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 すると、ブッコローさんは優しく僕の手を両のつばさでつつんで、こう言った。



「泣くのは自分に正直になれたあかしです。良いんです、いいんです。自分に嘘をつかないのはとってもいいこと」

「いいこと……?」

「はい。さっきの話を聞いて思いましたが、きっとミノルくんは自分の大好きなことに真剣しんけんに向き合っているからこそ、今辛いんです。競馬けいばで熱心に応援した馬が負けた時の心情しんじょうと同じです」



 競馬のたとえはよくわからないけど、とにかく僕を励まそうとしてくれているのだけは理解できた。



「必要なのは、『好き』を大切にやり抜くこと。誰に何を言われようと、やり続ければ、いずれ結果として出てきますから」

「じゃあ……じゃあ僕も、頑張って図書委員のお仕事を続けてれば、上手くなれるかな?お話を書き続けてれば、いつか小説家になれるかな?」




沈黙。




 たっぷり間をおいて,よく考えてから、ブッコローさんは優しい声音こわねで言った。


「それは今の君次第でしょうね。今なら何にでもなれますよ」




──今なら、何にでも。




 そう僕が反芻はんすうすると、ブッコローさんはパッと僕から翼を離し、何かをひらめいたような顔をした。



「そうだ、ミノルくんは作家になりたいんですよね?」

「うん、そうだけど」

「じゃあ、自分の満足まんぞくする小説が書けたら──いつか書けたら。記念きねんにその本に出てくるメニューをこのカフェで出しましょう」




 アップルパイがける前に彼が話していたことがフラッシュバックする。




── このフードもドリンクも、実際の出版しゅっぱんされてる本をイメージしたものなんですよ。




「メニューに出すから、美味しそうなものにしてくださいよ?コスパも考えて、他店より安くできるようにしてくれないと生存競争せいぞんきょうそうに勝てませんから。あと、既存きぞんのメニューは避けてもらう方向で」

「ええ、難しいよ!」





 勝手に話を進めていくブッコローさんに軽く抗議こうぎすると、彼はその大きなひとみで僕を見つめて、それから本日2回目のウインクをした。




「必ず、約束ですよ。」


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