第20話 暗黒騎士、国を滅ぼそうとする

「ほんっっとうに、ごめんなさいッ!!」


 リンドヴルムに向け、床を砕く勢いで頭を下げる。


 リンドヴルムを不安にさせたこと、彼女には言いたいことを言えと言っておいて、自分は迷って話さなかったこと。


 話したいことは色々あるが、それらを飲み込んで顔を上げたハジメは立ち上がる。


 突如発生した黒い炎と鎧男に混乱し騒然とする人々を見回して、ハジメは椅子からずり落ちそうになっているフェイグを見つけた。


「ここに、フェイグ・メウシーカ・エーゲモードはいるか」


 ハジメの言葉にざわめきが大きくなる。


 口々に「なにを」や「なんなんだ」といった困惑の声を漏らしながら人々は壇上に座るフェイグの方へと視線を向けた。


 その視線を追いかけたハジメとフェイグの視線がぶつかり、フェイグは慌てた様子で姿勢を戻し椅子にふんぞり返った。


「お前がフェイグか」

「――この俺が王と知っての態度かお前」

「あ? お前王様じゃないだろ」

「――きっ、さま」

「代行、だろ。間違えんな」


 顔を赤くして椅子から身を乗り出したフェイグに対し、やれやれ、とわざと見せつけるように肩をすくめながらハジメは言う。


「単刀直入に言う。フェイグ・メウシーカ・エーゲモードの首とリンドヴルム・ウル・ドラコメインの身柄をよこせ」

「何を理由のわからないことを」

「三日前、ハジリマ村で誘拐事件があった。村人四名が死亡。そんでもって、村にいた娘が一人誘拐された。その首謀者の首と誘拐された娘を返せって言ってんだよ」

「それは大変だったな。それと俺になんの関係があるのだ」

「ああ、関係大有りだね。村で虐殺を行おうとした下手人共の口を割らせてみたら、皆して首謀者はフェイグ・メウシーカ・エーゲモードっていうじゃないか。だから、きちんと罪を償ってもらわなきゃいけない」

「ほう……しかし、決定的な証拠がないではないか。そんな無根拠で城に乗り込みあまつさえ俺にそのような態度を取るとは分かっているのだろうな」


 ハジメとて、素直に口を割ってくれるとは思っていない。


 だからハジメは「まあ、そうだよな」と呟くと右手を天高く掲げる。


 ハジメの不審な行動を皆が訝しげに眺める中、彼は軽い仕草で掲げた手を振って指を鳴らす。


『ォォオォオオオオオオ――』

「な、なんだ!?」


 指を鳴らすのと合わせるようにして地面を揺らす雄叫びのようなものが響き渡り、人々の間に動揺がはしる。


 それに合わせて離宮の扉が開き、兵士が転がり込んでくる。


「お、王都の正面にドラゴンがッ!!」


 ドラゴン。その単語が聞こえるや否や今までを超えるざわめきが人々の間を駆け抜け、危ない、逃げないと、と離宮から出ようと一斉に動き出した。


 そんな中、一番扉に近かった一人が叫んだ。


「なんだこれ!?」


 その貴族は扉から離宮を出ようとしていたのだが、なぜか扉から出ることが出来ないのだ。


 その声に呼応するように、他の場所からも「なんで!?」「なんだこれ、壁があるぞ!!」といった声が聞こえてくる。


 混乱し逃げようとした人々の顔が処刑台のハジメへと向かう。


 急に処刑場に現れ、不可解な言動を繰り返す鎧男。この状況を生み出した張本人。


 殺気を含んだ視線に曝されながら、ハジメは明るい口調で言う。


「そうそう、この建物俺が障壁で塞いだから出れないぞ。つまりそうだな……死ねってことだ」


 一瞬の沈黙の後、爆発するように人々が処刑台に殺到する。


「ふざけんな!」

「死ね!」

「お前を殺してやる!」

「落ち着いて――」


 そんな声と共に制止する騎士たちを押し退けて処刑台に足をかけた、がその歩みはすぐに止められてしまう。


 会場を封鎖している障壁と同じものが彼らの前に現れたからだ。


 ハジメに近づくことが出来なくなった人々は、障壁にしがみつきながら処刑台のハジメに罵声を飛ばす。


「お前らそうは言うけどなぁ。自分たちから滅びようとしてたんだから、早いか遅いかの話だろ? なんで怒るんだよ」

「わけわからないこと言うな!」

「お前を滅ぼしてやる!!」

「――本当に理解してないのか? 本当に? えぇ……」


 ちょっとだけ煽るつもりだったのだが、本当に何も分かっていない人々の反応に困ってしまうハジメ。


 ハジメは後ろを振り返ると自分のことをじっと見つめるリンドヴルムを見下ろして、輝きを失った毛髪や見窄らしい布切れを纏わされた彼女の姿に「王様に悪いけど、問答無用で消し飛ばすか」などと呟いてしまう。


「落ち着け、お前たち!!」


 罵声の中確かに響くフェイグの声。


 ハジメがそちらを向けば、椅子から立ち上がったフェイグが大仰な仕草で階段を降りていた。


 その身を覆う魔力の高まりからして、ハジメに攻撃を加えるつもりらしい。


「この俺が、そこの無礼者を殺してやろう!」


 そんな声に喧騒の中から「フェイグ様!」「そんな奴殺してしまえ!」という声が届くが、ほとんどの人はフェイグのことなんて視界に入っていないようでハジメへの口撃が続いていた。


「俺を殺すって、無手でどうやって殺すつもりだ?」

「俺の魔法で殺してやろう! 俺の魔法は聖女を超える、この国で最も強いものだ! どうだ、恐ろしかろう!!」


 聖女を超える、と言われてハジメは目を細めた。


 リンドヴルムを超える魔法力を持つ、それが本当ならかなりの強敵と言える。


 だが、ハジメはフェイグの言葉を何一つ信じていなかった。


「じゃあ、待ってるから早く使えよ。早くしないとあの竜動かしちゃうぞ」

「――どこまでも舐め腐りおってッッ!!」


 ハジメの挑発に目を吊り上げて詠唱を始めるフェイグ。


 両手を広げて詠唱するフェイグに対してゆったりとした動作で剣を盾のように構えたハジメは、隙だらけのフェイグを見て彼の能力を改めて分析する。


 戦闘を行うには小さな処刑台で、剣を持った相手を前にして長々と詠唱を行う不用心さ。


 練り上げられる魔力の質の悪さと無駄の多さ。


 なにより、正面から見据えても一切感じない威圧感に、言葉一つ、仕草一つで人々を動かせない王としての素養の無さ。


 その全てが彼の未熟さを物語っていた。


 とはいえ、ハジメの知らない何かで自分かリンドヴルムが害される可能性を否定できないため彼は真剣にフェイグの魔法を防ぐために魔力を高めていく。


「我が雷光を受け、砕け散るが良い!!」


 その言葉とともにフェイグが両腕を振り下ろす。


 同時に閃光と爆発音が響き、罵声を浴びせていた人々も思わず身体を縮めて屈み込んだ。


 衝撃が収まり、人々が恐る恐る顔をあげた時、とても大きなため息が聞こえてきた。


「それで、聖女を超えたって言ってんのか?」


 あり得ないと言うように口を開けたフェイグを前に、防御を解いたハジメが声を震わせて言った。


 フェイグが放った魔法は本人が最強と言うだけあって、あの練度から繰り出されるものとしては中々の威力だった、とハジメは評価する。


 だが、会場に障壁を張り巡らせて処刑台まで守る余裕がある。それほどまでにフェイグの魔法は弱かった。


「その程度で、国を守護する聖女を処刑しようとしたのか?」


 だからこそハジメは理解できない。


 こんなに弱いのに、あんなに強いリンドヴルムを殺そうとする理由が。


「そんな弱さでお前たちは彼女を二度も殺したのか?」


 強者を弱者が妬むというのは、理解できないことではない。だが、この場にいる者たちはそんなものとは全く違う。


 こんなものの為に二回も殺されかけ、今まで傷つけられてきたと思うと、ハジメは腸が捩じ切れそうだった。


「まあいい……。さて、実力の差というのが理解できたと思うんだが、俺が言っていたことは覚えているか?」


 糸が切れたように床に崩れ落ち「そんな」「ありえない」とブツブツ呟くフェイグの前にしゃがみ、ハジメは声を掛けた。


「……ぁ?」

「俺、言ったよな? フェイグの首とリンドヴルムの身柄が欲しいって」

「――ぁ」


 顔をあげたフェイグの顔色が目に見えて青白くなっていき、顔中を恐怖と怯えが染めていく。


 嫌に響いたハジメの言葉を聞いて、周囲を囲んでいた人々が口々に「フェイグと魔女を生贄にすれば助かるのでは」と口走り始める。


 そうして始まったざわめきは時間が立てばどんどんと大きくなっていき、ついには「お前が責任を取れ」などと言ったフェイグへの攻撃になっていった。


「だそうだが……どうするよ王様。臣下たちの大切なご意見だぞ」

「ぁ……ぅぁ……」


 最早全身を震わせて呻くことしか出来ないフェイグに「まあこんなもんだろ」と呟いたハジメは立ち上がると処刑台の階段に足を向ける。


 気楽な様子で階段を降りてくるハジメを見て慌てて距離を取り始める人々、その隙間から兵士たちが飛び出してきてハジメに向けて武器を構えた。


「職務に忠実なのはいいが、俺がちょっとでも命令したり、万が一死んだら竜がもれなく大暴れだがいいのか?」


 そう言われてしまえば手を出すわけにもいかず、せめてもの抵抗とばかりに口々に罵声を浴びせる兵士たちに手を振り、処刑場の入口にたどり着く。


 入り口に立ったハジメは「ああ、そうだった」などとわざとらしく大きな声で言うと処刑場の中へ振り返った。


「お前らには滅びの猶予ってやつをやろう。……そうだな、今から一時間後に竜を動かすから、それまでにどうするか考えといてくれ。ああ、俺達を倒す可能性があるのはそこのリンドヴルムだけだ。そいつにしっかり街中を見せて、助けてもらえるように媚びを売ることだな」


 一方的に言って処刑場を後にしたハジメは、廊下の奥から騎士たちを引き連れて老人と少女に手を挙げる。


 老人や騎士たちからの返事はないが、ただ一人、すれ違いざまにペコリと頭を下げた少女に「やっぱ妹とあって礼儀正しいなぁ」などと呟きながらハジメは外へ出て竜の下へと向かう。


――あとはリンがどう考えるか。


 武装を解いたハジメは竜の足元に座り込むと装備の点検を始めるのであった。

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