第14話ロレッタと自動昇降機③

 もしも、この自動昇降機エレベーターが停まってしまったのが『燃料切れ』だったのなら、わたしでも──なんとかできるかもしれないと、そう思ったのだ。

 万が一部品の故障とかだったらどうしようもできなかった。けれど、これなら。


 余計なことをして、期待心を煽るだけ煽って何も解決できなかったらと思うと逡巡はしたけれど、でも、自分がやれることがあるならば、と。


「……きれい……」


 誰かが一言、ぼんやりと呟いたのが聞こえた。


「……『黒髪』が、魔力の糸を……?」


 周りの乗客らから詰め寄られている青髪の貴族が目を見開いてパチパチ瞬きを繰り返し、こちらを見ていた。貴族である彼は当然、わたしの容姿を見て「コイツは平民だ」と疑いもしなかったろう。……実際、身体を流れる血の半分はそうなのだけど……。


「……コレを、燃料庫に入れてみます」


 どうか、これで動きますように。

 祈りながら、わたしは燃料庫に紡いだばかりの糸の束を入れ、蓋を閉めた。


「な、なんともならんぞ」


 ずっと不安そうに大きな声を出していた中年の男性が、震えた声をあげる。

 そして、その直後。


 ──ガコッ……。


「……う、動いた!」

「動いたぞ!」


 ガタ、ガタとしばし揺れ、そして、自動昇降機エレベーターが動き始めた。加速するにつれ、グンと重力が体にかかる。


「……よかった……」


 ほっとため息をつく。

 自動昇降機エレベーターはほどなくして、最上階へと到達し、重い重い鉄の扉は開かれた。




 そして、眩しい光を前に目を思わず窄める。

 自動昇降機エレベーター前には物見の塔の職員らしき制服を着た人が数人と、見物客がザワザワと集まっていた。


「ああ! よかった、動いたんですね!?」

「オイ! 管理が悪りぃじゃねえか! 燃料切れだったって話だぞ!」

「すっすみません!」


 中年男性がガラ悪く職員に詰め寄る。


 ……なんでも、自動昇降機エレベーターが止まったことにはすぐに気づき、魔道具士たちに急遽連絡は取っていたけどすぐに来れる魔道具士の都合がつかず、救助が遅れてしまった……とのことらしい。


「たまたま貴族サマがいて助かったけどよ……クソっ」

(……わ、わたし、感謝……されているのかしら?)


 男はわたしをチラリと横目で見て、すぐに目を逸らし悪態を吐きながら舌打ちをした。……助かった、と感謝されているのか、「貴族なんかに助けられちまった、クソが」のどっちなのか、お気持ちがちょっとよくわからない。それとも「自動昇降機エレベーターが止まったこと」に対して「クソ」と仰っているのか……。


「あ、あの、ありがとうございます……助かりました。ほら、ミィナも」

「おねえちゃん! ありがとー」

「! い、いえ、とんでもないです」


 閉じ込められていた母娘に揃ってぺこりと頭を下げられ、わたしは慌てて首を振る。


「おかーさん、もういこうよー、あっち! たかいとこ行きたい!」

「ああもうっ、すみません。あの、本当に……ありがとうございました!」


 小さな女の子はさっきまであんなところに閉じ込められていたとは思えないような朗らかな様子で、安心する。手を振って見送る。


「……まずは礼を言う。しかし、あなた……どこの家のご令嬢なのだろうか。魔力の糸を作れるのならば、貴族であろう」


 先ほどから青色の髪であることから「貴族だ」と思われ囲まれていた男性が次に声をかけてきた。


「失礼ながら、君のように……黒い髪のご令嬢は存じ上げず……。……ああ、いや、黒い髪の娘が生まれたという家の噂は聞いたことがあるが……しかし……」

「……」


 彼は眉根を寄せ、記憶の糸を辿っているようだった。

 わたしは彼の独り言を振り切るように、口を開いた。


「わたしは、魔道具士バルトル・ガーディアの妻です」

「魔道具士の?」


 青色の髪の彼は怪訝そうに片眉を上げた。


「……ええと、あー。あなたが……その、自動昇降機エレベーターの燃料庫開けて、動かしてくれたって人で、いいのかな?」

「あ、は、はい」


 と、そこに施設の職員がわたしに声をかけてくる。


「……引き止めてしまってすまない。私はこれで失礼しよう。……助けてくれてありがとう」

「あ……」


 彼が記憶を深堀りしようとするのをやめてくれ、ホッとすると共に、少し複雑な気持ちがチクリと胸を刺した。


 ……けれど、わたしはもうアーバン家の隠された不貞の子ではなくて、バルトル様の妻なのだと、そう名乗りたいと思ったし、そう思われたいのだと、思ったのだ。


 ……わたしが魔力を持った子は産めないのだろうとわかったら、バルトル様はわたしとは……離縁するかもしれないけれど……。


「勝手なことをして申し訳ありませんでした」


 施設の職員の方に向き直り、頭を下げる。


「ああ、まあ、本当は困るんだけどさ。でも、助かったよ。しばらく魔道具士の人たち来れないみたいだったし……。早く助かるならそれより良いことはないからね」

「あ……ありがとうございます」


「しかし、よくまあお嬢さんみたいな人があんな魔道具の中開いてみようと思ったね」

「ええと……わたし、主人が魔道具士で……少し構造を教えていただいていて」


 へえ、と職員さんは目をぱちくりとさせ、わたしを見る。


「実はこの自動昇降機エレベーター、だいぶ古い型でね、電気の魔力でできた魔力の糸でないと動かないんだ。いやあ、お嬢さんが都合よく電気の魔力持ちみたいでよかったよ」

「……そうなのですね」

「しかし、黒髪のお嬢様とはまた珍しいね。お貴族様っていったら、大体なんかキラキラしい髪の毛しててよ……あっ、すみません、こんなこと言って」

「いえ、お気になさらず」


 職員さんの言葉でわたしは確信を得る。


 ……わたしの魔力の糸は、やはり……『電気』の性質を持っている。だから、『電気の魔力の糸』として納品されていても問題がなかった。


 バルトル様からお話を聞き、バルトル様を疑っていたわけではないけれど……実際に自分の紡いだ糸が、『電気』でなければ動かない魔道具を動かしたことで、ようやく実感が湧いた。


 ……わたしに『電気』の魔力は扱えないのに。なぜ糸にだけは電気の魔力が含まれているのか、それはわからないけれど……。


 その後、閉じ込められていた方たちの健康確認があった。全員体調に異変はないということで、わたしたちはそれぞれ帰路に就いた。



 ◆



「いや、まさか燃料切れとは。でも、今朝確認した時には規定通りの魔力の糸を燃料庫に設置していたんだろう?」

「ああ、ちゃんと二人体制で確認したさ。それは間違いないんだが……」


 物見の塔のスタッフたちは、今回の事故を重く見て緊急で反省会議を開いていた。

 あの後遅れて到着した魔道具士の立ち合いのもと、自動昇降機エレベーター本体も点検表も確認したが、普段と違うところは一切なかった。


「魔力の糸は貴族個人の魔力の強さなどによってもエネルギー効率が変わる。それも考慮に入れて一日分は持つ量を設定している。それなのに……」


「わざわざ質が良いと評判の『アーバン家の魔力の糸』を買い上げて使っていたのにな……」


 施設の職員たちはみな、首を捻るのだった。

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