第12話

 全員が全員臨戦態勢。俺以外。


 ここ食堂だよ?当たり前だけど戦う場所ではないし、殺伐とした雰囲気を醸し出す場所でもないよ?ってかメルトレイさんは武器もないのによくやるよ。


「ハァ~。俺たち…と言うより、俺が敵だったら貴女たちを助けたりしない。何か理由があって助けたとのだとしても、これほど自由にはさせない。もし敵であるなら、貴女たちを縛り上げて拘束し、抵抗する手段を与えない為に素っ裸にしてそのままだ。

 食事も与えないだろうし、治療も必要最低限にしかしなかっただろう。いや、そもそも治療もしなかっただろうな」


「……確かにそう、だが…」


 あ~・・・うん、なんだか、面倒になって来た。


「悪いが面倒になって来た。

 俺たちが今までしてきた行為だけでは敵じゃないと判断できないと言うならもう勝手にしてくれていい。と、言うか出て行ってくれ」


 正直、不愉快。


 昔の人間だった頃の俺なら不愉快であろうと助けるだろう。同じ人間として何も疑問に思うことなくそうしたと思う。こちらに余裕がない状態であれば、もしかしたら悪いと思いつつも見捨てたかも知れない。しかし、特に見返りを求める事無く助けた可能性が最も高いと思う。が、残念でした。もう既に見知っての通り俺は人間じゃない。人間のふりをした異形である。人の時と比べて、恐ろしくドライになっている違和感はあれど、別にそれで良いと思う。はっきり言って自分のそう言った変化に恐ろしく興味が湧かない。


 そもそも人間だった頃からこういう敵だの敵じゃないだの裏切りだの騙しだの面倒この上ない人間関係が嫌いだったのだ。いや、はっきり言って人間が嫌いだったと言っても良い。それでも嫌っていても尚誰かを助けたりすることに違和感を覚えなかったのは今思えば不思議でならん。

 そんな自身の喜ばしいかどうかはさておき、今現在不満が無い内面の変化に逆らう事もしたくはないし、折角リセットされた異世界でまたそんな事が起きる人助けなど、願い下げだ。


「っ!ま、待ってくれ!…わ、悪かった。ハルキ殿達は、敵、じゃない、と思う。し、しかし!それでも、少し、少しで良い。時間を、貰えないだろうか…?」


「好きにしてくれ」


 はい、解散。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「よろしかったのですか?」


 食堂にメルトレイさんを残し、自宅へと引っ込んだのだ。移動している最中はだんまりだったエルメリアたちだったけど、自宅へと着くなりロコンが口を開いた。


「ん~。どうだろう。

 本当にどっちでもいいんだよね」


 結局のところ今の俺がメルトレイさんたちを助けようとしたのは『情報』の為ってのが大きい。俺としては情報さえ手に入るのなら別にあの人たちにこだわる必要はなかった。そして、あの人たちにこだわらないのならば、当然助ける必要性も激減する。

 あくまでも今回の俺の行動は情報と言うがあるのが見えたから行動したまでで、情報を必要としていなかったり、情報を手軽に自分で得られる状況であったのなら助けなかった可能性が高い。

 何せ、彼女たちを見つけた時は感染症などの脅威を恐れていたからな。まあ、もし情報を手軽に手に入れる環境があったのなら、感染症の事なども解決していただろうから?その辺を踏まえるとちょっと状況が変わっていて、どう行動したかなどは想像が難しいけど。


 ま、そんな『たられば』の話はどうでもいい。


 今俺は完全に不愉快である。

 不愉快であるから彼女たちを突き放した。その結果俺たちに不利な状況になる事も承知の上だ。


「ウチはハルキ様に一票。

 あんな眼でハルキ様を睨むなんて…助けて貰っておいてあれは無いと思うわ!」


「私としてもあの態度はどうかと思います。

 しかし、そうは思いましたけど、唯一の情報元である事も確かです。ロコンが訊ねた事、私からも同じくお聞きしたいです」


 レコンは感情面で意見を述べ、ロコンは実利的な意味合いで問い掛けてきている様。見事に姉弟で意見が正反対と言って良いものに分かれている事に少し笑いが漏れた。

 そんな姉弟の丁度間と言って良い態度のエルメリア。


 なんだけど。


「エル、少し声が固いけど?」


「私にも感情と言うものが芽生えているのですよ?

 私たちの親であり、上官であり、そして何よりも敬愛の対象である艦長を侮辱されたも同然の行動をされたのです。怒るなと言う方が不可能です」


「…え…っと。そう、なのか?」


「はい」


 ―――――――――いつから?


 エルメリアは感情の起伏が少なく、無感情と言えるくらいには表情も動かなかったはず。勿論感情が芽生えていたのはちゃんと把握していた。がしかし。そんな激情はないと思っていた。


 団子以外では。


 そんなエルメリアが「敬愛する」など口にするとは思いもしなかった。


「エルメリアと姉さんの怒りは尤も。

 わたくしも不満は大いにあるところですが、我々にとって彼女が居ないのはマイナスです。彼女から以外での情報収集が難しい今、悪手だったのではと愚考したのです。

 マスター。その辺りどうお考えですか?」


 ん~。


 例え彼女が俺たちと決別し、ここを出て行く事を決めたとしても、幸いにも俺が知りたかった事のいくつかは知る事が出来た。


 1つ。

 島であるここの外には貴族などの所謂『封建制の社会』が存在する事。


 2つ。

 ある程度としか言えないまでも文明レベルを推し量れた事。


 3つ。

 活術と言う俺が魔法と認識する様な不思議なものが存在する事。


 4つ。

 現地人の身体情報。


 ぱっと思いつくだけでもこれだけの情報を手に入れる事が出来た。

 特に1つ目、2つ目のこれらは外に出れさえすれば情報を手に入れる事が出来る事を明確にしてくれている。それに、彼女がどれほどの強者なのかはわからないが、弟であるレギメルドくんを背負い、庇いながら連れて来る事が出来たのであれば、俺たち4人で山を下りての行動も安全が保障されたと言っても良いと思っている。


 今は預かっているが、彼女は長剣一つしか武器になるものを持ち合わせていなかった。

 と言う事は、彼女はその剣と活術だけでここまでやってきたことになる。この世界、少なくとも彼女が驚くレベルの科学技術を活用できる俺たちでも外へと向かう事は出来るはずである。


 そうして島の外へと出る事が出来れば、彼女に頼る必要はなくなる。それどころか彼女一人からよりもより多くの情報を得る事が出来るだろう。


 つまり。


「現時点で判明した事だけでも十分だ。

 彼女の協力が得られずとも情報は後で手に入れる事が十分に可能だと判断した。よって、本当にどちらでもいい。

 彼女が俺たちに協力的であっても、協力しなくても、好きにしたらいいさ」


 不愉快の元となり続けるのなら、消えてくれ。


 改めて協力関係を築こうと言うのなら、それ相応の態度でもって接してくれれば今まで通りの関係でいればいい。別にへりくだる必要はないけどね。


「では、メルトレイ嬢に幾何かの時間の猶予を与え、その返事、若しくは行動で我々の行動をお決めになる、という事でよろしいでしょうか?」


「ああ。そうなるね」


「制限時間はどうされますか?」


 ロコンに続いて質問を口にしたエルメリアの態度が僅かながら落ち着いている事に少し残念な思いが湧く。もう少し俺の為に怒ってくれてても良いよ?


「ん~。明日の朝、じゃ、優しすぎか?」


「優しすぎだよ!」


 まだまだ怒りが治まらない様子のレコンの意見は否定。


「マスターがそう言うのであれば、わたくしからは何もありません」


 冷静に意見を述べていた筈のロコンは中立、と言うか放棄。


「そうですね…。

 最後の情けになるかもしれません。そう言う意味で艦長の意見に賛成します」


 エルメリアは俺に賛成、か。


 確かに『最後の情け』になる可能性もある。俺は人間ではなくなった。少し前の考えとは矛盾するかもしれないけど、元は人間だし、今もまだ『情』も残っている。ただ、人間だった頃と比べると『情』は確実に薄れている。多分『薄情者』と呼ばれる部類になるだろう事も自覚はしている。

 だけど、全くなくなった訳でも無いから、エルメリア、レコン、ロコンに対しては父性であったり、仲間であると思ったり、幸せになって欲しいと思う愛情があったりする。

 だから、別に人間である事にそれほど執着はしていない。少しであっても情が残っているのだから例え『化け物』であったって別に良いじゃない。でも、懐の中に入れた者に対してだけ情を厚く接しても、その他の外の者たちに対して感情だけで、本能だけで動くのは頂けない。そうはありたくない。感情論になる場面があったとしても、極力穏便に、そして情けを大事にしていきたい。知的生命体として、それくらいは出来ないといけないだろう、と思う。


 ま、今回と同じ様に不愉快な思いを我慢してまで何かをするつもりもないけど。


 つまるところ、情を捨てずに、善き命で生きて行きたい。が、目には目を歯には歯を。敵対には拳を、味方には愛を。


 そんな感じで行こう。


「それじゃあ、明日の朝まで待って、その返事次第で彼女の処遇を決める。という事にしよう」


「サー」


「処遇はどの様にいたしますか?」


「敵対するのなら追い出すだけで、特に何もしない。もし、攻撃を加えたりして来た場合は当然反撃はするけど、生死は―――正直どっちでもいいかな?

 逆に味方で居ようとした場合は今までと変わらない感じかな?レギメルドくんは治療するし、メルトレイさんの衣食住も保証する感じかな?勿論情報は提供してもらう事にはなるけど」


「了解しました」


「ねーねー。もし敵になったら殺しちゃってもいいんじゃないの?」


「過激だなレコン。

 さっきも言ったけど、ただ敵対すると決めただけじゃダメだ。もし攻撃してきた場合は好きにしていいよ」


「は~い!」


 さてさて、どうなる事やら…。


「艦長。

 感情を鎮めるため、本日は同じベッドでの就寝を希望します」


「あ、それウチも!ウチも!」


「いや、それはちょっと、勘弁して欲しいんだが?」


 人間とは言えない体で、性欲も無くなった体ではあるけれど、別にそういうあれこれをしたくない訳じゃないんだよ?一応理性が必要なんだよ?感情が芽生えてると主張するのならその辺も理解して欲しいんだが?


「希望します」


「ウチもウチも~!」


「え?ちょ、マジで?」


 助けてロコ~ン!


「わたくしとしてはマスターの意見を尊重したい、ところですが。今回の苛立ちに関しては男であるわたくしは兎も角として、女性であるエルメリアと姉さんの要望も考慮して貰いたいとも思うのですが…」


 アイコンタクトは正しく伝わった…はずなのに!?


「希望します」


「ウチもウチも~!!」


 ――――――今日は寝れない模様。










 って、人間じゃない俺は、本来睡眠すら必要ない。だけど、THE・苦行を夜通しする意味も必要もない。って事で、強制的に思考を遮断。スリープモードに移行!無事に朝を迎えてホッと胸を撫で下して…さて朝食じゃ!


「不満を主張します」


「ぶーぶー」


 朝食じゃ~!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る