第12話 終盤

「クソっ! ここままじゃ終われない」


「せめて一個でも宝箱をっ!」


 結局、上で粘っていても成果の得られなかった人達が降りてくることになる。

 

 そうなれば、上の階層で物資を手に入れた人らはそこから動く必要はないし、後は試験が終わるのを待つだけになっているはず。


 こうなると、上に行ったほうが安全な可能性もあるけど、血の気の多い相手だと、上に行くだけで襲ってくる可能性もある。


 もう私の目的は達成されているはずだし、早く試験を終わらせる方向に切り替えよう。


 できるだけ宝箱を開けて試験を終わらせる。逃げるよりもその方が効率がいいし。


 戦いを避けたい臆病者、そう思われるのも構わない。実力がバレることの方が、私としては余程恐ろしい。


 どれだけ気を付けていても、いい目をしている相手を完全に誤魔化すというのはとても困難なことだ。隠すことは心身に大きな負担がかかる。


 片鱗を見せるだけで、人はそれに魅せられることもある。人の好奇心や探究心、執着心というのは厄介なものだ。


 それらから興味をなくすには、相手から確証を取るしかない。


 それがどんなものか、相手が確証を取れれば、興味というのは自然と薄れていく。期待外れであれば尚更だ。


 ただし、それに偽りの答えを出すというのは難しい。


 だとすれば、相手から興味が自然消滅するしかない。させるしかない。


 でもそんな面倒なこと、私はしない。例え数人に本質がバレたとしても、それは問題にはならない。


 たった数人にバレたところで普段から大したことのない振る舞いをしておけば、私としては問題ない。


 私とって最も重要なこと。それは私の本質を隠すことじゃない。誰かと争わないことでもない。


 大切なものを守るためなら私は、なんだって犠牲にできる。どれだけ高価なものでも、他人の心も、他人の命も、自分の命だって……。


 けどそれは最終手段。別に何かを犠牲にしたいわけじゃない。何も犠牲にせず、守り通せるならそれでいい。


 私が本質を隠すのも、その過程に過ぎない。関わりがある以上、情報がどこから漏れるかわからない。私が情報源になるかもしれない。


 そうならないために私は隠している。


 でも私は面倒なことが嫌いだ。時間を無駄にすることが嫌いだ。余計なことをするのが嫌いだ。


 多少のリスクを承知の上で、危険で効率的な方法を取ることはある。


 誰かが何かを知ったしまったところで、その相手を潰せばいいだけだからだ。私なら、それができると考えているからだ。


 自分というのは大切だ。どれだけ綺麗事を並べたところで、自分という存在が優先順位の上位にこない人間は、狂人以外にはいない。私も例外じゃない。


 もちろん、そうならないことが一番なのだけれど。この世は、綺麗事でできているわけじゃない。望まない未来が訪れることを、想定しなければならない。


 であれば、最初から最大の理想など、求めなければいい。


 この場で私が行動するのも、そうした考えの下にある。


「私はもう行くわ。争奪戦に巻き込まれるのは勘弁だもの」


 剣聖がいるというのはこういう時に便利になる。


 常識的に考えて、剣聖と一対一で剣の腕で勝てると考える人間はそういない。それなら一時休戦に持ち込み、大勢で剣聖に挑もうとするのが一般的な考えだろう。


 所詮、今の今まで下に下がろうとしなかった人間の考えることなんて、そんなものだろう。


 私は逃げるようにその場から立ち去る。私は早く移動した方がいいと言った。それ以上は言わない。


「あっ、待ってノアちゃん」


 慌ててカフカが私を追いかけてくる。私が特別急いでいたわけでも、走っていたわけでもないからすぐに追いついた。


「宝箱を開けて、早くこの試験を終わらせたいんだね」


 カフカは私の考えがわかっているみたい。まあ、これぐらいは簡単に読み取れることのはずだ。


「そうね」


「私もそうだからね。長引けば長引くほど、他のクラスの人に物資が集まる可能性が増えちゃうからね。もう物資をいくつか持ってるノアちゃんは、この後獲得できる量は少ない。私としても、ノアちゃんが動いてくれた方が助かるんだよね」


 利害の一致、いい言葉だ。最も信用性の高い関係なのだから。


「それに、特定の物資がないと攻略出来ない試験というのは考えられないよね。あくまで有利になるだけ。元々ないはずの物なんだから、別にたくさんの物資がなくても文句はないからね。早く終わるのなら、それでもいいんだ」


 私もカフカも理由は違うけれど、早く試験を終わらせたい。それはまさに利害の一致。


 過程や理由はどうだっていい。利用し合う関係さえ保てればそれでいい。


 それにしてもこの階層に宝箱が後八個残っているというのは本当に驚きだ。遅い。


 そもそもこうした争奪戦で中央辺りから始めるというのは基本的にはあり得ない。どっちかに移動するにしても、その後もう一方に行こうとすれば、時間と労力の消費はかなり大きい。


 常に中央に居続けるにしても、両方から狙われることになってしまう。争奪戦で挟み撃ちは最悪の展開と言ってもいい。


 恐らくは、誰かが上が多かったらその下から始めようとか、ここまで上がって誰もいなければそこで始めようとか、そんな考えから提案したのだろうけど、悪手でしかない。


 普通の人の感覚だと、これが普通なのだろうか。いや、それならカフカが一般的な感覚と違うことになる。それは考えたくない。


 とりあえず一つ、宝箱を開ける。拾う時間はもったいない。一瞬見るだけして、その場を後にする。カフカが取る分には気にしないけど、彼女にもそんな気はないらしい。


 ついてくる分には好きにしてくれていい。もっというなら、彼女が全部やってくれて、私がついていくだけなら完璧なのだけれど。


「分かれて探そう。すぐに終わるように」


 まあ合格点。過度な期待はしていないし。そもそも他人に期待するだけ無駄なのはわかっているし。


 最後に頼れるのは自分の力だけ。常に他人が使い物にならないと考えて行動しなければ、最悪の展開を招くこともある。


 他人を簡単に見捨てることができるようにする。親しい相手でも関係ない。


 ほとんどの人間は潜在的にこの思考をしている。自分の気が付かないところで。この外道のような思考が、自分という存在を守るのには最も正しいからだ。


 例えば親友や恋人と自分、どちらかが死ねば、どちらかが助かるとする。その時、選ぶ主導権が自分にあれば、ほとんどの人間は自分を助けるために親友や恋人を死なせる。普段善人であっても、普段自己犠牲を受け入れられる人であっても、ほとんどそんな結果になる。


 私とカフカは分かれて宝箱を探す。彼女がゆっくりと物資を回収していても別に構わない。それでもいくらか早く終わることには変わりないのだから。


 一つ、二つ、三つ。それなりに工夫して配置してあっても、部屋自体がそこまで複雑にできていないから見つけるのには苦労しない。かくれんぼのようなものだ。


 私にとってはそうした子供の遊びにしかなり得ないものだ。あっけない、簡単な遊び。


 四つ、五つ。


 これで合計七つ。この部屋の宝箱を全て開ければ、私の役目は終わり。後は奥の部屋で、試験が終わるのを待てばいい。そう大した時間はかからないはずだ。


 そして、もう一つ。宝箱を開けて、部屋は行き止まりになった。


 残りの二個はカフカが見つけてくれるだろう。それにしても、部屋が二つに分かれて、その内の片方にこれだけ宝箱に偏っているのは想定していなかった。


 階層によって偏っている位置が違うのだろうけど、そもそも部屋の構造がそれぞれ違うから、簡単に想像はできない。


 まあ、私の役目は終わり。誰かがここに来たとしても、宝箱から物を取っていけばいい。いちいち私にかまってる暇は、相手にもないはずだ。


 足音が聞こえてくる。静かなものだ。常人には聞き分けることのできないような微細や音。気配を消すのが上手い。まるで忍びのようだ。


 背後から剣が振るわれる。私はゆっくりと剣を抜いて、後ろを見ることもなく、相手の刃を受け止める。


「見ることもなく、受け止めるのはすごいね」


 素直な称賛。そしてこの声。相手が誰かは見るまでもなくわかる。


「ちょっと自信無くしちゃうよね。全く見ずに止められるのは」


 ゆっくりと振り向く。そこにいるのはカフカだ。


 今の状況、基本私にかまっている暇はない。それは宝箱から物資を獲得するため。それは物資をもうすでに十分獲得している人には関係ないことだ。


「たまたま剣を抜いたタイミングがよかっただけよ。まあ、タイミングが悪かったら斬撃が当たっていたから笑い事ではないけれど」


 適当な嘘。ただ剣を抜いただけで受け止められるはずがない。そんな奇跡が起こるはずもない。


「試験ももう終わりだね。こっちは宝箱を二個開けてから、ノアちゃんを追いかけてきた。だからこの階で私達にはできることはもう何もない」


 カフカの言う通りだ。やることがあるとすれば……。


「最後に残った時間、ちょっとだけ私と遊ばない」


「あいにく、私はあなたほど強くはないの。あなたの期待には答えられないと思うけど」


「それでもいいよ。こっちが合わせるから」


 ただの暇潰しに、ずいぶんとご執心なことだ。


 ……この近くに誰かが来る気配はない。私は少しだけ彼女に付き合ってあげることにした。

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