5話「冥土」


 午前の講義は終り、昼休憩になった。


 選択制なので、教室単位などではなく、各生徒は選択した授業によって講堂を移動する。

 形式としては現代の大学に近い。


 食堂に向かおうとも考えていたが、周りからの視線が痛すぎたので、誰もいないようなところを探しにいこうと席を立つ。


 本当に耐えきれない。

 嘲笑と、あとなんというか……。


「どこ行くの?」

「旅に出ようかなって」

「私も行く」

「嘘に決まってるだろ」

「知ってる」


 ……カラが隣にいることへの、疑念と悪感情に。


 行き場もなく廊下をさまよう。

 まだ痛みを持つ足を引きずりながら。


 やはり目立っている。しかも悪目立ち。四方八方から視線が刺さって血まみれになりそうだ。天才と無才の組み合わせはさぞかし想像力を掻き立てるだろう。


 誘拐だとか、洗脳だとか不穏な単語が耳に入る。


「みんな深い紫や赤。なぜ?」

「俺の隣にいるからだよ。ホラ、俺ってば貴族でもうすげぇ周り見下してるし。だからみんなと遊んでね」

「逆。あなたは羨んでる。深い赤紫。嫉妬。そしてざらついている。あなたの本当の色は?」

「……」


 なんなんだよコイツ。


 人の感情をいたずらに見抜いて。舌先にもてあそばれてる気分だ。わざとやっているんだろうか。勝手にやってりゃいいが、俺の前では黙らせたい。


「あんまり心の色を言わない方がいいぞ」

「なぜ?」

「礼儀に反してるから」

「……ッ!? 失礼。失礼はダメ。ごめんなさい」


 固まってから、こっちが驚くくらい衝撃を受けたような顔をして、ぺこりと謝ってきた。

 

 あれ。


 なんで。


 ……彼女、こんな性格なのか?


 ゲームだともっと妖しい雰囲気だったような。

 独特の視点で物事を判断する理解不能の天才で。

 少なくともこのように『礼儀』で取り乱す場面なんて。印象がまったく乖離している。

 

 カラは魔術師の家系『スペクトラム家』に生まれていたはず。貴族ではない。


 そもそも、この世界の魔術師は礼儀を知らなかったり、興味がなかったりするものがほとんどだ。と、いうジョシュアの記憶を探ってみても、理由なんて見つからない。


 それなのに、彼女の礼儀に対するこだわりはどこからくるのだろうか……?


 強い疑問が伝わったのか、彼女は答えた。


「……私はあまり話せない。礼儀がわからない」

「そうなのか?」

「みんないつも遠い。私は見るしかできない」

「そう、か」

「きっと礼儀を知らないから。関われない」

「それは」

「だから知りたい。礼儀を」


 それは……礼儀を知れなかっただけだろう。


 彼女は間違いなく天才だ。

 生まれつき感情を読み取る天才。

 だから相手の心理を利用して勝てる。


 それゆえ、理解者がいない。

 天才の価値観など凡人は理解したくない。


 もし理解できなかったら、自分は天才ではないと判明してしまうから。

 もし理解できなかったら、自分は凡人であると判明してしまうから。


「……あのさ、なんで俺に話しかけたんだ?」


 俺は、彼女のことを勘違いしていたのか?

 心について探りを入れるのが目的だと思っていた。


「昨日、あなたは負けた。私は見ていた。だから名前は知っていた。だけど今日、色が変だった。だから話しかけた」

「不思議だったから俺に話しかけたのか?」

「違う。昨日のあなたは青。赤の渦中でただ青だった。そして薄くなっていた。ほとんど透明だった。でも。今日のあなたは深い赤紫。激しい怒りと嫉妬心。不可解なほど急激な変色だった。それにざらついていた。どちらも私は初めて見るものだった」


 彼女の場合は付け加えて。

 その目で見られるとなぜだろうか。

 自分のことはすべて理解されているような錯覚に陥ってしまうから。


 そうか。


「だから私は壊れてないか心配した」

 

 だから彼女は──ひとりで魔族と戦い、死んだ。

 

 『決闘ランキング壱位』とはいっても、三年あるストーリーのうちの序盤であって、ずっと独占しているわけではない。期間は短いし、早い段階でヒロインの誰かに乗り越えられる宿命にある。


 それを皮切りに、インフレに追いつけなくなり『かつて壱位だったモブ』として物語に組み込まれてしまう。どのルートでもそうだ。


 それなりに人気は高いものの、ヒロインではない。


 最初、俺が気づかなかったのも、主人公周りと比較するとどうしても影が薄いキャラクターだったからだ。


 最初からひとりぼっち。

 最期までひとりぼっち。


 理由が『天才だから』なんて。


「深い紺色。悲しい?」

「また言ったな」

「! 失礼した」


 ……それがどうしたって俺には関係ないね。


 いつの間にかエントランスまでたどり着いていた。

 裏庭なんかどうだろうか? そろそろ脚の痛みに耐えかねて、歩き疲れたし、周りの目にうんざりしてきた。


 ……感情に。


 彼らにずっと関われない理由を考えたのだろう。

 普通に過ごしててもなぜか普通にはならない。

 わかろうとして、わかろうとして。

 ずっと遠くでひとり、眺めて。

 羨ましくて。


 末にたどり着いた結論が礼儀だったんだな。


 でも『天才だから』わからなくて。

 もっとわからなくなっていって。

 もっと『天才』になって。


 努力を知らない……そんなことはなかった。

 カラ・スペクトラムは普通の繊細な少女だった。


 なら、望み通り礼儀ってものを教えてやるか。


「……許せんな。失礼は許せん」

「そんな」

「許せなさすぎて旅に出たくなった」

「嘘」

「嘘じゃない。でもついてきてくれたら許すかもな」

「本当?」


 虹色の目が光を浴びて輝いた。嬉しそうに。

 感情の色は見えなくともこのくらいならわかる。

 誰か彼女の目を見て話したことがあるのだろうか?

 

 ──失礼な連中だ。


「どうだかな。それと、さっきの礼儀は一部訂正する。俺に言うのは構わないよ。さて何色に見える?」


 俺だって理解されない。ジョシュアだってそうだ。

 カラ、お前も理解されない。その程度だろ。


「……黄色」


 彼女はにこりと笑った。


「私も黄色。一緒」




            ♢



 学舎の日陰にあるベンチを見つけたので、座る。

 その横にぴったりとくっつくようにカラが座ってきた。


 薄々わかってたけど……。

 

 この子、距離感バグってんな。最初からおかしかったもんな。仕方ないか。天才だもんね。


 ちらりと横目で見る。

 鞄から取り出したお弁当箱を開けて。


「ご飯。友達とご飯。初めて」


 など言っていた。無邪気すぎる。


 てか友達認定されちゃったか。もうか。

 いいけど。え、めちゃくちゃ嬉しいけど。

 友達ってこんな簡単になれるもんなの。

 お兄さんちょっと心配。

 

 うわ……地面に足が届かないからパタパタさせてるよ。え〜なにこれ可愛い。


 心配だけど楽しそうだからいっか。

 悪い人に騙されないよう見守っておけばいっか。


 育てよう。俺らで。


 そんなこと考えつつ眺めていたら、ゆっくりこっちを向いて、なんだか不安そうに聞いてきた。どうしたんだろう。


「ジョシュア。ご飯ないの? 私の食べて」


 いい子、やね。

 思いやりの化身か?

 優しさがやけに目に沁みる。

 俺が守護らなければ。


 昼食なら心配はいらない。


「そうだな。もうそろそろ呼んでみるか」

「呼ぶ。呼ぶとご飯が来るの?」

「そうだよ。見てな」

「わかった」


 興味深そうに注目している。

 悪い。たぶん想像してるのと違う。

 俺はもう呼ぶ前から面白くてたまらなかった。


 その辺を適当に向いて風に呼びかけるみたいに。


「メイちゃ〜ん。お昼ご飯まだ〜?」

「はい……チッ。ただいま」


 不機嫌そうなメフィストフェレスがどこからともなくとことこ歩いてやってきた。ここまでは我慢できた。

 でも目の前に立たれると我慢できなかった。


「ブフッ……ッ! 〜〜〜〜〜ッッッッッ!!!」

「メイド。美人。でも殺人的な赤」


 昨晩、彼女に下した命令。それは。


『これからはメイドのメイちゃんとして、いつどんな時でも俺に従事しろ』というものだった。


「あ、赤い? 顔も赤いしマジで! あはははは! 効いてる効いてる……ふはっ」

「うん。赤い。あなたは黄色。楽しそう」

「ぐっ……! くそっ! くそっ!」


 真っ赤な顔してメイド姿で地団駄を踏んでる。

 やることなすこと愉快すぎてダメだ。ツボる。


「おま……くっ! まさか笑い殺す気か……!」

「ご主人様を殺せるならなんでもいいです!」

「ちょっ! あ〜腹いてぇ……! と、とりあえずメシくれ」

「畏まりました! 死ね!」


 そう言いながら弁当箱を突きつけてきたから、震えながら受け取った。開けてみる。

 注文通り、『ご主人様LOVE♡』とオムライスにケチャップで書いてあった。


「がああああああああああああ!!!!!!!!! ぎゃはははは!!!! これはヤバい!!!! がっ……! おま、ふああああ!!!」

「美味しそう。愛が込められてる」

「……あああああああああああああ!!!!!!! 殺して!!! もう殺して!!! もうやだ!!!」


 笑い死ぬ。呼吸ができない。

 脚が、傷が開いてめちゃくちゃ痛い。

 昨日より殺されそうだ。


「あ〜もうメイドなんて絶対やだ〜!!!!!!!」


 


 


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