第9話

 青い絨毯が赤色で彩られている。人々は救いを求めてその先にいる青い服を身にまとった男にその砕けた足で近づいていく。

 玉座に腰かける若い男は慈悲深く彼らに手を差し伸べる。


 男が好きなのは暗闇。底の見えぬ、果てしなく黒い黒い闇の中。それを見せてくれる人間であれば男は気に入るだろう。そして永遠に、

 自分のものにしようとする。


 しかし、男はとてつもない力を持っている。世界でたった一人。いや、どの世界線探しても男ほどの力を持つ者はいない。だからこそ男と同じ世界に、同じ時に住んでることを幸福と考える人々が男に助けを求めるのだ。

 彼の作り出す永遠を求めて。


「──様。家族全て殺されました。私はもう生きていけません。お恵みを」


 一人の若い女が玉座に堂々と座る男にすがりつくように祈るように、懇願する。


「光はいらぬ」

「光……私に光などありません! もう、死んでしまいたい」

「光を持つ者は幸せだ。幸せになれない可哀想な者のみが、必要なのだ」

「私は、そんな、光なんて」


 女は項垂れてその場に倒れ込んだ。男は右手を少し上げる。その瞬間どこからか顔を隠した兵のような人が二人現れた。女の腕を無造作に掴み上げると男の前から消えていった。


 男がこの世で望むのはただ一つ。たった一つなのに、なかなか手に入らない。


 ◇◆◇◆◇◆


 ロウとリヴは国の中心にある大きな城に入った。現在住んでる人はおらず、観光スポットのようになっている。黒い壁面が横にも縦にも長く、その存在は威圧感を放っていた。

 ロウはその城の地下へと繋がる階段室の扉の鍵を作り出してどんどん深くへと入っていく。埃が舞ってリヴは咳き込んでしまった。

 階段を下りきった先の扉を開けると、そこには牢獄のように無機質な石で造られた大きな部屋があった。本棚に本が隙間を開けて並んでおり、木でできた机と椅子だけがぽつりとある閑散としている部屋だった。

 一冊の本を広げ、本の中に入り込んでいた埃を払いながら読んでいくロウをリヴはただじっと見ていた。


「シュヴァイティル家が王になったのは、彼らの一族が特別な力を持っていたから。命と引き換えに自分の望むことを叶えられる。そうして彼らは自分たちの理想とする国を築き上げて、今に至ります。シュトゥルはそのシュヴァイティル王国で王の座に座っていた人間でもあります」


 突然話し出したロウの言葉に耳を傾けていたリヴは最後の言葉に愕然としてしまう。威圧感のある人だと思ったことはあったが、王様だったとは。


「シュトゥルは一族の中でも特殊でした。生きている内に何度でも力を使える人間。一族は彼を利用しました。どんな惨いことも、彼にやらせて。シュトゥルはそんな一族から逃げるために、一族を全て根絶やしにしました。彼はその中で絶望の顔を見せた自分の妻に快感を覚えてしまった。そうして絶望した人間を集めるようになったのです。しかし、絶望した人間はそういない。シュトゥルは諦めました。何をしたって、どんな残酷なことをしても人々は絶望しない。希少な人間をこの手に集めるために、シュトゥルは力を使って生み出しました。あの幻想世界を」


 本を読み終えたのか、ロウは本を閉じて次の本を探すように本たちをなぞっていく。ロウはこの世界の文字を読むことができるのだろうか。リヴはロウの世界の字を理解できなかったのに。でも、ロウはリヴの書く文字を理解していなかった。リヴの頭に様々な謎が溜まっていく。

 分からない。

 その感情が、リヴを包んでいく。


 感情が。


「どうして、ロウさんはそんなにシュトゥルさんについて知っているんですか?」


 そう尋ねてきたリヴの顔をロウは見る。まじまじと長く見た後、下を向いて少し息を吐いた。


「調査してますから」


 微笑んでロウは言うとまた次の本も読み終えて次の本を探していく。

 リヴは部屋の中を探索してみることにした。本と机と椅子しかない部屋。窓すらなくて牢のよう。


「幻想世界にいる人間には心がありません。なぜなら心を奪われているから。体が感じても、心は感じない。まさにシュトゥルの夢見た世界です。私は、それを止めなくてはならない」

「え?」

「……おや。うっかりしてしまいました。リヴ、今日は帰りましょう。バレてはまずい」


 ロウはリヴの手を強引に掴むとその部屋から出た。溢れる観光客の波を抜けて市街を歩く。人にぶつかってもお構いなしに少し早めに歩き続ける。リヴがどんなに声をかけてもまるで聞こえていないかのように。

 ロウは最初に足をついた場所に戻ってきた。そこにまた新しく渦を作り出してリヴをその中に押し入れた。


「もし、誰かに何かを聞かれたらこう言うように。『渦の暴走』と。振り回してすみません。ではまた」


 ロウの微笑みが闇に呑み込まれて、リヴはロウの姿を見ることはできなくなった。最後、渦が消える前にロウともう一人見えたように気がした。どこかに死者でもいたのだろうか。

 リヴは疑問に思いながらも歩いてシュトゥルの部屋に向かう。ロウからあんな話を聞いた後では少し会うのも複雑な気持ちだ。


 深呼吸をしてから目の前に現れた扉を開けるとそこにシュトゥルはいなかった。いたのは、コーラウただ一人。


「……こんにちは」


 リヴがそう声をかけてもコーラウは何も言わない。リヴは頭を下げて自分の部屋に向かうためにまた扉を開けようとする。


「心」


 後ろから低い声が聞こえてリヴは振り返る。コーラウはじっとリヴを見つめている。


「心が、どうかしましたか?」

「……ロウ。心、羨ましい」


 ぼそぼそと話す声を何とか聞き取れたリヴはその言葉に戸惑う。心が羨ましいとはどういうことだろうか。それに、ロウの名前を出したことにリヴの謎が深まっていく。リヴが首を傾げるとコーラウがのそのそと猫背のまま近づき、リヴと鼻と鼻が触れ合う近さまでになった。その睨みはまるでリヴの体を突き刺すようで。


「すみません、言っている意味が──」

「シュトゥルに気を許すな」


 コーラウはリヴを睨むその目に一層力を込める。


「あと、ロウにあまり関わらない方が良い。世話係だから仕方ないが、不必要に絡むな」

「どうして……」

「あと、お前らは心はいらないと言うが、必要だ。心で感じなくてはいけない。心は、死んでも自分のもの。繰り返しても手放すことのない唯一無二のもの。ロウが羨ましいな」

「ロウさん?」

「ここにいる人間とどうにかなろうなんて考えるな。皆、狂ってる。助けてもらおうなど考えるな」


 そうコーラウは言うとそのまま部屋を出ていってしまった。リヴは瞬きを繰り返してその場に立ち続ける。考えるのは自分の部屋に行ってからにしようと踵を返したとき。


 目の前に微笑むシュトゥルがいた。


「リヴよ、可哀想な少女。今日仕事を与えた覚えはないが、どうしていた?」


 リヴの背中に冷たい汗が流れた。

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