第6話「反面教師の遺産」

 彼らは警告を残した。自分達が変えてしまった世界で、新しい破壊をもたらす次の文明へと。自分達のような過ちを繰り返さないようにと。





 20WW年。




「藻類のミドリムシは非常に栄養価の高い食糧です。植物と動物の要素を併せ持つこの生物と米があれば、人間に必要な栄養はそろいます」

「ミドリムシがそんなに万能の生物ならば、何故これまで養殖されなかったのですか?」

「ミドリムシの栄養価が高いため、他の生物に喰われやすいのです。また、植物プランクトンには大量の鉄が必要です。そこで我々独自に発見したX触媒は、地球の鉄鉱石の酸化鉄を、効率的に鉄へと還元するだけでなく、ミドリムシ以外の生物を寄せ付けず、即座に必要な植物プランクトンにだけ鉄分を与えて一気に繁殖させます。食糧資源の新しい一歩となるでしょう」



 彼らはこれを待っていた。自分達の3つの遺産が合流するときに、初めて警告が次の文明へと表示されるのを。



 彼らはシアノバクテリアの細胞のネットワークがもたらした集合知性体だった。シアノバクテリア・インテリジェンス、CBIと、のちに気付いた人間は名付けた。

 植物も細胞の反応などにより、知性を持つ可能性が指摘されていた。たとえば植物の根からは、パソコンのクリック音のような音が微細に発生しているという。細胞壁が壊れる音だとされるが、これこそ植物知性体の信号だったのだ。

 単細胞生物でも、従属栄養の粘菌で、人間の脳のようなネットワークを持つことで、知性的に振る舞う種類がいる。「知性」の定義が曖昧であるため、長らく人間は気付かなかったのだ。

 CBIは、光合成による酸素で地球の生命を維持してきた。何億年もの間、地球のガイア仮説に基づく化学的な負の調整作用によって環境を守ってきた。

 原核生物だった頃に、他の古細菌の細胞に侵入して、葉緑体となり、酸素に耐えるために細胞に核をもたらし、真核生物へと進化させた。

 そうして植物細胞の中にいることで、彼らは地球環境で生き続けてきた。





 しかし、彼らは人間の環境破壊にたいして憤っているわけではない。また、植物が動物に食われる、捕食への怒りも特にない。

 捕食に怒らないのは、彼らは集合体であり、「全体で1つ」の地方分権のような知性を手に入れており、一部の損害が全体に致命的な影響を及ぼしにくいネットワークを持つためだ。運動や捕食のために、中央集権のような神経による痛みを持つ動物とは、根本的に危機の意識が異なる。一部を分離させて、他の場所で繁栄させるのに痛みはむしろ有害だった。

 むしろCBIは、藻類と共生するウミウシなどを分析して、動物のような多細胞で従属栄養の生物が、一部の損害で、何故これほど痛みを感じるのかと、理解し切れないでいる。数学的な情報として「痛み」を理解しても、それに共感まではなかなか至らないのだ。

 彼らは、人間が環境を破壊することにもそれほど怒りはない。何故なら、数億年間ガイアとの相互作用で酸素濃度を保ってきたが、それ以前にガイアの環境を最初に破壊したのが彼らだからだ。

 シアノバクテリアは、光合成の酸素により真核生物への進化をもたらしたとされるが、当時の原核生物のほとんどを絶滅させた、最大にして人間以外で珍しい環境破壊の張本人だとされる。ガイア仮説において、地球の思春期と説明される。

 それは、彼らが自ら破壊した環境に耐えられる、生き延びられる知性を持っていたためだったのだ。

 たとえば植物の細胞壁を構成するセルロースは、多くの動物に消化しにくいが、草食動物は体内の微生物に消化してもらっている。その消化酵素は、体外で働けば周りの植物を滅ぼす危険性がある。そうならないのは、特別な工夫や善意があるのではなく、体外に酵素をもたらす突然変異をすれば、直ぐに自滅して進化の流れから外れるためだともされる。

 つまり、人間以外の生物が基本的に環境を破壊しないのは、「すれば直ぐに自滅するから、長続きしないから」という面がある。優しさや善意の問題とは言えない。

 シアノバクテリアも、自らの環境破壊による自滅を防げた珍しい生物だったのだが、それは知性があったためだったのだ。

 シアノバクテリアの光合成を可能にしたのは、地球磁場の変化により、太陽からの有毒なエネルギーが遮断されて可視光線だけ浅瀬に届くようになったためだともされる。

 その原因はCBIにもまだ分からないが、自ら放出する酸素に当時のほとんどの生物が耐えられない大規模な環境破壊を、彼らはしてしまった。そこで自分達の一部や別の生物の一部が生き残るように、高い知性の技術によって生物を改造していたのだ。その果てに、酸素濃度は22パーセントほどでようやく落ち着き、彼らの環境破壊は収まり、新たな環境が生まれたに過ぎなかった。



 CBIの3つの遺産とは、まず光合成により海中の鉄分が酸化して沈殿した縞状鉄鉱床だ。人間が利用する鉄の重要な源である。

 これが縞状なのは、季節の変化により光合成の程度が変わり、鉄とケイ素が積もりやすい変化が年輪のように交互に起きた名残だという説も人間の学問にあったが、確証はなかった。

 実際は、彼ら知性体の文明の経済に、人間の景気循環のように物質生産の量を変化させる周期があったのだ。それはゴミの濃度の分布に過ぎず、むしろ彼らの恥だった。

 そして、植物と動物の要素を併せ持つ、言わば最先端の栄養合成装置がミドリムシであり、それを知性の低い家畜やロボットのように扱っていた。

 クトゥルフ神話の「古のもの」がショゴスを操るように。

 さらに、光合成能力を持つ植物の一部を、化石として残るように調整していた。いずれその石炭が、酸化鉄を還元するために使われるようにだ。




 仮に知性で環境を破壊して食糧に困る動物が現れれば、そのときにいつかミドリムシを利用して、鉄と炭素を求めるのを予測していた。

 そこで、縞状鉄鉱床とミドリムシと石炭に、それぞれに応じた種類の、化学反応でも残る、わずかな不純物としか人間に認識されないナノマシンを彼らは仕込んでいた。石炭で還元される酸化鉄に2つのナノマシンが結合してそろい、ミドリムシに与えられるときに、初めて3つのナノマシンがそろう。

 そのとき警告が表示されるのだ。といっても、次の文明にたいして有害ではなく、むしろ贈り物だ。

「我々のような環境破壊を繰り返さないでください。我々にも環境破壊をある程度止めてきた知恵があります。それを教えますので、参考にしてください。仮に失敗したときは、我々のようにあなた方も自らを改造して、次の環境に耐えられる準備を教えます」

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