第29話 邪なこころ
外に出ると日は傾き、夕暮れになっていた。
「フィンゼル様、良かったですね! B級の冒険者となれば、入ってくる情報も多いはずです! 天剣の情報もきっとあるはずですよ!」
冒険者になれたことが嬉しいのか、マリアははしゃいでいる。
「そうだな。冒険者業と、ギュンターからライトセイバーを貰うために剣術も頑張らないと」
「おお!坊ちゃま! 坊ちゃまが剣術に興味を示してくださって、私は嬉しいですぞ!」
そういって一人感極まっているギュンター。
俺が興味あるのは剣術じゃなく天剣なんだが……。
まぁ、いいか。
「それで、次はどこに行く?」
「本日はこのアバディンを統治している、騎士の屋敷に帰りましょう。話は通してありますので、私たちがヘストロア派だからと言って、無下にされることはありません。安心して下さい」
あまりにも手際が良いギュンターに驚かされる
馬車の中に俺の着替えや荷物もあったし……アバディン行きが決まったのは2日前のまずだが……。
「分かった。案内してくれ」
俺たちが、屋敷に向けて歩き出したころ、前から首輪と猿轡、鎖で繋がれ、目隠しをされている耳が長い集団が歩いてきた。
「なんだ?あの怪しい集団は」
その一見変態にも見える集団は、先頭にいる騎士たちに鎖を引かれて歩いてきている。
騎士たちの中にはなんだか見覚えのある髭がもじゃもじゃの騎士もいた。誰だっけ?
「あれは、エルフ……ですな。それにあの騎士は……」
騎士たちと変態集団は俺たちの前で止まる。
「ギュンター殿。もうこちらに来ていましたか」
「ゲオルグ殿……」
そうだ! エルフを捕らえるよう命じられてたゲオルグだ! てことは後ろの変態集団は、ただの変態ではなく、捕らえられ、奴隷にされるエルフか。
「あなたも私を笑いますかな……。主人の過ちを正せず、言うことを聞くだけの人形と」
ゲオルグは俺達から目をそらし、自嘲気味に話している。
「いえ、そんなことありません。主に忠実なのもまた忠義。あなたは間違えってはおりません」
前世での歴史でも習ったな。戦争で勝った物が全てを奪い、負けた物は人権含め全てを失う。住む世界が変わろうともそこは変わらないようだ。まぁ、同じ人間同士でも国が分裂し、争っているんだ。見た目が違う人種や生き物を対等に扱うなど到底無理な話か。
エルフは人間基準で見ても、見た目が肌白くスレンダーで端正な顔立ちと聞く。このまま奴隷に売り出されれば、どこぞの変態に買われて、ろくな目に合わないことは目に見えている。
どれ、俺がそんな悲惨な運命から一人でも救って見せようじゃないか。
これは決して邪な感情ではない。奴隷となる女性を一人でも救うための正義の行いだ。
俺は一つ咳払いをして、ゲオルグに尋ねる。
「ところでゲオルグ。そのエルフを奴隷商人にいかほどで売るつもりですか?」
おっと、ちょっと緊張して騎士に敬語を使ってしまった。
この世界では目下の者には基本的に敬語は使わない。貴族が騎士や使用人に敬語を使うと、他の貴族から侮られてしまうからだ。
まぁ、他の貴族なんて、ベルフィア側室一家くらいしか会ったことないけど。
「これはこれは、フィンゼル様。このような場所にご足労いただきお疲れ様でございます。このエルフたちは全部で10人捕らえました。男が7人、女が3人。それぞれ男は白金貨3枚、女は白金貨1枚で取引する予定でございます」
予想外に丁寧に答えてくれた。ゲオルグは立場的には反ヘストロアのはずだが……。
えっと……。確か通貨の価値は銭貨が日本円で百円程度、銅貨が千円。銀貨が一万円で、金貨が十万円、そして白金貨がその上の百万円相当になる。
となると男が三百万円で女が百万円か、合わせればちょっといい自動車も買えてしまうな。人間を売買する適正価格がどれほどか判断が付かないが……。
それにしても女より男の方が高いのか。これはまぁ、朗報だ。もとから男の奴隷は買う予定にないが。
「ギュンター。俺たちが自由に使える金はどれほどあるんだ?」
ギュンターはこの質問だけで察したのだろう、地面に膝を付き、俺に平謝りする。
「も、申し訳ございません! 坊ちゃま! 私が奥様から預かっているのは金貨5枚のみ! 足りない分は冒険者として稼ぎ補填する予定でした! これは偏にこの事を予測できなかった私の失態! どうかお許し下さい!」
ギュンターはそのまま土下座でもするかの勢いで俺に許しをこう。
予測できなくてって……。このことを予測することの方が無理な話だろう。
まぁ、ギュンターがどれほど俺の事を考え行動しているかが分かっているから、いいんだけどな。
「いいよ。ギュンター、お金がないんじゃしょうがない。運がなかったってことさ」
俺が許すと、おお! 坊ちゃま! と感極まり泣きそうになっているギュンター。
残念だが、ない袖は振れない為、このエルフたちは救えない。
はぁ、可愛い女エルフを侍らす予定が―――
「残念だ……」
おっと、まずい。
ギュンターとゲオルグは悲痛な顔をして俺を見ている。
やばい……俺の本心が見透かされたか……。俺は額に汗を流し、自分のミスを悔いる。
やがて決心したようにゲオルグは口を開く。
「分かりました。フィンゼル様。この中から一人だけでも連れて行ってあげて下さい」
「は?」
何をとち狂ったのか、ゲオルグはそんな事を口走った。
これにはゲオルグの後ろにいた騎士たちも反発している。
「筆頭! このエルフどもを捕まえるのにどれほど苦労したと……。仲間たちが何人もやられているんですよ!?」
そうだろうな。エルフたちも無抵抗で捕まるわけがない。
「騒ぐな! 見ろ! フィンゼル様のこの暗いお顔を! このエルフ達の運命を嘆いていらっしゃるのだ! 確かに、こんなことをしたのはベルフィア辺境伯様の命令で、それを実行したのは我々だ! しかし、貴族とは! 本来は領土を守り! 民を守り! 弱者を守る者のはず! それなのに私達は何たることを……」
ゲオルグは大きく俺の事を勘違いしているようだが、無理もない。この7歳の体で邪な心を持つなど考えられないからな。ゲオルグの言葉に部下は何も言えなくなっている。
しかし、ただでさえ大所帯なのに、今のゲオルグの演説もとい、懺悔の言葉に民衆が集まってきてすごく目立っている。
「ゲオルグ。お前の気持ちは分かった。だがここでは目立ちすぎる。場所を変えよう」
「は!畏まりました」
ゲオルグたちはこの先にある奴隷商人の館を目指していたらしく、一先ずそこに移動することにした。
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