第43話 エマ・フォン・ヘストロア

 静かな空間が俺たち二人を包むが、先に行動したのは彼女だ。

 真白なドレスを纏った彼女は、ソファーに座り読書を始めた。


 ええー……このタイミングで読書……。

 とりあえず、分からないことがあるので聞いてみるとしよう。


「あのさ。さっき母上が言っていた許嫁って……」

「聞いたままでしょ。詳しくは知らないわ。お父様と叔母様が決めたことだもの」


 読書をしながら答えるエマ。

 叔母様……。フリーダの事か。現ヘストロア公爵の娘ってことは……俺たちは従妹同士になるのか。


 俺はエマと対面になるソファーに座り質問を続ける。


「君はこれに納得しているの?」

「納得も何も、これはお父様の決定よ。逆らうとかできないわ。お父様からはベルフィアを手に入れるまでは帰ってくるなと言われたし」


 あー。なるほど。俺が次期ベルフィア当主になり、その結婚相手に更にヘストロアの血を足せば、その子供は完全にベルフィアではなくヘストロアの血の方が濃くなる。


 そうなれば名実ともにベルフィアはヘストロアの物になるだろうな。

 しかし、そうまでしてベルフィアが欲しいのだろうか?

 ヘストロアとベルフィアの領土は離れており、飛び地も飛び地である。さらに帝国との国境で管理も大変だと思うが。


「それにしてもあなた。なんで私と対等に話しているのかしら? 私たちは許嫁でも私は公爵令嬢よ? あなたは、たかが辺境伯の息子でしょう? 私は母も由緒正しき公爵家の出だし、貴族としての格は私の方が断然上だと思うけど?」


 おっと。クール系美少女かと思ったら案外高飛車系か?

 どちらにしても今までにないタイプだ。

 マリアもルーナもカトレアも俺の言うことに逆らえない立場の人間だしな。これはこれで新鮮ではある。


「これは失敬お嬢様。私の無礼な態度をお許し下さい」


 俺はちょっと大げさに振る舞い、彼女の足元に跪いた。


「……。あなた意外と物分かりが良いのね。もっとプライドの高い典型的な我儘な貴族の子供かと思ったけど……。はぁ、別に冗談よ。対等に話してもらって構わないわ」


 クールなのか高飛車なのか分からないな。

 中々ませた子というのは分かったが。 


「ではお言葉に甘えて」


 俺は立ち上がり、元のソファーに座る。


「そういえば、エマ……さんはずっとフォレ・トロアで生活を?」

「エマでいいわよ。そうよ。それが?」

「じゃあエマ。ヘストロア公爵ってどんな人なんだ?」

「…………」


 何も答えないエマ。

 フォレ・トロアとはヘストロア領の領都。つまりヘストロア公爵がいる場所。王都ロンベルと争うくらい王国でもトップクラスに栄えている町だ。


 ヘストロア公爵は王国随一の優秀な貴族という話だからちょっと印象を聞いておきたかった。まぁ、その話もヘストロア派のフリーダやメイドからの話だから大げさに言っているだけかもしれない。


 それにしても自分の父親と仲が悪いのか? ちょっと空気が読めない質問だったか。

 俺は質問を変える。


「あー、えっと。 エマはさっきから何を呼んでいるんだ?」

「水と氷の生成術」


 淡々と答えるエマ。

 魔法理論の本か。

 ベルフィア城の書庫にある本の中にはこの本はなかったな……。

 まぁあっても本の内容なんかすぐに忘れるけど。


「ふーん。そうなんだ」


 露骨に興味ありませんって感じの気のない返事をしてしまったが、エマは特に気にしている様子はない。


「水魔法-温度=氷魔法」

「は?」


 いきなりエマは何かの呪文を唱え始めた。


「あら? 知らないの? 氷魔法の基本的な生成魔法陣だけど。カトレアから相当優秀な魔法使いと聞いているけど。それとも水魔法の知識はあまりないのかしら?」


 エマがからかうように言ってくる。

 氷魔法は水魔法の応用魔法だ。氷は前世でもなじみある物質の為、イメージしやすい物ではあるが、残念ながら俺の中には水の魔力はないので使えない。

 当然エマが言った公式も知らない。


「も、もちろん知ってるさ。当然だろう?」

「そうよね。基本的な魔法陣だもの。自分が持ち合わせていない魔力の知識も知っておかないといざという時後悔するから」


 いざという時がいつを指すのかは分からないが、とりあえず上手く誤魔化せたようだ。

 時には知ったかぶりするのも、モテる男の必須スキルだ。


 エマは席を立ち窓の外に降っている雪を眺める。


「私、氷とか雪って好きなの。だって綺麗でしょう? 見てると落ち着く」


 それはあまり共感できないかもしれない。

 この世界に来て冬になるたびに雪を見るが、心が落ち着いた試しはない。


「へぇ。俺はどちらかと言えば炎の方が好きだけど」

「あら? どうして?」


 そりゃどうしてって……


「魔物を仕留める時の殺傷能力が高いから」


 冒険者を始めていろいろな魔法を見てきたが、一番攻撃力が高いのは炎魔法だ。

 風で切ったり、土で押し潰したりも悪くないが、やはり炎で焼くというのが、魔物を倒す上で一番効率がいい。


「野蛮ね……」


 エマの綺麗な目が濁り、俺を見た。

 まずい。女の子、それも婚約者に嫌われるのは避けなければ。


「もちろん理由はそれだけじゃないぞ。外は寒いのにこの部屋が暖かいのはなんでだと思う? 答えは暖炉があるからだ。焼き魚は炎がないと焼けないし、炎は暗闇を照らすことも出来る。つまり何が言いたいかというと、汎用性が高い炎魔法は偉大だということさ」


 若干早口になってしまったが、伝わっただろうか?


「炎が有用だって知っているわよ、そのくらい。でも氷だって負けてないんだから」


 ちょっと不貞腐れた表情で話すエマ。 全く……顔が整っているとどんな表情をしても可愛いな。


「へぇ。例えばどんなことができるんだ?」

「まず氷で食品を冷やせばそれだけ日持ちするわ。ぬるい水も冷やすことが出来るし、氷だって戦闘の役に立つわよ」


 前二つは、冬のベルフィアだったら外に出すだけで事足りるな。戦闘って野蛮な事言ってるし……。思っても口には出さないけど……。


 俺とエマは魔法の話で盛り上がり、中々有意義な時間を過ごした。

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