第40話 誤算

風の足エアムーヴ!」


 ルーナの声と共に足元に緑の魔法陣が展開される。さっきはルーナの体全体を覆っていた風は、今度は足の一部分、厳密にはくるぶしを中心に覆っていた。


 ルーナはその状態で、雪が積もって足場の悪い地面をスイスイ移動している。ルーナの可愛らしい容姿も相まって、それはまるで氷の上を滑るフィギュアスケート選手の用だった。


「ご主人様、どうでしょうか? これはお役に立ちそうですか?」

 

 ルーナは雪の上を華麗に滑りながら俺に近づき俺の顔を窺いながら口を開く。


「ああ。凄いなこれは。普通に走って移動するより断然よさそうだ」


 いくら俺の炎魔法に火力があろうとも、機動力がなければそれはただの固定砲台。そこに機動力が付けば俺の戦闘力は格段にアップする。


「これなら魔法なんて使わなくても魔力駆動ドライブで……。私に言って下されば手取り足取り教えますのに……」


 今までルーナの魔法をつまらなそうに見ていたマリアはそう呟いた。恐らく独り言だったのだろうが、俺の耳には届いている。声を掛けようか迷ったが、とりあえずは聞かなかったことにする。今ルーナに見せてもらった風魔法の実践が優先だ。


「よしやるか」


 俺は気合を入れると、先程のルーナが発動した風の翼エアウイングを思い出す。

 俺はルーナと同じように背中に風の魔力を集中させる。

 あとは風を出現させ、体全体に風を纏って、飛ぶだけ……。


「あれ?」


 風は背中から出ているが、中々制御できない。背中から出る風が追い風のように背中を押し、体のバランスが崩れ地面に膝を付きそうになった次の瞬間―――


「ぬうあぁぁぁぁ!!!!」


 ものすごい勢いで背中から風が噴射し、一気に天に突きあがる。


 マリアの俺を呼ぶ叫び声が聞こえたが、その声も一瞬にして聞こえなくなる。

 背中から吹き出す風は止まることなく吹き出し、雪が降る雲を突き抜けたところでやっとその勢いを止めた。


 雲の上は晴天だった。今は冬で、雲の下は雪が降っているのにも関わらず、大きな太陽が温かい光を放っていた。


 心地いい風、温かい光、そして何もなく静かな空間。思わず寝てしまいそうなくらいの気持ちい瞬間。しかし、俺はほんの一秒も経たない内に地獄を見ることになる。


「ぬうあぁぁぁぁ!!!!」


 俺はとんできた高度何メートルあるかも分からない雲の上から真っ逆さまに落ちていく。

 地面に激突したら当然のごとく死……。

 これはマジでヤバい。

 慌てるな……慌てても何も起こらない。この状況を脱する方法を考えるんだ。


 ルーナのように風魔法をパラシュート代わりに……。いや無理だ。また暴走するかもしれない物をこの危機的状況で使えるわけがない。


 ならスケルトンを出して地面との衝突を和らげて……。無謀すぎる。骨がクッション代わりになる筈がない。


 となれば選択肢はおのずと一つに絞られる。この勢いを殺して安全に着地できる方法。俺は落下しながら目を閉じて一つ深呼吸をして集中力を高める。


俺が導き出したこの状況を脱する方法。それは―――


地獄の火炎ヘル・ブレイズ!!!」


 俺は両手から特大の火炎放射を放ちその勢いで落下の勢いを弱める作戦に出る。


「うおぉぉぉ!!!」


 俺の気合の雄叫びで炎の勢いは増していき、段々と落下速度が遅くなる……が速度は落ちても体制を保つためのバランスが悪い。一歩間違えれば体制が逆さになり、炎を出したまま地面に激突してしまう。


「フィンゼル様!こちらです!」


 およそ高度10メートルほどのところで下にいるマリアが両手を俺に伸ばしていた。

 飛び降りろと言うことか……。

 俺は意を決して、地獄の火炎ヘル・ブレイズを中断し、マリアの胸に飛び込んだ。

 俺を受け止めたマリアはその勢いで後ろに倒れ……ることなく、がっしりと俺をキャッチした。


「はぁはぁはぁ。ありがとうマリア」

「いえ。このくらいお安い御用です」


 俺はマリアの胸の中で、死にかけた精神的疲労を落ち着かせるため、息を整える。


 マリアの俺を抱きかかえる腕を触ると、あることに気付く。その腕は普通の女の子よりも確かにがっしりしているが、それでも10メートル上空から俺を難なく受け止めるほどの筋力はないはず。見た感じ魔法も発動していないようだが……。


「ご主人様―! すっごいですね! 今の風魔法と炎魔法! あんな高く飛べる人初めて見ました! 炎もごおおおお!!! って感じですっごいですよ! ご主人様!」


 あたりは、やたらとテンションが高いルーナと、俺の炎魔法で気温が上昇し、積もった雪が蒸発していた。


 

  

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