第8話「超空間の鏡」

 私は星を目指した。恐怖しながらも。



「私はこちらの恒星系第三惑星である地球のホモ・サピエンス、通称人類という生物種の代表の調査員です。あなたはどのような生命体のどの集団に属し、どのような職業か、教えていただけませんか?」

「私はこのY星の生物種Gの代表だ。会えて光栄だが、早急に伝えなければならないことがある」

「それは何ですか?」

「地球の人類、Y星のG類に共通する脅威、大いなる群れ達だ。正確には、我々が脅威に変えてしまった」

「あなた方と敵対する種族なのですか?我々にも攻撃して来ると?」

「攻撃だと彼らが認識しているかも定かでない。そもそも思考体系が大きく異なるため、相互理解はきわめて困難であり、少なくとも今は出来ないために、互いに危険だ」

「何故そうなったのですか?」

「我々が単独の意識を独立して持つ中央集権の個体ならば、大いなる群れ達は、分裂や出芽による生命が繋がり、分散した意識を持ち、統合されない体で地方分権の文字通り群体なのだ。そのため、我々と君達の連絡手段ではどうしても1対1の理解が滞り、互いに苦痛や不快感を与えて、攻撃とみなされてしまう」

「…つまり、我々の連絡手段の前提が、私とあなたのように異なる種族では成り立っても、彼らには通用しないのですね。それは悲しいことです。私達はいかなる生命とも平等に通じ合える理想をこの技術に期待していたのですが」

「私も残念だ。この技術ははるか彼方の、そして異なる生命とも理解し合える、真の平等と自由の手がかりだとみなしていたが、限界があった」

「そのように異常な生命が、宇宙にはいるのですね」

「君達は誤解しているかもしれないが、そのような生命は君達の地球にもいる。むしろそちらの方が一般的かもしれない」

「どういうことです?」

「私の体を仲介して、地球の別の生命と、少しだけ、反応を確認する程度に、連絡してみてくれ。たとえば、君達の送った記録にある、サンゴのポリプや群体ボヤにだ」





 彼らの連絡手段とは、量子もつれや粒子加速器やブレイン・マシン・インターフェースによる、光の速度を超えた超空間通信だった。

 アインシュタインの相対性理論では、光の速度を超えた運動は時空の歪みや質量から不可能であり、情報も光速まででしか伝わらないとされた。

 しかし、アインシュタインが関わりながらも否定的だった、極小の物体を扱う量子力学では、物体の状態、位置と速度は同時には確定せず、観測して初めて定まるとされる不確定性原理があった。

 これにより、量子論では、一度作用し合い離れた物体が時間ゼロで影響し合い、光の速度で情報を伝えるより先に一方の変化が他方に伝わる「量子もつれ」という現象があるとされる。

 また、この宇宙はビッグバンにより生まれ、最初は宇宙全体が極小の状態だったとされる。

 20WX年に、ある物理学者により、ビッグバンの時期に接触し合っていた素粒子が、離れた現在でも相互作用し合う現象が発見され、そこから光では届かない遠距離でも、炭素や窒素、中性子などの粒子の超光速相互作用から、他の惑星と通信し合う技術を開発した。

 しかし、これには難点があった。巨大な粒子加速器でしか粒子を扱えず、また情報がほとんど統合出来ず、その上惑星を超えた遠距離でしか実験出来ない。

 その解決策が、かなり危険なものだった。

 人間の脳と機械を繋ぎ、電気信号で動く義手などに関わるブレイン・マシン・インターフェース|(BMI)を使い、超光速通信の情報を、人間の脳の助けで統合する技術が開発された。

 しかし、その通信先が人間に匹敵する知能を持つ生命体の脳でない限り、まとまった情報を得られないと予測された。はるか遠くの惑星の知性体同士のテレパシーのような通話にしか、この技術は使えない。

 通常の運動の技術ならば無生物、人間以外の生物、人間と段階的に試すのが、この技術はまず人間から試さなければならなかったのだ。

 その実験第一号が、このY星との通信だった。

 この志願者のように、危険でも超光速通信によって新たな宇宙の友人を見つけられるという希望を抱いていた。


 「私は星を目指した。恐怖しながらも」と言い残した志願者がいた。


 だがそこに、未知の危機が発見された。それは予想していたような悪意ではなかった。


 そもそも、BMIでも、生物学でも、心理学でも、「1つの意識」や「魂の数え方」が曖昧だと、人類より先にこの技術を試していたG類は気付いたのだ。

 地球でも刺胞動物のサンゴや脊索動物のホヤの一種は、分裂や出芽によるクローンを集めて、同じ構造の体を集めて群体と呼ばれる状態になる。

 「彼ら」は動かずに流れて来る獲物や餌を捕らえるが、天敵などに攻撃されても動かない固着動物だ。しかしそれは、群体でそれぞれの部分が同じ役割を果たすため、一部の損傷であまり全体が困らないのだ。神経もあまり発達せず、彼らは中央集権の脳ではなく分散した地方分権の意識を持ち、感覚も倫理も大きく異なる。

 植物もそのような群体らしく、喰われても痛がらないのは、そのような地方分権の知性であるためだとされる。彼らには、「代わりがいくらでもいる」のだ。

 Y星にも、G類が発見した別の惑星にも、群体の生物がおり、G類は別の惑星の群体と通信したものの、そもそも「1つの精神」に当たるものがないため、計り知れない不快感や苦痛を与えて、「抵抗」として様々な防衛反応が情報としてG類の調査員に送り込まれた。

 それ以来、彼らは様々な生物と通信したが、失敗も多かった。植物に近い光合成をするが個体の概念を持つミドリムシに近い生命とは話せても、ボルボックスのような群体とは、「そもそもどこからどこまでが個体なのか」が分からないために理解し合えない。そうして本来悪意のないであろう、そもそも知り合わなかった宇宙生命を敵に変えてしまった。




 また、近距離でこの超光速通信は出来ないが、他の惑星の生命を通じて、自分の惑星の少しずらした地点に「戻る」ことで、同じ惑星の別の生命と通信する「中継」は可能だった。

 そこで人類の代表は、G類の代表の体を通じて地球のサンゴと通信した。

 その先には、G類が抱いたのと同じ後悔が待っていた。

 群体でも、クラゲの一種のカツオノエボシは、それぞれが異なる役割を果たす多型群体だとされ、サンゴなどの同型群体と区別される。動く多細胞動物などが、場所により役割が大きく異なり、そもそも多型群体、「出来損ないの群体」のようだと、彼らにはみなされているらしい。そこから生まれた「一個体」という概念そのものが、サンゴ達には異質なのだ。サンゴ達も、同じ地球生命からの交信を拒絶した。


 人類とG類の代表は、それぞれ淡々と話しているような文章だが、それぞれ実際は、驚きや焦りや恐怖に満ちた口調で話している。情報量を削ぎ落とした機械語の通信のため、感情表現に乏しいのだ。



 人類の代表は、仏教の如来蔵という思想を知っていた。人間だけでなく動物、植物もまた仏性という尊い性質を持ち平等だというある種の理想であり、それが宇宙人と分かり合うのに必要かもしれないと考えていた。

 だが、「そもそも1つ1つ数えられない生命はどうするのか」という論理を考えたことがなかった。

 植物や菌類は、根で繋がり、どこからどこまでが一個体が分からないことは多い上に、人間が恐れるクローンをたやすく作る。サンゴなどの固着動物の群体もだ。

 「宇宙人とも1人1人平等に分かり合いたい」という理想が、生物の限界から自由になりたいという目標が、「魂の数え方」という前提から崩れてしまった。



 この超光速通信は、人類に「超空間の鏡」とも呼ばれていた。空間を超えて、他の生命と情報を通じ合わせ、鏡のように交換し合うためだ。

 しかし、サンゴ達が相手では、鏡は歪み、無数に自分が分裂してしまう苦痛があった。

 星の鏡は、人間を醜い侵入者に変えてしまったのかもしれない。

 人間の目指した先の相手が星ならば、大いなる群れは星座だった。星と星座は、たとえ構成素材が同じでも、話は通じないのかもしれない。

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