第五話 「レジェンド」「扉」「邪道」

 あいつはおれの目障りだった。

 昔からあいつだけはおれより強くて、おれより頭が良くて、おれより女にモテた。

 おれは、とある国際的な犯罪組織の子どもとして生まれた。

 組織には同世代の子どもがたくさんいたが、おれは群を抜いて優秀だったのですぐに頭角を現わした。窃盗、詐欺、誘拐、略奪、脅迫、交渉……。

 どんな仕事もバンバンこなし、すぐに出世した。一〇代後半の若さで幹部へと出世し、将来の最高指導部まちがいなしと言われていた。だが――。

 そのおれの上を行くたったひとりの存在。

 それが、あいつだった。

 あいつだけはおれ以上の手腕を発揮して、おれ以上の功績をあげていた。

 おれ以上の信頼を最高指導部から受けていた。

 あいつはいつだっておれの上にいた。おれが『将来の最高指導部』と言われているとき、あいつは『将来の首領』と言われていた。

 あいつのせいでおれは永遠の二番手だった。

 だが、それも終わりだ。

 おれはついにあいつを出し抜く方法を発見した。


 犯罪界のレジェンド。

 そう言われる希代の犯罪者がいた。

 そのレジェンドは警察に捕まることも、同業者に殺されることもなかった。現役引退後は離れ小島を買い込み、そこに、屋敷を建てて、ひとりで余生を過ごした。

 そして、そのまま天寿を全うした。その屋敷に、人生で得た莫大な財宝すべてを残して。

 『この宝を手に入れたものは、次代のレジェンドになるだろう』

 そう言い残したと言われている。

 つまり、その屋敷こそは次代のレジェンドになるための扉というわけだ。

 もちろん、レジェンドとまで呼ばれた犯罪者がおいそれと自分の遺産を他人に譲るわけがない。島と言わず、屋敷と言わず、その場は宝を目当てにやってくれる侵入者を排除するための仕掛けに満ちている。いままで何人もの挑戦者が挑んだが、ことごとく命を失ったと言われている。そんな危険きわまる謎の島をおれはついに発見した。そして――。

 その島のことをあいつに教えてやった。

 思った通り、あいつはすぐに島に向かった。おれはこっそりそのあとをつけた。

 おれの計画はこうだ。

 あいつを先行させてすべての罠を発見させ、最後のさいごで出し抜き、お宝を手に入れる。

 そして、おれはあいつをしのぎ、犯罪界の新たなレジェンドとなる。

 邪道というなら言うがいい。そもそも、犯罪そのものが邪道なのだ。ならば、邪道を極め、邪道のレジェンドとなるのみだ。それが、犯罪組織に生まれたおれの宿命。

 そう。おれはいま、レジェンドの扉を開けたのだ……!


 「さあ、今年もやって参りました、第一八回レジェンド杯! 犯罪界のレジェンドと呼ばれた男の宝を手にする猛者は現れるのか! それとも、今年もまたすべての挑戦者が返り討ちとなるのか。注目の一戦のはじまりだあっ!」

 ……おれは薄暗い部屋のなかでひとり、モニターを眺めていた。

 そのモニターのなかでは今年も恒例のイベントが開かれ、大賑わいを見せている。

 あいつ。

 あの目の上のたんこぶは、今回もおれの予想の斜め上を行きやがった。

 あいつは島の位置を知っても自分で挑戦することはしなかった。そのかわり、島の情報を世界中に公開し、宝探しのイベントを開きやがった。

 たちまち、世界中から一攫千金狙いの挑戦者たちが集まり、イベントは大成功。その動画配信は世界中で大ヒットした。

 このイベントは『レジェンド杯』として毎年の恒例となった。犯罪界のレジェンドが残した宝の謎と、挑戦者を阻む数々の仕掛け。それに挑む挑戦者たちの創意工夫。

 その真剣勝負に世界は熱狂した。

 この一件でたちまち富と名声を手に入れたあいつは、それからも次々と世界的なイベント企画を成功させ、『ショービズ界のレジェンド』と呼ばれるまでになっちまいやがった。

 それだけじゃない。

 もともとの犯罪組織まで買い込み、自分のものにしちまいやがった。そして、堂々と人材派遣業をはじめた。なにしろ、もともとが手八丁口八丁の犯罪集団だ。交渉に、犯罪対策にと引っ張りだこ。こっちの業界でもレジェンド扱いされちまった。

 そう。あいつはレジェンドの島を踏み台に暗黒世界から抜け出し、日の当たる世界に君臨したんだ。おれのくれてやったレジェンドの島の情報をもとでにして。

 それから、十数年。

 あいつはいまじゃ世界のセレブの仲間入りだ。

 きれいな嫁さんをもらい、可愛い子供にも恵まれて、自家用ジェットで世界中を飛びまわる優雅な暮らしを送っていやがる。一国の政治家にも意見し、世界の在り方に影響を与えることの出来るひとりとして知られている。それに比べ……。

 おれはあいつのものになっちまった組織を抜けて、フリーの犯罪者になった。

 おれの能力ならひとりでもやっていける。すぐに、前の組織より巨大な組織を作ってやる。そして、新たな犯罪界のレジェンドになってやる。そう思っていた。ところが――。

 組織の情報力と資金力、そして、バックアップを失ったおれに出来ることは限られていた。それまでのような世界を股にかけた大犯罪など行えるはずもなく、ちんけな詐欺を仕掛けるのが精一杯。いまも一般庶民相手のケチな詐欺師として暮らしている。

 結婚も出来ず、子どもも、もてないまま……。

 どうして、こうなった?

 レジェンドへの扉を開くのはおれのはずだった。

 そのはずだったんだ。

 それなのにどうして⁉

                 完

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