配信2.ムーンナイトインディゴのサモナーディズ


「あ、檀部長!」

 帰り支度をしていると、部下に呼び止められる。

 檀・ダイラム・丞なんて名前は珍しく、社内のほとんどの人間が私の事をD・Jと略す。

 檀と呼ばれると構えてしまうな。

「何だ、北川。来週のコンペティションの件か?」

「いえ、その……先ほど秘書課の方に呼び止められていたので……」

「あぁ」

 確かこの後新宿で行われる先方を招いての新作披露会についての話だったな。小規模なパーティーなので是非と言われたが……。

「20時からある新作披露会についての打診だな。私は所要があるので断ったが……北川、行ってみるか?」

「良いんですか!?」

「ああ。フランス語がある程度できれば会話は困りはしないだろう。通訳も何名か付けているだろうし、これも経験の一つとして」

「ごめんなさいごめんなさい。無理です無理無理!」

「何故だ? 確か君の選択言語もフランス語だったはずだが」

「英語ならまだしもフランス語はビジネス会話まではいけないですって! 帰国子女のD・J部長と一緒にしないでくださいよ! もー、秘書課の村雨さんと仲良くなれるチャンスかなって思ったのに……」

「言語は使わなければ錆びる一方だぞ。まぁ、そう言うことなら今度場を設けよう」

「本当ですか!? 部長好き! ありがとうございます! あ、でも部長は本当に今日の接待行かないんですか? 結構力入れているイベントみたいですけど」

 せっかくの機会なのにと北川は不思議そうだ。

「予定を急に捩じ込まれてもな。それに聞けば人も足りているとの事だし、箔付けだけの増員ならば、私は不要だろう」

「う、でも部長は映えるイケメンだしー。複数言語ペラペラだしー」

「私はプライベートを大切にしているのでね。その時間を割くのならばそれ相応の理由が欲しいかな」

「さ、すが年収2,000万……」

「正当報酬だよ。では失礼する」


 今日は大切な用事があるのでね。



 21時50分。細々とした雑多な事を片付けて、自室のモニターの前で待機する。

 完璧だ。

 今日の配信は別のゲームを一から始めるとの事で、期待に胸を膨らませている。

 前回までのゾンビを倒すアクションゲームはクリアしたのかって?

 HAHAHAHA!

 もちろん途中で配信者が諦めて投げていたさ! 当然だろう!!

 『ろーわん』を舐めてはいけない。

 彼ならば途中だろうが何だろうか興味が別に移ったら躊躇なく未クリアのゲームソフトを積み上げていく配信者だぞ。


 そこらへんのプロと格が違うのだよ。格が!


 視聴者がいることすら意識していないアマの彼の意識が、別ゲーに向かないことを願い、好きなゲームに興味を持ってくれることを祈り、彼が無課金で回しているガチャが神引きすることを年始の参拝で願掛けするぐらいしか、ろーわん見守り隊(在籍1名。つまり私だ)としてできないのだ。

 うぐぐ……。言っていて切なくなってきた。


 そう、健やかに過ごして欲しい。

 美味しいものを食べていっぱいゲームをして元気に過ごしてもらいたいと、投げ銭なるものをするために専用口座を用意してみた事もあった。

 だが、残念ながら、投げ銭を受けとる配信者の認可には、チャンネル登録数が1,000名以上が必要だと知り崩れ落ちたものだ。

 もうひとつの認可条件の再生時間についてはエンドレスリピートできる。

 だが、人数に関してはまだ登録数23名(うち3アカウントは私だ。本アカ、サブアカ、情報収集用アカで登録している)なので、認可には程遠い。


 ……投げ銭したい……。

 本当に、投げ銭させてくれ……。頼む……貢がせてくれ……。

 おっと顔を覆っていると、定刻になった。

 表情を改めて、画面に釘付けになる。


『うす、今日は新しいゲームっす』


 おぉ、濃紺の画面に写し出される華麗なイラスト。

 今日やるゲームはシリーズも複数出ている人気シュミレーションRPGだ。

 ユニットと呼ばれるキャラクターを操作し、ターン制(行動できる範囲が決まっており、敵と交互に移動する)を採用しているので、いかに早く相手のユニットを戦闘不能にするのかが重要になってくる。

 チェスや将棋などのボードゲームに近いと感じているが、一度やってみたいものだ。

 魅力的なキャラクターと多様な召喚獣、またシナリオの面白さでファンが多い作品でもある。

 少々下調べをしただけでも評判が良く、期待が高まる。


『あー、学校かぁ』

 そう、現代からの召還された主人公という設定の為、最初は選択肢で男女4人の主人公に変わると言うのだが……。


『やっぱ女の子がいいよな……』

 ろーわんは髪の長い女性キャラクターを選んだ様だ。

 待てよ、何か、情報を見ていて気を付けることがあった様な……?


『シュミレーションRPGかー、戦闘に時間が掛かるな~』

 おお、早速戦闘が始まった。主人公1人と敵が複数。

 ゲームのチュートリアル代わりの戦闘だな。

 操作方法をなんとなく掴むために短めに設定されているようだが……。


『……あれ』

 んんん……何故、そこに陣取るんだ!?

『え、なんでボコられてんの?』

「うわああっ!! このゲームには攻撃が届く範囲だけじゃなく、高低差もあるんだ! 敵との高さが2離れていると、武器によっては届かないんだ!」

 大剣などの上から下に振り下ろす武器なら高低差があっても届くが、太刀などの範囲が横に広い武器では高低差で届かない部分もあるが……。

 あっあっ。主人公が成す術もなく一方的に攻撃されている!!


 やっと敵のターンが終了した。

 よしよし、やっと反撃フェーズだ!

『あれ?』

「ひっ!!」

 そ、そうだ、女性主人公の扱う武器は杖。

 魔法攻撃は強いが物理攻撃が弱い特性を持つ。

 その為に……。

『え、全然敵の体力減らないんだけど』

 物理攻撃でミリしか減らない!!

 魔法職は物理攻撃が苦手を体現している。

『あ、魔法あったな……あれ?』

 魔法らしきコマンドは灰色になっている。


「魔力が使えない……だと!?」

 驚愕に、思わず声を上げてしまう。


 【GAME OVER】


『はぁ!? チュートリアル戦闘勝てないんだけど!!?』


 あっあっそうか!!

 このゲームの醍醐味は、召喚獣を召還(サモン)することによる多様な魔法攻撃。

 つまり、召喚獣がいない今は……物理攻撃しかできないということか!!


『もう一回……』

「テキスト飛ばせないのか……」

 昔のゲーム。オートスキップなんてものは存在しない。

 またもやろーわんは同じキャラクターを選択。

『え、敵の攻撃痛くね?』


 【GAME OVER】


「ひっ圧倒的暴力!! 負けすぎでは!!?」


 【GAME OVER】


『……』

 あ、また主人公は髪の長い女性キャラクター。

 絶対に変えないという凄みがある!!


 【GAME OVER】


 え、なんでこんなに勝てないのかと慌てて攻略記事を検索するが、どうやら初期版は物理攻撃型主人公の男性キャラクターのほうがスムーズに攻略できるらしい!

 なんてこった!!


『ぜってー負けねぇ』

「普段はすぐに諦める癖に、なんて堅固な意思なんだ! このキャラクターでやりとげたいという強い意思を感じる!!」

『おっぱいでかそうだし』

「理由は不純だった!!」

 まぁ、好きなキャラクターはモチベーションに繋がるしな、うん。


 それから何度かリトライして、やっとやっと辛くも……。


『0話クリアできた……』

「おめでとう……おめでとう……」

 途中で回復アイテムの存在に気づいてくれたときには拍手喝采してしまった。


『じゃ、ここぐらいまで。あー、次は同じゲームで三日後に』

 ふう。

 すかさず高評価といいねは滑り込ませた。

 今日も一ミリも見逃せず、用意したチーズひと欠片も食べられなかったな……。

 はむりと口に入れると、スケジュールに三日後の予定を入力する。


 ふと、思ったのだが。

「このゲーム、わりと戦略が大切なのだが……ろーわんはクリア出来るのか……?」


 少しだけ心配になってしまった。




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