが美しい。もちろん整った小顔は王家の品格と可愛らしさを兼ね備え、王国一と言われるだけのことは十分にあった。

 そして。

 お胸様。

 ああ、なんて素敵なのでしょう。あのお胸様がリステアのものだということが、羨ましくてならない。


 と、セリース様の方を見つめていると、リステアが頷いてきた。


「あの揺れる胸は、なんと素晴らしいんだろうな。まだ触れたことはないが、将来が楽しみだ」


 どうやら、リステアも同じ思いだったようだ。僕たちは互いに頷きあい、暫しセリース様の揺れる胸を見つめていた。


 しかし、リステアもあの胸に触れたことがなかったとは。王家の貞操はやはり堅いらしい。


 セリース様は未だに怯えている女子生徒たちに付き添いながら歩いていた。


 暫しの間二人でセリース様の揺れる胸を堪能していると、戦闘に参加していた残りの三人の生徒が僕たちに近づいてきた。

 僕たち、というかリステアの所に来たんだと思うけど。


「王国騎士の方々が殿しんがりで、俺たちは出口の方への偵察に行ってくるぜ。みんなの引率は任せたぞ、リステア」


 声をかけてきたのはスラットン。リステアの幼馴染みであり、凄腕の剣士だ。剣術のみの勝負であれば、リステアと互角に戦える唯一の同級生徒。

 乱れた黒髪はいつもにも増して荒ぶっていて、勇者と共に行動するのならもう少し身だしなみに気を配ればいいのにと思ってしまう。


「行ってきます」


 スラットンの後から二人並んででやって来たのは、クリーシオとネイミーだ。


 クリーシオはスラットンと相思相愛で、スラットンがリステアと組んでいたので一緒に仲間になった感じだ。

 スラットンと同じ黒髪だけど、彼とは違って綺麗に纏めあげて背中に流していた。

 僕たちはみんな十四歳で幼さの残る顔立ちの者も多かったけど、彼女は少し大人びた美人さんだった。


 そしてもうひとりのネイミーは、リステアのお嫁さん候補二号だった。


 衝撃的である!


 リステアも僕と同じ十四歳なのに、すでにお嫁さん候補が三人もいるなんて。


 ちなみに、お嫁さん候補一号は正妻になるだろう第四王女のセリース様。二人目がいま来たネイミー。最後のひとりが、巫女のキーリだ。

 ただ、キーリに関しては他にお嫁さん候補が二人もいるので、神殿側が嫁に出すことを渋っていて、非公認ではある。


「ぼくはリステアの傍にいたいよぉ」


 愚痴るぼくっ娘のネイミーは小柄で、まるで栗鼠りすのようだ。橙色だいだいいろの髪は短めで、毛先が外向きに跳ねていて可愛い。


 僕は思うんだけど、リステアはどちらかというと、美人系よりも可愛い系が好みなんじゃないだろうか。キーリもたれ目が可愛いし。


「今は非常時だからよろしく頼むよ」


 リステアがネイミーの頭を撫でながらお願いすると、しかたないなぁ、と笑顔になりながら、スラットンたちと共に僕たちより先行して、遺跡の入り口方面へと歩いていった。


「周辺警戒はしてくれているとはいっても、俺たちも油断はしない方がいいな」


 言ってリステアは、真剣な眼差しへと戻った。


 確かに、油断はできないだろうね。なにせ、この地域で出るはずのない魔族が出たのだから。


 僕たちがいま練習目的で潜っている遺跡は王都近郊にあり、魔族どころか低級な魔物さえも殆んど出ないような場所なのだ。


 というか魔族なんてこの国には出ないはずだった。


 魔族が支配する国々は僕たちの王国の遥か西方にあり、王国と魔族の国々との間には、竜族と竜人族が住まう竜峰りゅうほうが延々と立ちはだかっているんだ。


 もし魔族がこの国に来ようとしても、竜峰を越えることはできないはず。

 魔族と竜人族は極めて仲が悪いので、竜峰を通行させてもらえないんだ。


 それなのに、なぜ魔族がこんな遺跡に出たのかは僕にはわからないけど、きっとなにか良からぬ事があるのかもしれない。


 まぁ、それを解決していくのは、勇者のリステアたちなんだろうけどね。

 僕の触れることのできない遠い世界のはなしだ。


 今はとにかく、遺跡から一刻も早く出て外の新鮮な空気が吸いたかった。


 僕はリステアと並んで歩いていたが、周辺警戒をしている彼の邪魔をしないように口数も少なく、黙々と出口へ向かった。


 そうして、僕たちの初めての遺跡探索は不気味な気配を残して終わるのだった。

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