第12話ロレッタと自動昇降機①

 ◆


 バルトル様の元に嫁いでもう半年ほどが経った。バルトル様は本当に良くしてくださっていて、わたしにたくさん魔道具の本をお貸しくださって、簡単な工作も教えてくださった。バルトル様はお仕事として魔道具に関わっているだけではなく、純粋に魔道具というものがお好きなのだなと思う。彼が楽しげにたくさんお話しして、いろんなことを教えてくれて、その嬉しげなお顔を見ているとわたしの胸も温かくなるのだった。


 バルトル様のお屋敷にも、王都にも慣れてきたわたしは一人でも街に出掛けるようになっていた。


 最近バルトル様は国からの依頼を受けて、国が所有する大きな工房に出張している。

 奥様も邸にお一人では寂しいでしょうという使用人の勧めもあり、わたしは日が高いうちは街に出歩くことが増えていた。


 城下町は相変わらず賑わっている。老若男女、さまざまな服装を着た人々が行き交う。それを見ているだけでも楽しい。


「おっ、バルトルの嫁さんじゃねえか!」

「あ、ロッカおじさま。こんにちは」

「おじさまなんてガラじゃねえよ! しかし、アンタもすっかりお嬢様って感じのべっぴんになったなあ。髪も伸ばして、大変だったろ」

「いえ……髪を伸ばすのには憧れていたんです」


 はにかんで応える。初めてバルトルとここを訪れた時に果物をくれた八百屋のおじさまだ。彼はわたしを平民の娘と思っているようで、「成り上がり男爵の夫に合わせて淑女らしく努めようとする良い子」というのがわたしのイメージらしい。


 彼に言われたとおり、わたしの髪は半年前と比べて目に見えて長くなっていた。屋敷に仕える侍女たちも毎日丁寧に手入れをしてくれて、わたしの黒髪は艶やかに輝いている。髪も磨けばこんなに美しく輝くものなのかと、わたしは驚いたものだった。


「かあーっ、本当にどんどんべっぴんになってまあ。夫婦仲良くやってるみたいでよかったよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 大きなリンゴを二つ買い、大きく手を振る彼に応えて手を振りながら屋台の通りを後にする。


 街を歩くのは楽しい。ここが彼の庭、彼を育んできた場所なのだと思うと、余計に。

 街並みを見る、行き交う人を見る、住居の壁に吊るされた洗濯物を眺める。


 それだけで胸がきゅう、と心地よく締めつけられる。




 しばらく街を歩くと、気がつけば見上げた首が痛くなるほど背の高い塔の前に行き着いていた。


(物見の塔だわ)


 結婚してすぐ、バルトル様に連れて行っていただいたあの塔だ。懐かしく思い、わたしは吸い寄せられるように塔の中に入って行った。


 バルトル様と訪れた時はたまたま自分たち以外は他に誰もいなかったけれど、今日は時間もよかったのか、なかなかの賑わいを見せていた。


 屋上階には階段でも行ける。小さな男の子が階段に走っていくのを追いかけていく父親らしき人物が目に入り微笑ましくなる……けれど、物見の塔はとても高い。それを走って駆け登っていくのは……ちょっと想像しただけで大変すぎる。


(わたしは自動昇降機エレベーターを使わせていただきましょう)


 もしもバルトル様と一緒だったら、二人で「疲れた」「足が痛いね」など弱音を吐きながら登っていくのも楽しそうだったかもしれない──そんなことを考えながら、わたしは自動昇降機エレベーター待ちの列に並んだ。


 ほどなく「チン」という音とともにパネルが光り、鉄の扉が開く。

 庫内はなかなか広く、十人ほど乗れただろうか。最後にかわいらしい赤い靴を履いた女の子が母親と手を繋いで乗り込んできて、扉が閉まった。


 ぐんっ、と不思議な浮遊感と共に、自動昇降機エレベーターは上昇していく。

 扉上部に設置されているパネルの光が地上階から屋上階まで、今はどの位置にいるのかを教えてくれる。上に上がっていく感覚と、パネルの光が動いていくのを見ていると不思議と気持ちがワクワクとした。




 ……ガタッ……。


「──きゃーーっ!」

「ウワッ!?」


 そして急に、何かに引っ張られたかのような抵抗を感じたのち、グラッと勢いよく庫内が揺れた。

 

(……!?)


 思わず体勢を崩して、壁にもたれかかる人や、床にしゃがみ込む人。

 揺れがおさまり、わたしも壁に手をつきながら、周囲をぐるりと見回す。


 ……幸い、大きく頭や身体を打ちつけた人はいない様子だった。

 ただ、みんな、動揺している。当然だ、わたしも動揺しているうちの一人である。


「な、なにが起こったんだよ……」


 二十代くらいの黒髪の青年が呆然と呟く。


 ……自動昇降機エレベーターは止まった。

 わたしたちは閉じ込められたのだ。




「う、うそだろ。こんな」

「うえぇぇん! こわいよぉ! ママーッ!」


「大丈夫よ、ほら……緊急用の連絡ボタンがあるわ。これで……」


 パニックになり泣きじゃくる子をあやしながら、母親が『緊急用』と書かれた黄色いボタンを押す。


 けれど、ボタンを押しても何も変化は訪れなかった。


「こ、これ、これでいいのか? 外に連絡はいったのか、これで?」

「わ、わかりません。でも……そ、その」

「……ま、ママ……」

「だ、大丈夫よ! すぐに誰かが助けに来てくれるわ!」


 近くにいた中年の男性に詰め寄られ、母親は不安げだったけど彼女は気丈にも娘さんには抱きしめて明るく笑顔を見せた。でも、愛しい娘さんを撫でる彼女の手は小さく震えていた。

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