第37話 魔力枯渇

「これは典型的な魔力枯渇ですね」


 俺は重い体に鞭をうち、アバディンに帰還して屋敷の医者に見て貰っている最中だった。

 ベッドに横になり、医者が俺の体に手を当てて黄色の魔法陣を展開している。


「魔力枯渇?」

「体内の魔力が極端に短時間で減ると起きる現象です。起こすと体調不良を起こします。鼻血が出たり、頭痛、吐き気、熱。それでも無理して魔法を使うと最悪死にす」

「そうか……」


 とりあえずやばい病気とかではなかったのは一安心だ。それにしても魔力枯渇か……。サディーやカトレアから話は聞いていたが、魔力が多い俺にとって関係ない話だと思っていた……。


「ん……? フィンゼル様の体内にある闇属性の魔力が極端に減っていますね。原因はこれでしょう。しかし途方もない魔力量ですね。特に炎の魔力属性……。これだけ魔力量に恵まれながら魔力枯渇……。一体どんな魔法を使えばこんなことになるのやら……」


 俺を見てくれている医師は若干呆れていた。それにしても魔力枯渇は全体の魔力総量が減った時ではなく、魔力属性ごとに減ると起こりえるのか。これはもっと慎重に魔力を管理しないと駄目だな。


「フィンゼル様、これを」


 医師が俺に一本の小瓶を渡す。中には黒い液体が入っているようだった。


「これは?」

「闇の魔力を補充してくれるポーションです。飲めば少しは楽になるかと」

「ふーん」


 俺は何も考えずに一気に飲み干す。中々ユニークな味だ。苦みと辛みが合わさったような独特な感じ。吐き出さなかった自分を褒めてやりたいほど不味い。

 ポージョンを飲み終えると、部屋のドアを勢いよく誰かが開いた。


「坊ちゃま!!!」


 開けたのはギュンターだった。ギュンターは怒った顔つきで俺に向かってくるが―――


「フィンゼル様!!!」


 巨体のギュンターを横に突き飛ばし、マリアは俺に抱きついてきた。


「おい。どうしたんだ?」

「だって! だって! 朝起きたらどこを探してもフィンゼル様が居なかったんですもん! 町を探している時にフィンゼル様が帰ったと報告受けて……。そしたら倒れて医務室に運ばれたって!」

「あー、悪かった」


 一人になりたいがために朝出て行ったのは失敗だったな。せめて誰かに言付けしてから出かけるべきだったと反省する。こんなに心配されつとは思わなかった。


「全くです坊ちゃま! ご自身が貴族であることをもっと自覚していただきたい! もし誘拐でもされたらどうするのですか!」


 マリアに突き飛ばされたギュンターは、何事もなかったかのように立ち上がり、珍しくお説教をする。本来ならサディーが俺にお説教をする役目を担っているのだが、不在の為、代わりに勤めるようだ。マリアに抱きつかれながらのお説教は、実にシュールな光景だ。


「ギュンター悪かったよ。でも俺がクエストを受けた事はすぐに分かったろ?」

「い、いやそれが……」


 話を聞くに、俺が朝出て行った時間は早すぎて俺を見た人は誰もいなかったようだ。

 冒険者ギルドは24時間営業だが、俺のクエストを受け付けてくれた人は引継ぎすることなく業務を終えて帰ってしまったらしく、調べるのに時間が掛ってしまったとのことだった。


「とにかく坊ちゃま。今日は安静にしていてください。本日はクエスト中止です」

「……分かったよ」


 ギュンターは部屋にある魔制時計を確認する。


「もうこんな時間ですか……。それでは私は北の城門の兵と会ってまいります。くれぐれも無茶をなさらないで下さい」


 そう言ってギュンターは部屋を後にした。


「それでは私もこの後研究がありますので、マリアさんフィンゼル様をよろしくお願いします」


 続いて医師も部屋を出ていく。俺はそれを見届けると、マリアをはがしてベッドから出る。


「あっ……フィンゼル様。まだ安静にしていないといけません!」

「いや。大丈夫だ。もう大分回復した。それにまだやることがある」

「やること? クエストの事ならお義父さんがギルドに話しましたが……」

「いや、そうじゃない」


 そう、俺は召喚したスケルトンをそのまま放置して帰ってきてしまった。様子を見に行かないと。


「では私も付いていきます!」

「そうか? あっ。そうだ! ならついでにルーナも連れて行こうか」


 俺は何気なく提案したことに、マリアは難色を示す。


「なにかまずかったか?」

「いえ、そういう訳では……でもルーナは……そう! ルーナにはお洗濯の任務が課せられています! 同行させると彼女の仕事に支障をきたす恐れがあります!」


 洗濯? そんなことをさせているのか。確かにルーナはエルフで奴隷だから、あまり遊ばせると他の使用人から良く思われないかもしれない。だとしてもルーナを使うなら主である俺に一言あって然るべきだとは思うが……。マリアの歯切れの悪さも気になるところだが……まぁいいか。


「そうか。ならしょうがない。二人で行くか」

「はい!」


 マリアは飛び切りの笑顔で返事した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る