第10話

「なるほどね」


 レギメルドくんは重度の【マナ飽和病】である、と。


「【マナ飽和病】の恐ろしいところは治療法が無い事だ」


「確かにそうなる、か。

 この世界の全てにマナが含まれるのならば、どんな薬を与えたところで、それはと同義。ただでさえマナが多すぎて苦しんでいる人に薬を与えるのは悪化させるだけ。って事だな。それに、ただ呼吸をするだけでも、そして食事をするだけでも新たにマナを体に取り入れてしまう、と」


「更に外科的な摘出は不可能。

 何故なら体を構成している全てにマナがあり、またマナを貯蔵しているのも特定の部位ではなく体全体。治療は困難となるのでしょう」


 詳しく事情を聞けばメルトレイさんが驚いていた事に納得できる事実が出て来た。

 マナが多くて苦しむとは―――難儀である。俺が欲して止まないものであるのに…。とか言う俺自身の事情とか感情はさておき。


 エルメリアが言う様に外科的な処置も不可能。と。


「ですが、ここでは外科的な処置が可能かもしれません」


「そうだな」


「すまない。外科的な処置、とは何だ?」


「簡潔に言うならば不要部分、若しくは悪性なものを体から切り離す事。だな」


 一般人でしかない俺にとっては「手術」の方が馴染みと言うか理解が簡単だけど。多分手術と言ったところでそれも伝わらないだろうな。聞くところによると治療は【活術】か薬での治療しか存在しない様だし。


「んなっ!?弟を斬ると言うのか!?」


「あ~ちょっと落ち着いてくれ」


「メルトレイ嬢、落ち着くのだ。

 切ると言ってもほんの一部だ。なるべく負担のかからない様に配慮もする。更に傷も残さない。それに切り取る部位も体全体から見れば小さなもの。心配は不要だ」


「いやしかし…」


 そりゃロコンよ、メルトレイ嬢からすれば「はい了解」と簡単にはは言えないよ。その辺の人の感情ももう少し勉強するべきかも?


 ロコンの事情もさておき、レギメルドくんの手術の話。俺の場合は想像でしかないけど、もし俺が手術と言う手段を知らない状態でいきなり「手術します」と言われれば焦るし、信じられないと思う。何せ体に一時的にと説明を受けたとしても切り開かれ、悪い物だと説明されても体の一部を取り除かれる。

 恐怖でしかないだろう。


「………そうだ。すこし、待ってくれないだろうか?」


「待つ、って?それはなんでか聞いても良い?」


「僅かな時間しか顔を合わせていないし、会話もまだまだ始めたばかり。だが、貴方方らは信頼出来ると思う。しかし、流石に弟に刃を向けるのは承服しかねる。それ以外に方法が無いのならば仕方なしと諦めもするかもしれんが…今少し考えてみて一つ可能性に気が付いた」


 へぇ〜。可能性、ね。


「弟の症状は確実に良くなっている。

 それは貴方方らも把握している事であるはず。本来は悪くなる一方で、良くなる事はあり得ない。もし良くなる事があるのならば発症したものが確実に死ぬことはない。なぜなら、体はマナが飽和した状態にも適応が可能であるからだ」


「おかしくはないか?

 確実に死ぬ病と言いながらも適応が可能?話が矛盾している様に感じるのだが?」


 ロコンの言う通りです。


 死亡率100%。

 だけど症状の進行を遅らせただけで適応できるのは少し納得できない。


「【マナ飽和病】が人を死に追いやるのはマナの増加によって引き起こされる体の異常が、体がマナに適応する時間を待ってくれない事にある。と考えられている。これは一時的に自身の限界以上にマナを取り込んだ際に起こる【マナ酔い】の回復が可能である事から考えられている事だ。…残念ながら証明はされていないが・・・。

 私の提案は、また症状が悪化した際に、今回行ってもらった治療方法を繰り返し行い、弟のマナの適応を待つという事だ」


 ……ふむ。


 何となく理解出来なくはない。

 それで治る可能性も高そうにも思えるが…。何度も思うけど、俺は医者じゃないからな。予想は安易なものしか出来ないし、メルトレイさんが言う方法にどれだけのリスクがあるのかもわからん。


「俺はそれでもかまわないが…」


「艦長。

 私としては、まず調査を進めるべきかと思います。経過観察の為の待機であったとしても、摘出の為に外科手術を施すとしても、マナに関係する器官を調査するのは無駄ではない、と思われます」


「うん。確かにそう」


 ただ待つのは無駄。

 調査をせずにただ待ってそうした結果、症状が悪化。そこから調査をして処置が間に合うか?間に合うかもしれないが、間に合わないかもしれない。設備のスペックなどを考えれば間に合うだろうとは思うが、楽観視した結果、もし手遅れとなっては後悔しかない。

 だったら調査は調査で先に進めておけば良いだろう。

 摘出するにしても先に調べておけばすんなりと事が進むだろうしな。


 そして、何よりも。


 俺が魔法を使う上で必要な調査でもある訳です!


「ハルキ様ハルキ様。もしかしてこれかなぁ?」


「ん?」


 そう言えばずっと大人しかったね?レコン。

 何してたの?って思ったらちゃっかり異世界人であるレギメルドくんの体をいじくり―――じゃないな。観察&調査していたのか。


 この場合は良い仕事と褒めれるけど、また勝手に行動した事と、許可なく人に対して色々してしまったのはマイナスです。


「後で少しお話が必要な模様」


「え!?な、なんでぇ!?」


 そこが分からないと言うのはまだまだ人間として?現代人として?なのかは分からんが常識が欠けている。少なくとも俺と一緒に行動していく仲間としては、身に着けていて貰いたい部分だからね。

 これはエルメリアとロコンにも話した方がよさげか?どちらにせよ、後でになるけど。


「体の全体にエネルギー…マナはあるけど、一部だけ少し濃い?」


「心臓付近。心臓とは別に何か特殊な器官があると思われます」


「えっとえっと、多分これだと思うよ」


 エルメリアの予想を肯定するように、ショックから立ち直ったレコンが操作、映し出したのは見慣れない形の臓器。


 心臓にくっつくようにして存在するそれはまるで『ヘッドホン』だ。更にそれからはかなり細い『コード』が伸び、両方の肺と腸に繋がっている。細すぎて注意して見なければわからないくらいに存在感が薄い。


「何だこれ?」


「ん~っと、多分だけど、腸と肺からマナを外から吸収して、それをこの器官に送り込んで、血液に混ぜてる感じ?だと思う」


 なるほど。


 つまり、人間はマナを直接作る事は出来ないって事かな?

 空気と食事からマナを取り込んでいる。ってのがこれを見る限りだと予想される。


「姉さん、これは少し大き過ぎないか?」


「ロコンの言う通りで、ウチもそう思った。異常発達って言っていいと思うんだけど、エルはどう思う?」


「私もロコンと同意見です。

 まるで心臓を圧し潰すかの様です。人体に負荷が無いとは思えません」


 確かに。


 ヘッドホン型のマナに関係するであろう期間は異常に大きく目に映る。『コード』の細さと比較すると余計に大きく見える。その大きさの所為でか、心臓も多少形が変えられている様に見えるし、これだと心臓への負担とか血流の問題とか素人ながら悪い方向に色々と想像が膨らむ。

 ただ、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。


 俺はなんとなく人の中身を知っているし、なんなら資料として見た事もある。詳細は覚えてはないあやふやな記憶の中ではるけど、こんな器官は存在していなかった。完全に初見だ。異物、と言っても良い。だからこそ変に大きく目立つ様に見えているだけかもしれんけど。


 そして、それは多分エルメリアたちも同じ。

 彼女たちは自身の体をレギメルドくんと同じくこの医療ポットで診察し、自分の体の中身を見ている。その彼女たちにも当然こんな器官は存在しておらず、俺とほぼ同じ感性で見ていると言っていい。


 俺たちの意見としては『異常にデカい謎の器官』だ。


「…これが、弟の体の中?」


「ええ、その通り。

 わたくしたちの目では『異常』と思える事なのだが、メルトレイ嬢としてはどう見える?」


「私も知識としてしか持ち合わせていない。そもそも体の中身をこれほど鮮明に見やすい状態で見た事も無い。しかし、弟の【マナストーン】は、大きすぎる…」


【マナストーン】。


「【マナストーン】は小指の爪と同等の大きさを持つと言うのが常識だ。それが、こんな・・・」


 思ってたよりも小さいな!?

 凡そ大きくて2cmくらい、か?それで体全体にエネルギーであるマナを供給しているって考えるとものすごいけど…そもそも必要のないエネルギーであると考えるとまぁ、納得できなくは、ない、かなぁ?それに作り出している訳ではない様だし?

 でも、【マナ】はこの世界の人、と言うかこの世界の全て?にとっては必要不可欠なものって事を考えると…いや、わからんわ。そこまで頭も良くないし、専門知識も乏しいからな。これ以上の考察は無理だわ。


「これはやはり切り取るべきではないかと思うが?」


「…いや、ロコン殿が言う様に恐らくそれが一番早いのだろう。だが、私はこの絵を見て恐怖と共に一つ、希望と可能性を感じてしまった。

 やはり、少し様子を見て治療をしていきたい―――はっ!?す、すまない!!」


 は?え?なに?


「本当に申し訳ない!

 私は今まで勝手に『治療してもらえる』事を前提に話をしていた。だが、それは私の勝手な希望だったと今更気が付いてしまった。

 今までの私の態度は謝罪する!だからどうか弟の治療をしてもらえないだろうか?」



 ・・・・・・あ?

 ・・・・・・あ~。


 確かに。


 俺も治療するって決めてたからね。折角助けたのに死んだら悲しいし、助けれる術も持ってると思ってたからそれで助けないのもなんか釈然としないし、それに話の流れからも治療できると思ったから当然治療する気満々だったし。


 なんか、『今更?』って感じ?

 もしもメルトレイさんとレギメルドくんが俺たちに敵対している、若しくはこれから敵対するのなら話は変わってくるけど、別にそうじゃないし······。


 だからね?

『どうすんの?』みたいな感じで見てくれるな。仲間たちよ。当然助けますよ?


「わかってる。ちゃんと協力するよ」


「!!そうか!感謝する!!」


 声でっか。わら。


 しっかし、こんな大声で騒いでるのに中々起きないね?レギメルドくん。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 なんやかんやと時間を使っての医務室での話が、そろそろ3時間に迫ろうとしている事に遅まきながら気が付いた。


「あ~悪い。腹減ったわ」


「む、そう言えば…」


「では、続きは食事を取りながらにしますか?」


 エルメリアの言う通り食事にしましょう。どうやらメルトレイさんも同様にお腹がすいている様だしね。俺の発言に同意してお腹を押さえてるし。


「本日はどうなさいますか?」


「ん~時間的に食堂かな?今から作ってたらお昼時とは少し言えなくなるだろうから」


「畏まりました」


 最近ではメキメキと実力を付けたエルメリアとロコンの手料理は惜しいけど、流石にもうすぐ午後2時になろうかとしている時間では『早さ』の方が重要。手早く作れるものもあるから別にそれでも良いんだけど、かなり質素になるからそれは俺が個人的に遠慮したい。


 食事は大事な娯楽なので。


「そ、その、大変厚かましいのだが、私も何か、いや、何でもいいので食べ物を分けて貰えないだろうか?」


「遠慮しないで良いよ?」


 腹すかせている人を差し置いて、自分たちだけで飯を食う様な畜生な性格はしてないから安心してくださいな。


「す、すまない!」


 んじゃ行こか。


 の前に、だ。


 いい加減着替えて欲しいな。

 好みじゃないと何度も言うのは失礼だけど、その我が儘ぼでぃを薄布一枚で隠している状態は例え好みじゃなくても目に毒過ぎる。エルメリアとは違う意味でナイスボディだからね。


 てな訳で、エルメリアには悪いがサクッと服を作ってもらうために錬成室へと向かってもらう。同じく一応同性となるレコンにはメルトレイさんが元々来ていた服のサイズを調べるために別行動。調べてから直ぐ様にエルメリアに連絡してもらって作ってもらう。


 その間に俺とロコンはやる事がない訳だが、メルトレイさんには体を清潔にしてもらう。ただ拭くだけでもいいのだが、軽くシャワーを浴びて貰おう。


「………ここは本当にまだ山なのか?先程の医務室?と言ったか?あの部屋も十分に山の中である事が疑わしい造りをしていたが・・・」


「ん~ま~見慣れないだけだと思うけど」


 見えるのは大部分を占める綺麗な白と所々に銀色の金属部分。それから船内を走るエネルギー供給の為のブルーラインが数本。こんな通路は俺も日本では見慣れない部類の物だし、なんなら多分建造すらされていないだろうけど、もう見慣れた。


 俺の場合は見慣れはしないけど、馴染みはあったからね。感動はしたけど、驚きは薄かった。だけど、メルトレイさんにとっては異常な場所であり、異質な風景で、夢にも出てこないし、想像すらしていなかったものだろう。

 驚きも仕方なし。


 戦々恐々。


 そんな言葉が似あう様などこか落ち着きなく視線を彷徨わせながらよく見ると僅かに震えている体ではあったが、遅れる事無く俺たちに付いてきたメルトレイさん。艦内の風景に驚き、外に出て船を見て驚き、本当に山だと気が付いて驚く彼女。


 そんな彼女が困惑するのは何度目か?


「しゃ、しゃわー?」


「そう、シャワー。

 そんでこれが体を洗う用のタオルで、これが液体ではあるが石鹸だ。これが髪の毛用。洗った後にはこれを満遍なく付けて、一応キッチリ洗い流してくれ」


「は、はあ…」


 大丈夫?


「悪いが今回は手早くな?」


「りょ、了解した」


 さて、覗きをする趣味はない。残念ながら後ろ髪を引かれる性欲も無くなってしまっている現在。本当に変な疑いがかかる恐れがある事が面倒な事この上ないのでさっさとその場から離れる。


 面倒さを考えたら俺たちが普段生活しているところに案内すればシャワーもあるしトイレもあるが、ちょっとまだ見ず知らずの他人と言うレベルのメルトレイさんを案内するのは気分的に出来なかったので、初期に用意してそのままになっていた風呂へと案内。【ラララ宇宙号】から一直線だから何かあっても彼女が迷う事は無いだろう。


【ラララ宇宙号】の入り口で待って居れば、その内仕事を終えたエルメリアとレコンがやって来る。そうしてから二人には世話をお願いして、一足先に俺とロコンは食堂へ。


 三人には遅れて来てもらえばいいだろう。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お、多すぎる!!何だこれは!?これも、これも、これも!?見た事ないぞ!食べた事も無いぞ!ムハーーーー!!」


 あれ?

 キャラ変わってない?


「す、好きなものをどうぞ、とは言ったが…逆に困らせたか?」


「艦長。

 私たちは先に食事を開始しましょうか?」


「少し待って―――いや、決まりそうにないな。ロコン、適当に選んで来てくれ。メルトレイさんの好みも聞きつつな」


「畏まりました」


 俺は適当に牛丼大とうどん大盛。更に追加で天ぷらの盛り合わせ×2。

 ロコンはサンドイッチとサラダとコーンスープ。後コーヒー。

 レコンはワッフルが二枚のデザート系のもの。紅茶を添えて。


「ってかエルメリア。それ、飽きないの?」


「飽きません。これぞ至高です。

 私では艦長の作ったものには当然ながら敵いませんが、【シェフBOX】にすら敵いません。現在の目標はこれに勝つものを自身で作る事ですので、これも勉強となります」


「あ、そうですか・・・」


 いや飽きろよ。いい加減さ。

 毎日必ず一回は食べてるよな?


「ぐぅぅううぅぅぅ」


「・・・」


 エルメリアのお腹が限界の様。


「艦長。

 腹部から異音が発生しました。故障でしょうか?」


「ただの空腹時に起きる現象だよ。人間なら当たり前の事だから安心してちょうだい」


「サー。

 ……しかし、腹部にこの様な音を鳴らす器官は存在しなかったと思いますが・・・」


「詳しい原理は俺にも分からんけどな。空腹のときになるんだよ」


 今までそこそこの期間人として過ごしてきたからてっきり体験しているものだと思ったけど…そう言えば体験してたらその時に質問してきてるか。


「空腹――――――はむっ」

「あ、ちょ!?」


 待ってるんだから食うなよ!?


「やはり、団子は最高です・・・!」


 エルメリア・・・。せめて両手に串を持つのは止めろ?

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