科学は魔法で魔法は科学

天晴 大地

第1話

「どう…なってんだ…」


「現在の状況は『不明』としか言い様がありません」


「未知って…なんかワクワクするわね!」


「姉さん。少しは自重して。そんな興奮していい状況じゃない、今は」


 目の前に広がる鬱蒼とした森。

 本来感じる事の出来ない風を体全体で感じながら、あり得ない想像が頭の中を駆け巡る。背後には巨大建造物。本来俺が見知っている物は僅かにアニメ調にデフォルメされているはずの『それ』が、堂々と現実感を纏って鎮座している。

 とは言え、『それ』は巨大すぎて全体像が見えないが…。


『それ』は【ラララ宇宙号】。


 俺が命名した


「これ…どうすれば…?」


「まずはで行ってきた手順でこの地の調査を行う事を推奨します」


 呆然としつつ森を見つめる。漏れ出た言葉に返事があった事を理解しつつも理解できていない頭の中には、ただただ「そんなはずはない」と言う現状の否定。

【雛林 春樹】である筈の俺。だけど、今は仮想空間でしか存在していないはずの【ハルキ】として、ここに居る。


 返事を返してくれた【エルメリア】も。

 落ち着きなく興奮している様子の【レコン】も。

 心配そうにこちらを見ている【ロコン】も。


 そして、俺も。


 ここに居て良い存在じゃ、きっとない。


 皆が皆、不自然なほどに整った顔と体だ。それは俺が追求した『美』だ。俺の『理想』を体現した者たちだ。

 女性にしては少しばかり高い背を持ち、蒼く煌めく銀の髪を持つ【エルメリア】。空色に設定した瞳が綺麗だけど少しばかり冷たく感じるクール美人であり、モデル顔負けのスレンダースタイル。

 小柄で活発、赤いショートヘアを小刻みに揺らして赤い瞳ランランと輝かす美少女【レコン】。爽やかな甘いマスクに糸目を合わせた青い髪の細マッチョの高身長【ロコン】。実は金の瞳を持つ。

 そして、黒髪のイケメンで夢の170cmの身長を手に入れた俺。


 全部。

 全部。

 全て。

俺らはのはずだ。


 今感じているありとあらゆる現実味。それを普段感じているのは今のこの俺じゃない。小柄でぽっちゃりな不細工とまではいかないけれど、フツメンの俺だ。

 彼女たちに至ってはこんな『リアル』を感じた事もないはずだ。


 知らない場所。

 だけど、確かに現実で。

 感触も、視界も。そのどれもが現実だ。


 ここは、一体、どこなんだ?


「…ちょう、さ……調査、か…そう、だな…お願い」


「サー。

 惑星調査用ロボット、各種、起動。…起動・稼働を確認しました。調査開始します」


 女性らしく高めの声のエルメリア。彼女の報告は残念ながら右から左へと抜けていく。未だ呆然と森を見つめるしか出来ない自分を彼女たちそれぞれが見つめている事を視界の端に捉えながら、思考は『何故』に埋め尽くされていた。


「艦長。ここは少し冷えます。船内にお戻りを」


「あ、ああ…」


 エルメリアに介護を受けながら船内へと戻った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 昨日、何時もの如く仮想体感型ゲームの【宇宙渡航】をプレイした。しっかりとプレイした後はログアウト処理をしてから自分のベッドで眠ったのを覚えている。


 だから、目覚めたら何時もの自分の部屋に居るはずなんだ。


 それなのに、仮想世界にしか存在しないはずのエルメリアたちと一緒にこれまた仮想世界にしか存在しないはずの【ラララ宇宙号】のブリッジで目が覚めた。仮想空間では見慣れた風景。だけど、現実世界に悪影響を及ぼさない様にと少し歪に作られた仮想世界とは違ったリアルな風景。それだけでも十分に異常事態であるのに、本来自発的には行動しないはずのエルメリアたち。そんな彼女たちが俺に遅れる事数十秒後に目覚め、こちらへと駆け寄り、現状を聞いて来た時に感づいた。


『俺は異世界に来てしまった』。


 根強く残った未だに人気の創作設定を自身が体験する事になるとは…。


「――――――あれ?よくよく考えると…ラッキーじゃね?」


 仕事…しなくていい。

 面倒な人間関係…リセット。

 退屈な現実世界…理想の体と仲間と船で冒険!


 現代に残した心残り…なし。

 現代に居る肉親、あるいは友人・恋人…どれもなし。


「悩む必要…あるか?」


 なんで俺はあんな呆然としていたのだろうか?

 あろう事かここからどうにか現実世界に帰ろうとしてログアウトしようとしたり、頬を叩いて夢から覚めようとしたり、現実逃避して呆然としたり…そんな事、する必要ない。だってこれは俺が夢見た状況じゃないか!


 そうと決まれば!


「うおっ!?」


「っ……艦長。もう、よろしいのですか?」


 ビックリしたぁ…。

 もしかして部屋に籠った俺を待ってたのか?部屋に入らずに?指示が欲しければ普通に声を掛けて来るなり、気にせず部屋に入ろうとしたりすると思うんだが……?ってかめっちゃ綺麗。俺がそう作ったのだから当たり前だけど、マジタイプ。

 ってかヤッバ!そのスーツちょっと卑猥過ぎません?全身にピッタリフィットのお姿…ちょっと前屈みになってもよろしいでしょうか?


「艦長?」


「あ、ああ。もう大丈夫だ」


「それは良かったです」


 …今、安心した?アンドロイドでありAIである彼女が?機械であるはずの彼女が?

 彼女には…いや、思い出せばレコンの様子もおかしかった。ソワソワしていた。そんな反応は感情が無ければ起こさないはず…つまり…


「もしかして、感情がある…のか?」


「―――?感情・・・?」


 あ、あれ?


「今俺を心配して『大丈夫なのか』と聞いて来たんじゃないのか?」


「……よく、わかりません。仮想空間に存在していた時の思考と大差ないと思われます。

 確かに仮想空間に存在していた時にはしなかった発言であると思いますが…原因はよくわかりません。ごく当たり前に発言していました」


 ――――――は?


「いや、ちょ、まって?エル、今『仮想空間に存在していた時』って言った?」


「ええ」


「自覚がある?」


「はい。仮想空間に居た時には自身がどこに存在しているのか等は興味もありませんでした。それに当然、と言って良いのかはわかりませんが、自身が存在する場に関する知識も持ち合わせていませんでした。ですが、本日、ここで目覚めた時、理解出来ました。いえ、少し違いますね。理解してと言った方が正確でしょうか?」


 色々・・・いやホント色々おかしいぞ。


 本来AIには感情は備え付けられていない。と言うか、備え付けられない。現代の技術では完全な感情の再現は出来ない。まだその域にまで技術は達していないはずだ。

 なので、感情のないエルは今言っていた様に自身がどこに存在しているかに興味がない。今ここが現実だろうが仮想世界だろうが興味がないし、湧きもしない。だからゲームの時にも自分たちが『仮想世界の存在』である事にも微塵も興味が無かったはずである。

 そして、彼女たちには現実と仮想空間区別が出来ないはず。だって、どうでもいい事だから。まぁ、そもそもその区別をするための知識も持ち合わせていないはずだから、やろうと思っても区別できないだろうが…。

 ただ今はそれはどうでもいい。肝心なのは、自身たちの存在が『仮想世界の存在』であることも知らない事だったはずである事。それから、今この世界が現実だと認識している事だ。


 過去に持ち合わせていなかった知識を突然持っていて。

 更に感情まで持ち合わせている事。


 突っ込みどころ満載です。


「艦長。

 艦長の状態が落ち着いたのであれば指示をお願いします」


「え?あ、ああ」


 あ~そうですね。


 正直今これらは考える事ではない。

 取りあえず問題なく稼働している様だし、後回しにしても問題ないだろう。例え問題があったとしても、彼女たちには自身の状態を報告するすべがあるし、自身の異常を報告するプログラムも組まれている。問題が発生、若しくは発生する可能性が濃厚となった時に報告してくれるだろう。


 だから、今は現状の把握を進めるべきだろう。


「取り合えず、ここがどこかわかった?」


「現在の調査で分かっている事はほぼありません。

 私たちのデータに存在しない植物発見できていない事と、同じくデータに存在しない生命体が複数体確認されている事。

 周辺の土、空気、水には毒素が含まれない事、また人体には悪影響が無い事が分かっている程度です」


 取り合えずと変わらない状況か、な?新しい惑星を発見した時と変わらない状況だ。


「いくつかサンプルを近場で確保して。それを分析してくれ」


「サー」


 あ~すっげぇな。


 いつも歩いている船内だし、いつも見て来たエルメリアだけど…リアルになるとマジすげぇ。感動ものだ。


 船内は何処を見ても現実では訪れた事のない風景だし。

 何よりも俺がドストライクの女性を考えて容姿を決定したエルメリアはマジで最高に美人だ。アンドロイドらしく無表情なのも俺の性癖にグッとくる!それに加えてムフフな服装がより一層俺を興奮させる!・・・・・・?興奮…してるよな?いや、まあ、後で着替えて貰おう。俺の精神衛生上よろしくないわ。


 そして何気に嬉しいのは目線が高い事。

 ゲームしている時と変わらない視点ではあるけれど、ゲームの時は体の感覚に現実味が薄かった。どうしても「本当の体じゃない」感じがあったからリアルな身長を思い出しては嘆いたものだ。

 だけど、今は完全に自分の体の感覚がある!でも身長はゲームの時のもの!


 控えめに言っても最高です!

 身長が高いってことは、顔もやっぱ俺が考えたカッコいい自分の顔だろうし!


「ブリッジに到着、っと。

 それで、レコンとロコンはどうしてる?」


「現在レコン、ロコン、共に調査ロボットの視界から得られる情報を監視中です。何か異常・問題・発見があった場合は知らせる様に言ってあります」


 何気に聞いた質問だけど、慣れ親しんだゲームの中だったらこんなことにはなってないな。


 俺が何かを指示した訳じゃないから待機しているはず。だからどうしているのか?と聞いても「待機中」と答えるはずなんだけど…。帰ってきた答えは要約すれば「調査をしている」というもの。

 あの二人の自発的な行動ではない様だけど、その指示を出したのがエルメリアと言う時点で気になる部分は結局変わらない。同じ存在である彼女が自身の判断で指示を出したのだから。


「自分で考えて行動できる様になったんだな…」


「…?その様ですね。私も今気が付きました」


 それだけ自然に思えた、考えたって事か…。やっぱ感情が芽生えてるよな?それとも感情は無いけど自我が目覚めた?

『感情』と『自我』。この二つに違いがあるのかわからないけれど…。俺としては「感情がある」と定義した方が嬉しい。自分で作り出したのだから当然ながら好きなキャラクターであるし、長い間一緒に冒険して来た仲間だし、何よりも俺は創造主的な感じであるから父性の様な感情もある。何よりも好みの女性の容姿をしているのだから、そんな人が感情も持った事はすごく嬉しい。


 よっこいしょ。

 ふぃ~見える景色は少しばかり違うけれどやっぱりこの席が落ち着くぜ。


「『エルメリア~』」


「おぉ!…レコンか」


 見慣れたはずの通信用ホログラムウィンドウ。

 何もない中空に浮かぶレコンの映像はやっぱりリアル感満載で、同じく映るレコンにも感情がある様に伺えて更に感動。


「『あれ?艦長。もう大丈夫なの?心配したよ~』」


「ああ、大丈夫だ」


 やっぱレコンも『心配』、と言うか感情がある様。多分間違いない。しかし…ソワソワしてたのは何だったんだろうか?


「レコン。要件は何ですか?」


「『あ、今居る場所なんだけど、どうも山頂みたいなんだよね』」


「山頂?」


 はい??

 山頂って…普通に森があるんだけど?山頂に森って…意味が分からないんだが?あ、標高が低いのか?


「標高が低い山の山頂、という事ですか?」


「『あ、違う違う。標高は結構あると思うわ。まだ正確に計測した訳じゃないけど、ざっと1万メートルってとこかな?』」


「はぁ!?」


 1万メートル!?


「その標高では気圧が低下し、その結果氷の覆われた極寒の地になる筈ですが?」


 だよね?地球で最も高い山であるエベレストでさえ9000mも高さはなかった筈。だけど上の方は常に氷に覆われてる極寒の地だ。日本の富士山でさえ3000m程度でも山頂は白い。多分年中?


 惑星の規模とかで気圧は変わるだろうけど、流石に1万メートルも標高があるなら多少なりとも氷がないと…おかしくないか?詳しくはわからんけど。

 呆然とした状態だったからあんまり覚えてないけど精々外の気温は肌寒い程度。多分20℃くらい?だと思うんだよな。


 あり得ないよね?


「あり得ませんね」


 その通り。


「『ええ、あり得ないわ』」


 その通り。


 なんだこの不思議惑星は?


「『それからもう一つ。異常が発生してるわ』」


「異常?」


「『っそ。飛行型の調査ロボットなんだけど、何故か飛べないみたいなの』」


「飛べない?」


「起動は正常に行えたはずですが?」


「だってよ」


「『起動はしてるわよ?プログラムも正常。整備状態に不備もない。だけどな~んでか飛べないのよね~』」


 なんだそれ?


「他に異常のあるものはありませんか?」


「『ないわ』」


「飛行型だけに異常?意味がわからん」


 いや本当に意味がわからん。


 詳しく聞いても、思いつく限りの知識を並べても意味が分からない。

 全て正常。だけど、飛べない?


「――――――わからん」


「不可解ではありますが、原因を究明できないのであれば放置するしかないのでは?」


 …おぉ。こうして意見を言ってくれる事も今までは無かった事。俺が今までしてきていたのは所詮ゲームで、失敗しても、例え命を落としたとしても、本当に死ぬ訳でも無ければ、本当の意味で取り返しのつかない失敗をする訳でもなかった。だから、別に自分の意見で物事を決めたとしても問題はなかった。まぁ、ゲームの仕様上そうするしかなかった、とも言うけれど…。

 でも、こうして今は意見してくれるのは有難い。それにやっぱ嬉しい。自然と顔がほころぶ。


「ああ。そうだな。飛行型以外での調査を続行。まずは周辺の調査率を100%にして、それから更に周りの調査に乗り出す形で進めてくれ」


「サー」「『了解っ!』」


 レコンがあちら側で操作したのだろう。何もなかった中空に浮かんだウィンドウは消え、元の何もない中空に戻る。


「さて、ブリッジに自然と来たのだけど…どうするか?」


「現在最優先で行うべきは惑星、および周辺の調査であると思われます。が、調査自体はいつも通り艦長の手を煩わせる必要はありません。今現在遂行中ですから、随時結果を待つ形が良いと思われます。よって、その他の行動を推奨します」


「具体的なお勧めは?」


「現在起こっている出来事の調査。異常があった飛行型偵察機の調査。私たちアンドロイドの言動の変化の調査。今後の方針の決定と決定した方針に必要なものの選出と在庫確認。及び生産。などでしょうか?」


 あぁ~、まぁそんなところ、かな?

 当然と言えば当然だけど並べてみると量がある。果たしてどれから手を付けたものか…。


「取り合えず、アンドロイドであるエルたちの調査は早めに終わらせておきたい。だから、これに関してはエルに任せたいと思うんだけ、いいかな?」


「サー。

 メンテナンス室にて自身の躯体を整備、調査します。それでよろしいでしょうか?」


 ん~…ま、それしか方法はない、よな。まさか解体したり、分解したりする訳にもいかないし、なによりそんなことはしたくないし。


 じゃあ俺はその間何に手を付けるか…。


『現在起こっている出来事の調査』。

 これに関しては正直どこからどう調査したらいいかもわからん。実在していた物を別の場所に突然移動させる。これはまあ実現できてはいない事だけど『ワープ技術』で可能ではある。創作物の中で『ワープ技術』と呼ばれる夢技術が考えだされて幾星霜いくせいそう。22xx年の今現在、未だに実現は出来ていない。いや、正確な情報は知らないけれど、まぁ、普通に考えて無理だろうな。精神だけをゲーム世界にダイブさせる技術はどうやっているのか驚きだけど実現できている。でも、流石にワープは無理だろう。

 だけど、そんな実現できていない『ワープ技術』よりも更に意味の分からないのが、俺も含めた全てが仮想世界のモノであるという事だ。それを考慮して考えると……あ~ここが現実世界だと勝手に感じて思っているけれど、実際は仮想世界のまま?ただ使われている技術が別物であって、それのお陰で俺は現実世界と勘違いしたり、エルメリアたちは自由な思考を手に入れている。そう考えた方が可能性としては高いか。


 でもそれを確かめる方法が思いつかない。

 なので結局こやって考察したところで無意味って事だな。


「それでは私はメンテナンス室へと移動し、この躯体を調査して来ます。よろしいですか?」


「ああ、よろしく」


「サー」


 さて、他には『異常があった飛行型偵察機の調査』。

 これも考察は出来るだろうけど、原因の追究は難しい。どうやらこの船、【ラララ宇宙号】は俺が使ってきたゲーム内のそれと同スペックらしい感じがする。隅々まで自分で実際に確認した訳じゃないし、レコンの報告だけだから正直信憑性はどの程度かもわからない話ではあるけれど、少ないながらも俺が触れて来たこの船の機能は俺が知っている物と遜色ないもの。そんなこの船のスペックは流石ゲームの世界と言える高性能なもの。だから、そんな高性能な船の設備を使って調べて分からないものを俺が直接調べたところでわかる訳が無いだろう!って事で保留。


 って事で次。


『アンドロイドの言動の変化の調査』。

 これは今エルメリアが自身の躯体を使って調べているから良いとして、『今後の方針の決定』と『決定した方針に必要なものの選出と在庫確認。及び生産』。これらがまぁ今できる事であり必要な事、だな。


 って事で考えていこうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る