閑話:鈴木よしおと日曜日①

 ◆


 日曜日。


 本業も副業もオフの日だった。

 よしおは冷蔵庫を開け、アボカドを2つ取り出す。


 縦にぐるりと切って、合掌をするようにアボカドを持ち、切れ目にそって半分に割る。

 そして種をこじりとり、手で皮をむいていった。


 綺麗に剥かれたアボカドを思い思いにカットし、皿に盛り付ける。


 そして別皿を取り出し、ラー油、醤油、酢を混ぜ込む。


 よしおの好きなアボカドのつまみの完成だ。

 野良犬でも出来て、しかもそこそこ安くて、まあまあ旨い。


 酒はコンビニで買ってきたハイボールだった。

 よしおはハイボールしか飲まないのだ。

 幾ら飲んでも太らないから、というのがよしおの言い分である。


 休みの朝から酒とつまみで映画鑑賞というのはいかにもおっさんくさい。服装もトランクスにウニクロのヒートテックという格好だ。


 足取り軽く酒とつまみを部屋にもっていき、テレビをつける。

 そしてハイアースティックを操作し、ネットスリックスを起動する。


 これは要するに動画配信サイトなどを中継器をつかってテレビで写すことが出来るツールであった。

 テレビ自体がインターネット通信が出来るスマートテレビなどならば不要かもしれないが、よしおのテレビはそうではない。


 酒の友として選んだ映画はかなり昔のホラー映画だった。

 よしおはホラー映画が好きなのだ。

 別に映画なんぞみなくてもホラーな展開には事欠かない彼ではあるが、リアルなホラーというのは全く楽しくない。


 まあ当然である。

 ホラーな存在というのはやはりそうなるまでの経緯というものがあり、それらは悲痛で悲惨なものばかりだ。

 全く楽しくない。


 だがエンターテイメントとして作られたホラーにはそういうものはない。設定として悲惨なものはあったとしても、それはつくりものだ。


 だからよしおも楽しんで映画を鑑賞できる。

 今回よしおが選んだホラーは、携帯電話の着信音にまつわる有名ホラーだった。


 自分の番号から掛かってくる“その着信”。

 それは死の予告であり、着信を受けた電話の持ち主は怨霊らしき存在により無残に殺害されるというストーリーだった。


 随分と迂遠な事をするな、と思いながらもよしおは楽しみつつ映画を鑑賞する。

 明らかに異常が発生していながらもそれを認めようとせず、危地に飛び込んでいく青年が死ぬ様はもはや喜劇であった。


 だが、とよしおは考えを改める。


(着信を受けるという行為は一種の契約行為なんだろうな)


 特定の行動を取った場合に危険度が跳ね上がるタイプの霊異現象というのは珍しくない。


 例えるならば海外で強盗にあったとして、銃を向けられて素直に従うか無視するか、という話に似ている。

 タカを括って警告を無視するならば撃たれて死ぬだろう。

 だが素直に従えば金品を奪われるだけですむかもしれない。

 そういう話だ。


 明らかな霊異現象に巻き込まれ、異常、異変を直面したときは相手が何を自分に求めているのかを察するというのは非常に大事な事だ。


(恐らく、この契約行為を完了させることにより人を死に至らしめるだけの干渉力を生み出しているんだ)


 要するに、自分の力では人ひとりを殺傷する事が出来ない為に詐欺紛いの契約を迫り、それをもって呪いを実現させているのだ、とよしおは思う。


 目的に向かって試行錯誤し、自身に出来る事に全力で取り組むといった姿勢をよしおは好ましく思っていた。


 現実の霊異というのはもっと即物的で、毒物電波のような怨念を直接頭に流し込んで発狂させるみたいな真似をする悪霊も多い。それが善いか悪いかはよしおには興味がなく、工夫がない事に彼は失望を禁じえない。


 本当に憎くて殺意に満ち溢れているのなら、もっとなにか工夫をすべきだとよしおは思っている。

 雑に仕掛けて失敗するというのは、目的に対して誠実ではない。


 ――誠実さだ


 人間は誠実でなければいけない。

 人間じゃないものだって誠実でなければいけない。

 よしおの狂った誠実さの押し付けはその辺の怨霊の理不尽な呪いなどより余程タチが悪かった。


 ちなみによしおが映画と同じ状況になった時、死の予告の着信を受けた瞬間に激怒する。


 生や死というものは当人にとっては非常に重要な事だ。

 どこの世界に余命宣告をメールで済ませる医者がいるというのか?


 死を告げるというのに電話で済ませるというのは、相手に対してのこの上ない侮辱である。

 よしおはこうみえて杓子定規な性質を持つため、筋を通すか通さないかのような事には非常にうるさいのだ。


 激怒したよしおの霊力は霊体への猛毒と変じて電話回線に乗り、件の怨霊に逆撃を仕掛けるだろう。


 この世ならざる存在の恨みやつらみ、怨念といったものが人を害する事が出来るというのならば、この世の存在の赫怒が、狂気が霊を焼き尽くすことだって可能…そんな滅茶苦茶で、どこか合理的?な意思がよしおの祓いの暴力術を成立させていた。


 ◆


 アボカドのつまみは既にない。

 職場で高野真衣からもらったみかんを食べながら、よしおはじっとテレビを観ていた。

 予告着信を受けた少女が心霊番組に出演し、ライブで殺されるという悲しいシーンだ。


(悪くはなかったけど)


 これ以上干渉してくるならただで済まさないぞという臨戦の心構えは除霊には非常に重要である。

 勿論それで霊が激昂して余計酷い目に遭う事も少なくないが、まあ死ぬだけで済む。


 恐怖に震え、霊の思うがままに殺されてしまえば最悪その霊に取り込まれてしまう。

 そういった恐怖の感情は甘美であると相場が決まってるからだ。そうなれば苦しみは霊が祓われるまで続くだろう。


 いずれにしても耐え難い恐怖に耐え、最後の最期まで抵抗の意志を見せた少女は天晴れだった、とよしおは軽く拍手をした。


(僕もああいう生き方ができれば。あすなろの木のようにまっすぐな性根で生きたい)


 首が捻り折れ、事切れてしまった死体。

 その眼はカッと見開かれている。

 当然演技なのだろうが、その死に様の演技にはダイナミックに神経に訴えかけてくるような迫力があった。


 その時、よしおのスマホからピロン、という通知音が鳴る。

 見れば灰田 晃からのメッセージであった。


 翌日のバイトを休みたい、との事だった。

 よしおは特に理由を問いただす事も無く、分かりました、とだけリプライする。


 晃は元より出勤は不安定だ。

 よしおにはバンドマンの生態というものは分からないが、これは事前に説明されていたことなので休む理由なども一々聞かないし、基本的には即OKする。


 礼と共に、再度のリプライ。

 相談したい事がある、との事だった。


 金を貸せとかだったら断わろうとおもい、よしおは先を促した。


 ――人を攫う鬼…みたいなお化けっているんスかね?


 よしおは小首を傾げ、スマホのディスプレイに鼻をぴったりくっつけ、思い切りを吸い込んだ。

 僅かに香る、血の匂い。

 ピリピリとした感覚が鼻の粘膜を刺激する。


 よしおは腕を組み、さてどうするかと思案に暮れた。

 放って置けば余りよい事が起こらない…そんな気がするのだ。

 かといって休みの日に厄介事に手をつける気にもなれない。

 ましてや“副業”ではないのだ。


 だがまぁ、話を聞いてみないことには始まるまい、とよしおは事情を聞く事にした。

 幸いにもハイボール(Alc9%)はまだ2缶ある。

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