第27話 2つ目の試験
「ふぁ~……眠いよ~」
朝の教室でルナがあくびをする。教室には数人の生徒と、先生がいる。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫大丈夫。起きようと思えば起きれるからね」
特に寝不足のような様子もないし、朝が苦手なだけだろう。寝不足でなくとも、睡眠の質が悪ければ、朝はつらいものだ。
しばらくしたら、まだ来ていなかった残りの生徒達も教室に入ってきて自分の席に座った。
「はい、皆さん揃いましたね。おはようございます」
先生が割と大きな声で挨拶する。今日は全員が学園に出席しなければならない日。さて、何が行われるのか。
「それじゃあ、これから、次に行われる試験の内容について説明しましょうか」
試験、試験か……。月に一度行われるわけだから、今月もどこかで来るとは思っていたけど、この感じなら、突然寮に案内が来るとかではなく、こういう全員の登校日に試験が発表されると思って良さそうだ。ただまあ、今月はもう一度呼ばれているのだけれど。しかも明日だし。
「今から一週間後に試験が行われます。今回の試験は、前回のものよりもよりシンプルなものになっています。『クラス内総当たり戦』です」
教室内が少しだけざわめく。総当たり戦と聞けば、少なくとも誰かと戦うということがわかる。引っかかる部分があるとすれば、クラス内という部分だろう。
「内容はとても簡単。クラス内の全ての生徒と一対一の決闘で対決してもらいます。その名の通り総当たり戦です。ね、とてもわかりやすいでしょう?」
「お、同じクラスの生徒と戦うんですか?」
クラスの誰かが聞いた。
「そうですよ。このクラスだけじゃなく、他のクラスでも自分達のクラス内で総当たり戦が行われます」
クラスの中で戦い合う。でもそれだけでは終わらないことぐらいはわかる。
「そして、各学年ごとに最も敗北数の多かった生徒を決めます。その生徒には、退学してもらうことになります」
先程よりも大きいざわめきが教室内で広がる。まさか、退学が出てくるとは思ってなかったのだろう。この点は私も予想外。一クラス十五人、一学年四十五人しかいないのに積極的に退学者を出すのか……。
「そして、その退学する生徒がいないクラスの生徒には全員報酬が与えられます」
なるほど。どうやら単純な一対一の決闘の繰り返しというわけにもいかなそうだ。
「もしも敗北数の一番多い生徒が複数いる場合は、その生徒達で退学をかけて決闘してもらいます。決闘は全て非公開で行われます。立ち会い人と実際に対決した生徒以外は本当の結果を知ることはできませんね」
退学免除の措置というものも特にはなさそうだ。特にレベルの低い人間は必要ないということか、とそう考えてしまいそうだが、そういうわけではない。
「それから、自分の勝敗結果は他の誰にも知られてはいけません。故意に誰かに知られてしまった場合は、それ相応のペナルティがあるので、気を付けてください。まあ、そうは言ってもこの試験は始まったら、終わるまで各生徒が一人一人別々の待機所で待機することになるので、そんなことは起きないはずですけどね」
「これのどこが単純な決闘なの……」
小さくつぶやく誰かの声が聞こえた。
「皆さん、退学にならないように、頑張ってくださいね」
たった一人を蹴落とすための試験か。
◆◇◆
「退学、ですか。毎度の試験でそんなことされたらどんどん人が減っていってしまいますね」
私は学園の裏庭でエメリアと一緒にいた。学園の裏庭は最低限の手入れがされているが、特に綺麗なわけでもないためか、人はいない。
「そうね。でも、退学したくなければ頑張るしかないわ。どうしたって一人は退学者が出てしまうんだもの」
はっきり言えば、この王女様と一緒に行動するのは嫌だ。ここに来るまでにもすれ違った人から、
「なぁ、あそこにいるのってエメリア様だよな。その横にいるのは……」
「クラスメイトだろうな。顔はいいけどすげぇ暗そうな感じだ。あんなのとも仲良くしてるのか。さすがエメリア様だな」
こんな会話を聞いた。そういえば世間的には優しい王女様というのを忘れていた。こんなのでもキレイに見られるわけだからイメージというのは大事だ。一度強烈な印象を植え付けられれば、それを覆すのは難しいものだ。私からしたらただの腹黒女でしかないのだけど。
「これは……単純に生徒達の力量差を明らかにするための試験なのでしょうか?」
「違うわね、これは先生が言っていたほど単純な試験というわけにはいかないわ」
「なるほど。では、聞かせてもらえますか?」
私は小さくため息をついてから王女様に説明を始めた。
「……この試験は敗北数で結果が決まるでしょう? でも、単純な話、それなら私達は有利なのよ、生徒が少ないから」
エメリアは何のことを言っているのか見当がついているようだ。
「退学した彼らのことですね?」
ルワ・ツイヤーを筆頭とした退学した三人。そういえば、退学になった後、行方不明になったらしいけど、何かに巻き込まれたのか、それとも……。
ま、いいや。彼らにできることなんて所詮たかがしれている。
「そう、だから他のクラスよりも最大の敗北数が少ない。だから有利なのは間違いないわ。ただ、おそらくこれはそもそも本気の決闘をさせるものではないから、上手く立ち回れなければ私達のクラスの誰かが退学になる可能性もあると思うわ」
王女様は少し考えてから、
「……そういうことですか。つまり、自分達で勝敗を上手くコントロールしなければならない、と?」
そう言った。
「そうね」
単純に強者と弱者の差で結果を出す、つまり強者が勝ち続ければ、一番の弱者が退学になってしまう。そうならないようにするためには、クラス内での協力が求められるわけだ。
「……ですが、上手くコントロールするにはどうすれば?」
「問題はそこね。この試験は自分の勝敗を誰かに明かすことができない。例えば誰が誰に勝ち、誰に負けるということをあらかじめ設定していたとしても、それが実際に行われているかは試験が終わるまでわからないわ」
「一筋縄ではいかないようですね。これは……何か策はあるのですか?」
王女様はなんでそれほどまでに私に聞いてくるのか。何を期待しているのだろうか。
「策? そんなものはないし、考えるつもりもないわ」
そう言うと、王女様は驚いた表情を見せた。
「こんなものに怯えるほど、弱い人間の方が悪い。世の中は競争でできている部分が多くある。仮に策を考えるにしても、そういうのはもっとクラスメイトに情のある人間が考えればいい」
根本的に私はクラスメイトが退学になるのを避けようと思ってない。自分が退学にならないようにはするけど、他の人のことは知らない。
「自分のクラスから退学者が出たとしてもクラスの人間一人減ったところで私にはそれほどの痛手には感じられない。それに、いくら策を練ったところで全ては無意味に終わる可能性が高いもの。策を考える時間が無駄ね」
策を考えても、この試験の内容では他人に依存する策だらけになるだろう。自分の退学がかかっている中、大した関係も築けていない相手の言う事を素直に聞けるとは思えない。
何よりこの試験の本質は、競争の加速。退学という恐怖により、生徒達に競争を促したいのだろう。
これから試験までの間、血眼になって特訓を繰り返す生徒も現れるだろう。そうやってこの試験が終わった後の生徒達の質を高めるのが目的だろう。
とはいえ、人に成長を促す方法としての恐怖は、効果は出るが、あまりいい方法だとは思わない。精神を擦り減らしてしまう。
「あなた、私などより余程薄情ですね。自分のクラスの誰かが退学になってもどうでもいいと?」
「……」
私は無言を貫く。これ以上特に何かを話す気はない。そもそも王女様と話したくない。
「ふふっ、別に構いませんよ。世の中ルナさんのようなお人好しばかりでは、物事を上手く進めることはできません。むしろ、冷酷な方が、上に立つものとしては向いています。私も上に立つにはそうした冷酷さが必要なのでしょうか……」
自分が王様になった後のことでも考えているのだろうか。
「……何を考えるのも自由だけど、少しは周りを気にしたほうがいいんじゃないかしら?」
「え……?」
「さっきからずっと、私達の話を盗み聞きしているやつがいるわ」
王女様はそんなことには全く気付いていなかった様子。まあ、常人には気配を感じ取ることはできないだろう。それほどには気配を感じ取りにくいことは確かだ。
「へぇ~、わかるんだ。少しはまともな生徒も居たってことかな。あたしが背後にいて気付けた人はこの学園にまだ誰もいなかったからさ。同学年ではね」
隠れていた人物は、楽しそうに喋りながら出てきた。まるで猫の耳のように髪を結んでいる、ブロンド髪の少女だ。
「あなたは……」
「ブルー=ファーストのセータ・イグリオン。以後、お見知りおきを……なんちゃって、ね」
セータ・イグリオン。そう名乗った生徒はこちらを小馬鹿にするような表情で挨拶した。
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