配信4.アストラルサイダーのルッキングダウンレディ


「Mr.Dan 貴方との商談は素晴らしかったわ」

「こちらこそ。Ms.Miller、双方が納得行く結果となって大変喜ばしいです」

「ふふ、本当に素晴らしい時間でしたわ」


 おっとりと微笑む商談相手に、握手をしたままそっと指先に口付けるアクションを行う。

 実際に触れるのは問題がある場合があるので、その称賛を表す意味合いだけの触れ合いだ。

 実際に、部下が商談相手として最初に接待していたのは、同席していた男性の方だった。

 全く、節穴なのだろうか。

 商談権を有しているのは二人のうち、こちらの麗しい女性の方だろうに。彼女はまるでムーンフォックスの様な抜け目のない眼差しで、相手の格を測っていたというのに。

 それに気づきもしないで。

 こちらの対応が下手を打てば、この商談は相手が一方的に有利になるように進められていただろう。

 商談権があるのは男性の方だろうだなんて偏りバイアスで、この契約が非情に困難になるところだった。

 隣で部下の北川はきょとりとしているが、後で説教が必要だろうな。


「Mr.Dan、この後お時間はあるかしら。夕食でもいかが?」

「はは、魅力的なお誘いですね。商談の続きですか?」

「いいえ、プライベートで。私、もっと貴方が知りたくなったわ」

 蠱惑的な笑みに甘い香り。ぐっと距離が近づき、胸が押しあてられる。

 おっとりとした表面の下に隠された、獲物を狙う鋭い眼差し。

 完成され尽くした美貌に、自信が透けて見える。

「大変光栄なお誘いですが、この後女性と会う約束をしていまして」

「あら、残念。その方に嫉妬してしまうわ」

「貴女と同じぐらいattractive(魅力的)な女性ですので。お誘いは大変嬉しいのですが、先約を優先させて頂きます」

「ふふ、断られたのは残念だけど、Mr.Dan。貴方が紳士的で公平な男性と知れて嬉しいわ。これからも良いお取引をいたしましょう。……貴方となら腹を割った商談もできそうですわ」

「高く買って頂いて光栄です。Ms.Miller、それでは良い日本の夜を」



「壇部長ー! 勿体ないですって!! あんな金髪美女のディナーのお誘い断るなんて!」

 嘆息して資料をまとめたファイルで軽く部下の頭をはたく。

「お前な……速攻相手に見限られる様な態度取って……。あれが海外大手企業の敏腕交渉人だぞ。お前が部下の方に話しかけたから、相手もこちらの企業を見限って、商談の場にさえ乗れない可能性もあったというのに……」

「え!? 壇部長はすぐに気づいたんですか!?」

「社内資料、中途半端にしか見てないだろ……以前交渉した人にアポ取って、失礼がないように対策を練っていたんだ。資料では性別も書いてないし、写真も無かったからな」

「す、すげー……さすがだ……」

「お前はもっと観察眼を磨け」

「す、すみません。あっ壇部長帰り支度されているんですが、さっき言ってた美女とデートですか? え、どんな人です? ねぇねぇ気になります!!」

「……和風美人だ」



 そう、今日この日を本当に待ちわびていたんだ。



 家に帰ると雑多な事を片付け、仕事の準備や商談相手へのフォローメールを送った。

 今日はとっておきの日本酒に、取り寄せたなめろうなんてものを用意して、サイドテーブルに置く。


 今日この日に向けてどれだけ準備してきたと思っているんだ。

 期待と不安に胸を焦がす。


 22時ジャスト。配信が切り替わる。


『うす。……今日は心霊……なんとか……レイってゲームをやるっす』

「来た来た来た!!!!」


 今日が配信初回となるゲームは、なんとジャパニーズホラー満載のアクションゲーム!!

 非力な女性キャラクターを操作して霊を徐霊していくゲームだ!!

「この細かな静を主体とするサウンドと迫力ある3D画像! ゴーストとは異なる次元の霊を撮影することで徐霊するなんて、画期的なジャパニーズゴーストバスター! 今日に向けてあまりの怖さに『ろーわん』の配信が見れないなんて事がないように、攻略サイトを見て予習はしてきたのだ!」

 だが、ちょっぴりサウンドが怖いので、ヘッドホンは外して音声も少し絞ってパソコンから流している。

 

 行方不明になった兄を探しに行く妹が主人公とのことだが、シナリオもとても面白いらしく、それだけでも期待が高まる。

「珍しくオープニングを見せてくれるのか」

 なんだなんだ。蝶が舞うムービーと音楽がとてもmatchしていて素晴らしい。

 ……速攻端末でアルバムごと購入する。


 なんとかゲームが始まると、ろーわんは操作をし始めたようだ。

 兄パートから始めるのだが、なんとか進んでいく。

 戦闘に入ったが、もたもたしながらもなんとか霊の撮影に成功した。


 妹パートにやっと入ったが……。

「……普通に、怖い」

 何でだよ。何でこんなに怖いゲームを開発するんだ。雰囲気怖すぎるだろう。

 そっとお猪口をサイドテーブルに戻して耳に手を当てる。

『……』

「ちょ、ろーわん。頼むから無言はやめてくれ……ヒッ」

 砂利を進む音だけでも怖いんだが!?


 そして、画面の上層から幽霊が一瞬見える。

『あ?』

「うわーーー!!」

 このゲームは敵となる霊とは別に、一度だけしか現れなかったり、条件が揃わないと出てこない霊とかもいるんだ!!

 気づいて撮影してくれ!! 撮影に成功するとアーカイブが残る仕様なんだ!

『うーん?』

「ヒッ廊下!! 廊下側に今、一瞬女の霊が!!」

『ま、いいか』

「後ろだよ!! そこ、そこの後ろ!!」

 んあーーー!!!!

 全然気づいてくれない!!!!


 すごい、すべて一瞬登場してくる霊を見逃している。なんてこった!!


『あー、次は女の幽霊? 戦闘か……え、うそうそうそ、まじかよ、あっあっ』

「ひっ」

 え、出てくる女性の霊強くない?

『まっ、やっべ、壁ばかり撮ってる』

「すごい、かすりもしない!!」

 ちょっとでも霊を撮る事ができたら、ダメージを与えられる事ができるのに、一方的に蹂躙されている!!

『え、あー、はっ? 溜めるってなにが』

「えーと、えーと、そう、パワーを! 徐霊パワーを貯めて、つまりボタンの長押しで」

 ゲージを貯めてから写真をとった方が、霊に与えられるダメージが高い仕様なのだ!

『わっわっ』

「連写じゃなくて、そう! 長押し! 長押し!!」

『あー……』


 【GAME OVER】


 デスヨネ!!

 

『はー、なにあの霊怖』

 わかる。わかるぞ、ろーわん。

 応援していなかったら目を閉じていた。


 リトライで容易く無視される下級霊。

 そしてリベンジ女の霊!


『はっあ?』

「無理無理無理!! 頼むからアップで操作を忘れないでくれ!!」

『えーと、長押し……長押し……あ』

「せっかくゲージ貯めたのに!」

 MAX貯めたゲージで写し出されたのはただの襖。

『もう一回……あ』


 【GAME OVER】


『くそ』

「くぅぅ……」

 もどかしい……。


 リトライするろーわん。

 そして容易く忘れられる下級霊。


『おっ……あっ』

 いいぞいい溜めだぞ! そしてそう!

 そこだ!


【GAME OVER】


 デスヨネ!!

『この敵……上から見下ろしてきて……』

 まぁ、霊なんで……浮いているんで……。

『くそっ……ギャフンって言わせてやる……』

 今のところギャフンと言っているのは君と私だが……。


 何度目かのリトライにより、なんとか先に進む事ができた。

『よかったー』

 うんうん。拾い忘れたメモなどのアーカイブに圧倒的に無視される下級霊。慣れたよ。

『これで終わるか。じゃ、続きは三日後』

 良いねと高評価を滑り込ませて、軽く片付ける。


 今日も今日とて良き配信だった……。

 ……のだが。



「……寝れない」


 クローゼットの隙間が気になるなんて、そんなことは……そんなことはないと……思いたい。

 

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