第6話デートだ

 翌朝、朝食をいただいたのちにバルトル様は自らお屋敷の中を案内してくださった。

 大きな本邸から少し離れたところにある小さな家屋。なんでもそこが彼の仕事場らしい。


 お屋敷巡りがいち段落して、居間にてお茶をいただきながらわたしたち二人は歓談する。


 今日のバルトル様のスカーフの色は濃紺だ。これもやはり上質なもの。光沢感のある生地のテリがスカーフの立体感を高めて見栄えよく見せている。

 ……そう、今日も私はバルトル様の髪をなかなかまともに見られずに胸元を一生懸命見ていた。


「お屋敷の中に工房があるのですね」

「ああ。僕は魔道具の開発にたずさわっているからね。……知ってた?」

「はい。バルトル様のお名前は邸に籠っていたわたしの耳にも届いておりました。なんでも、魔道具の消費魔力を抑える画期的な仕組みを開発されたとか……」

「あはは、そうなんだ。おかげでいろんな人から睨まれた。……まあ、これはどうでもいい話だが」


 睨まれた……というのは、嫉妬かしら? きっとわたしの父もバルトル様のご活躍を妬んで睨んだ一人だったことでしょうね、とそう思うとつい苦笑してしまう。


 そんなことより、と仕切り直してバルトル様は咳払いをした。


「実は三日間ほど休暇をとっているんだ」

「まあ、そうですのね」

「だから、今日はデートをしよう」


 ニコ、とバルトル様がとびきりの笑顔を浮かべられた。

 わたしはきょとんとする。


 デート……とは……。意味は知っているけど聞きなれない言葉を頭の中で反芻する。


「君はアーバン家の領地にずっといたから城下町なんかには行ったことないんだろう? 君に見せたいものがたくさんあるんだ! 王都は広いぜ、面白いものがいっぱいある」

「わ、わかりました。よろしくお願いいたします」

「よかった。そのために休暇をもぎ取ったんだ。僕は」

 

 嬉しそうなバルトル様。お顔を見なくともきっとニコッと破顔されているのが伝わるほどだ。

 勢いよくグイグイとお話しされているからつい頷いてしまったけれど……なんだかその素直な反応が微笑ましく思えてわたしも思わずはにかんでしまう。


 けれど、わたしはふっとあることを思い出して顔を曇らせた。


「あ……でも……」


 ……よそ行きの服を、持っていないわ。


 スッと目線を落とすと目に入る地味な色をした簡素なワンピースドレス。実家ではずっと離れにこもっていたわたしはこんな服しか持っていない。


「ねえ、ロレッタ。これを開けてみて欲しいんだが」

「ええと……これは?」


 バルトル様がいつの間にやら使用人に大きな箱を運ばせてきていた。


「……まあ……!」


 大きな赤いリボンを解き、箱を開けると中には可愛らしい青色と白のツートンカラーのワンピースドレスが入っていた。濃紺色の靴も一緒に入っている。


(……バルトル様の今日のスカーフと同じ色だわ)


「気持ち悪く思わないでくれよ」

「だ、旦那様。こちらは一体」


 苦笑を浮かべるバルトル様を見上げて問えば、バルトル様は目を細めて答えてくださった。


「君と結婚するのが楽しみでさ。実は君のお母さんから君の服のサイズとかは一通り聞いていたんだ。だからサイズは問題ないはずだ。君に似合うと思って用意していたんだ」

「そんな……」

「さて、君がこの服を着た姿を楽しみに僕はロビーで待っていようかな! 部屋に侍女も呼んでおくから、ゆっくり支度をしてきてくれ。じゃあね!」


 ぽかんとしている間にバルトル様はにこやかに立ち去ってしまった。


 ……お母様とバルトル様がそんなやりとりをしていたなんて。バルトル様との結婚についてお話を進めていってくださっていたのは確かに母だったけど……。


(……バルトル様、お優しい方だわ……)


 母のことを思い返すと、脳裏に浮かぶのは蔑むような冷たい瞳ばかり。母はどんな気持ちでこの人に嫁いでいく支度を整えてきたんだろう。

 バルトル様の優しさに素直に胸を弾ませるべきなのに母を思うと胸が冷えてしまった。


「奥さま、失礼致します。お支度お手伝いさせていただきます。奥様のお部屋へ参りましょう」

「あっ……え、ええ。ありがとう、お願いするわ」


 侍女が来てくれてホッとする。母のことは忘れよう。



 ◆



「……うん、思った通りだ。とても素敵だ」


 身支度を整えてロビーに現れるなり、バルトル様はニコニコとわたしを迎えてくださった。


「あ、ありがとうございます。……わたしもとても気に入りました」


 わたしも自然と顔を綻ばせた。家にこもって地味な服ばかりを着ていたから、最近の流行りの形のドレスを着れるのは嬉しかった。


 こんなに良くしていただいてよいのかしらと戸惑ってしまうけれど、嬉しいものは嬉しい。妹のルネッタがしょっちゅう新しいドレスを着ているのを実は羨ましく眺めていたのだ。


「それじゃあ早速行こうか。城下町は僕の庭だよ」


 差し出された手のひら。エスコートしてくださる……ということだろう。ちょっと緊張しながら手を取ると、手の腹が思ったよりも硬い感触で少し驚く。


(……魔道具作りをされているからかしら。こんなにタコができるのね……)




 城下町は彼のいう通り、とても大きくて賑わっていた。立ち並ぶ屋台や建物、行き交う人の数々。

 思わず目を丸くして夢中で眺めてしまう。


「……本当に初めてなんだね? こういうところに来るの」

「は、はい。お恥ずかしい限りですが……」

「いいや。それじゃあ絶対に迷子にはできないな。今日がいい思い出になるように頑張るよ」

「あ……ありがとうございます」


 繋がれた手のひらの力がギュッと強まる。ますます彼の手のひらの大きさを意識させられる。


「……おうい! バルトル! 珍しいな、女の子と一緒かい!」

「おう、女の子なんて言うなよ。この子は僕のお嫁さんだよ」

「はっ!? お前、結婚したのかよ! なんでいわねえんだ!」

「まだ式は挙げてないからね! その時になったら教えるさ」

「ハハッ、お前さん男爵になったんだろ! お貴族サマがこんな貧乏店主なんてご立派な式に呼べんのかよ! ほれ、そんじゃコレはお祝いだ!」

「きゃっ」


 並んだ屋台の一軒からバルトル様に声をかけてきた店主さんがわたしに丸い何かを放り投げてきた。なんとかキャッチする。赤い……りんごだ。


「ナイスキャッチ! ……おい、いきなり投げるなよ、乱暴だな」

「わりぃわりぃ! ほら、コレも持ってけ!」

「あ、ありがとうございます」


 店主さんはポイポイと大きなオレンジも手渡してくる。見たところ、彼は果物や野菜を売っているらしい。八百屋さんのようだ。

 ……バルトル様は馴染みの方なのかしら?


「おいおい。くれすぎだよ、お金払うって」

「はは、今更気にすんなよ。ちっちぇ頃はさんざコソドロしやがってたろ」

「ああもう、払わせて! あの頃は悪かったよ! 何も今言わなくてもいいだろ!」

(……コソドロ?)


 思わず目を丸くしてると、わあわあと周りから大きな声が聞こえてきて、その言葉について考える間もなくなってしまう。


「おいバルトル! とうとう結婚か、あのやんちゃ坊主が!」

「一丁前に見栄張ってら!」


 八百屋の店主さんの大笑いにつられて、続々と他の屋台からも笑い声が響いていく。

 バルトル様ははあと大きくため息をついて、顔を赤くされていた。


「あの、バルトル様……」

「……まあ、ここは僕の庭ってことさ」

「……ここで、たくさんの方と関わりながら大きくなられたのですね」

「……うん、いいね。ものはいいようだ、その言い方はいいね。今後僕もそういう言い方をするようにしよう」


 ……バルトル様はとても苦労をされながらお育ちになったのかもしれない。


「まあでも、ここはもういいや。雰囲気はわかったろ? この辺りは市場通り、店の質はピンキリ。特にこの辺の一角は……だ」

「はい。ご紹介くださってありがとうございます」

「さて、次はもっと雰囲気のいいところだよ。噴水広場がこっちにあるんだ」

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