002 世界崩壊⇒魂ドラフト

 よくは分からないが、どうやら世界は滅ぶらしい。

 宇宙の崩壊、次元の歪みがどうのこうのと物理学者は言っていた。

 当然、理解できないのでスルー。

 そうこうしている内に世界滅亡のエックスデーとされる日の1週間前。

 今日は朝から終末世界に相応しいニュースが飛び込んできていた。


 突然死の多発。

 何の前触れもなく心臓がとまり、そのまま死亡する。

 そんな事案が世界各地で起きているのだとか。

 世界標準時で日を跨いでからの12時間で、確認できているだけで人口の2割。

 もはや正確な数字は把握できていない。

 公的機関の人間や医療関係者も多数死んでいるためだ。

 当初の増加速度から予測すると、既に人口の半数以上が逝った可能性が高い。


「……世界の終わりの日か」


 俺達は多分、明日を迎えられないのだろう。

 そう思いながらもスマホから目を離し、大型ディスプレイに意識を戻す。

 休日で家に引きこもっている俺に、パニックを起こす程の現実感はない。

 現実逃避しているとも言えるけど。

 掃いて捨てる程いる底辺労働者に何か特別なことができる訳でもなし。

 ゲームプレイに戻る。


 やっているのは野球ゲームの選手育成モード。その最終段階。

 かつてなく上振れしていて、過去最強の選手が作れそうなのだ。

 ペナントレースモードに使用して無双するところまでは行けなさそうなのは残念だが、ちょっとした満足感と共に人生の締め括りを迎えられそうだ。


「よし。完成っと」


 能力値とスキルの最終調整を終え、登録を済ませる。


「……ふぅ」


 俺に作れる最高の選手だ。

 感慨深い。


 椅子の背もたれに体を預け、改めて深く息を吐く。

 空を仰ぐように天井を見る。

 その瞬間。


「うっ!?」


 心臓が1回、大きく奇怪な脈動を打った。


「あ……ああ……」


 そして。

 スイッチを切ったかのように意識が一瞬途切れた。


 かと思えば、目の前に妙な爺さんがいた。


「え? ……は?」


 深いしわが刻み込まれた顔。

 仙人のように白く長い髭。

 それから……それから……何だこれ。

 神秘的とも取れる要素に不釣り合いなものが目につく。

 野球帽とユニフォーム(上着のみ)。

 いや、本当はどっちかって言うと、こっちに先に目が行っていたけども。

 ……あのロゴは、俺もよく知る大リーグの人気チームのものだな。


「最期までゲームとは仕方のない人間じゃのう」


 ファンキーな爺さんは、いきなり人様のことをディスってきやがった。

 そんな格好の奴には言われたくない。


「い、いや、何だ、アンタ」

「ワシは別世界の神じゃ」

「はあ?」

「お主らの世界は終焉を迎えるに至った。そこで、無数に存在する別世界の神々がこの世界の魂を引き取ることになったのじゃ。お主はワシの世界へ行く訳じゃな」


 突拍子もないことを言う爺さん(自称神)。

 ただ、今正に世界が滅亡に向かっていた訳だから、一笑にはふせない。


 何よりも。

 目線を下げれば、脱力して椅子にもたれかかる俺の姿が目に入る訳だから。

 呼吸している気配はなく、静かに目を閉じている。

 眠るように死んでいる。


「……え、えっと……つまり世界各地で起きてた突然死は――」

「別世界の神に選ばれ、魂を回収された訳じゃな」

「微妙にタイムラグがあったのは……」

「神々がそれぞれ魂を1人ずつ欲しい順に選んでいったからじゃ。つまるところ魂ドラフトじゃな」


 ドラフトだぁ? …………ドラフト、ねぇ。

 既に人口の半数以上が減った後。

 ゲームをやっている間に更に数時間経っていたから……。


「お主はほとんどの神に不要と判断された魂の内の1つじゃ」


 薄々理解しながら口には出さなかったのに。

 こいつ、言いやがった。


「……その不要な魂が必要になったのか?」


 イラっとしたので、嫌味を込めて問いかける。

 聞く限り、この爺さん(自称神)が欲しいと思った魂は選び終えているはずだ。

 自虐極まりないが、底辺労働者の野球ゲームオタクを必要とする理由が分からない。


「う……む。それが、じゃのう……」


 途端に歯切れが悪くなる爺さん(自称神)。

 何なんだ、一体。


「実は、のう。ワシは、この世界で生まれた野球が大好きでのう。ワシが管理する世界の1つを、ここの歴史をある程度なぞらせつつ野球によって国家のパワーバランスが決まるように弄ったのじゃ」

「お、おいおい……」


 見た目からして野球狂な感じだが、それはさすがに行き過ぎじゃなかろうか。

 何て言うのは、人間の感覚か。

 神は傍若無人なもの。

 こちらの価値基準で測ることはできないだろう。

 これからは野球狂神やきゅうぐるいのかみとでも呼ぼう。


「はあ……まあ、いいけど、それで?」

「うむ。それで折角だからと大リーグのレジェンド選手の魂、あるいは前世でそうだった魂を優先的に集めていたのじゃが……」


 何となくオチが読めて顔をしかめるが、野球狂神は構わず続ける。


「ただでさえワシの世界でもアメリカは最も野球が盛んな国で、故に最大の国家となっている訳じゃが、そこへ将来優れた選手になる素養を持つ魂を送り込んでしもうた。ワシがお主のところに来るまでに、あちらでは既に4年の時間が経過しておるのじゃが、4歳にして皆取りつかれたように野球に打ち込んでおる」


 深刻そうな口振りからして、既に才能の発露が始まっているのだろう。

 野球で国家のパワーバランスが決まるという世界。

 バランスが完全に崩壊することが目に見えている。

 いや、最初からバランスを取る気があるのか怪しいところではあるけど。

 今回だって、本来の出身地とか無視して全員アメリカにぶち込んでいそうだし。


「特定の国が一強の状態になること自体は別に悪いことではない。じゃが、余りに突出し過ぎてしまうのは問題じゃ。…………さすがに面白味にかけるからのう」


 最後にポツリと自分勝手にも程があることを呟く野球狂神。

 もう、神だから仕方ないと思うしかない。


「ともかく、それを是正するため、ワシは何人かの魂をいくつかの国に送り込もうとしている訳じゃ」

「……その内の1人が俺、と」

「うむ」


 言い分は理解できた。

 しかし――。


「悪いけど、俺は実際の野球経験なんて体育ぐらいしかないぞ」

「そんなことは分かっておる。じゃが、もう目ぼしい魂は残っておらんのじゃよ」

「ああ、そう……けど、それじゃあ焼け石に水じゃないか? 崩壊したバランスを正すことなんて、単なる野球ゲームオタクには無理な話だ」

「勿論、それも分かっておる。じゃから、お主達には前世の記憶を保持させた上で特別な力を授けるつもりじゃ」

「特別な力……? チート能力って奴か?」

「お主達が世界のバランスを崩しては元も子もないじゃろう。破格ではあれ、世界の理を逸脱しない程度のものじゃよ。それでも、間違いなく世界最高峰の野球選手には至れるじゃろうがな」


 あくまでも野球に特化した能力らしい。

 まあ、当然か。


「さて、説明はこんなところでいいじゃろう。急がねば更に時間が経過してしまうからな。速やかにワシの世界に招待するとしよう」

「え、いや、能力の詳細とか――」

「それはお主ならば何となく分かるはずじゃ」


 話は終わりとばかりに俺の言葉を遮る野球狂神。


「世界のバランスを保って、熱い野球の試合を見せてくれ。ワシのためにな」


 そして彼がそう最後にぶっちゃけた瞬間、俺の視界は暗転したのだった。

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