第15話 ベルフィアの行方
月光歴499年1月
遠征が始まり5年と4か月。
父はどうやらベルフィア領には戻ってきているみたいだ。
しかし、帝国軍も国境付近まで来ているようで、前線から離れられないらしく、しばらくはブリステンには帰れない。
「はぁ」
今は、カトレアの授業の休憩時間。
ソファーに腰掛ながらため息をついてしまった。
「フィンゼル様、お加減がすぐれませんか?」
ソファーの傍らで佇むマリアが聞いてきた。
「まぁな、あんな事を聞けば誰だって気分が悪くなる」
フリーダからこの家の事情を聞いたのはついさっきのことだ。
俺はてっきり正妻の長男だから家督を継げるだろうと呑気に考えていたら、まさかライバルがいたとは。
それも、5歳離れた側室の長男と決闘かぁ。
子供の5歳差というのは大分大きい。側室の長男の力量は分からないけど、俺に魔法の才能があるとはいえ、楽には勝たせてくれないだろう。相手も必死だ。
俺が考え事をしていると、マリアはもじもじしながら、こちらの様子を窺うように見ていた。
「どうした?」
「フィンゼル様! 元気を出してください!」
マリアに声を掛けたと同時に、彼女は大きな声を出して、急に抱きついてきた。
「おいマリア、急にどうした?」
「ごめんなさい。 フィンゼル様の元気がなかったようなので、元気づけようと……。私が落ち込んでいる時にお母様が良くやってくれたから……」
そういって抱きついたまま、俺の頭をなでてくる。
なんというか、悪い気はしない。むしろ凄くいい。なんかいい匂いするし。
いや、駄目だ。マリアがせっかく元気づけてくれようとしているのに。
俺の邪な心がマリアの好意を無駄にする。
「ありがとうマリア。 おかげで元気が出たよ」
そう言って俺は立ち上がる。 マリアは俺の2歳年上だ。まだマリアの方が身長は高いので、俺の頭がマリアの口らへんにきた。
「そうですか? 分かりました」
そういって離れる前に俺のおでこに、キスしてきた。
「これも、お母様によくやっていただきました」
そういって、ほほ笑む彼女の頬は赤く染まっており、勇気を出して俺を元気づけようとしてくれたことが窺える。
控えめに言って天使だな。
次は俺からしてやろうと心に誓った。
――
マリアと休憩室から授業の部屋に移動している最中、城を見回っている兵士たちの話声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? ベルフィアの兵士は5万しか帰らなかったらしいぜ?」
「ああ、聞いた。20万で始まった遠征軍が四分の一まで減るとわな。ベルフィアも終わりかもしれんな」
どうやら、父が率いた軍は大惨敗だったらしい。おいおい、まじか。兄弟と決闘どころじゃないぞ。
「でも、最近までは順調って連絡入ってただろ? なんで急にこんなことになってんだよ」
「なんでも意図的にそう報告していたらしい。遠征は計画通り順調にいっている……てな」
「はぁ? なんでだよ。帝国の策略か?」
「いや、辺境伯様の指示らしい。多分ヘストロア家に弱みを見せたくなかったんだろうな」
「あー、なるほどな。こりゃあ今頃ミリーシャ様は発狂しているだろうな!」
軽薄そうな兵士は楽しそうに笑っている。
兵士たちも自分が住んでいる領地なのによくもまぁそんな楽観的にいられるものだ。
俺が言える立場じゃないけど。
俺とマリアは気付かれないようにその場所を後にした。
「なぁ、マリア、今の話、知ってたか?」
「いえ、私は何も……」
マリアは申し訳なさそうに顔を俯かせた。
遠征の失敗。今の話を鵜呑みにすれば、ベルフィア家的には大打撃だろう。
なんせ当主オリバーの大失態。王国のみならず、ベルフィア家傘下の貴族の信頼も失ったはずだ。
しかし、ベルフィア家の危機だとしても、俺個人としては、意外と悪くないかもしれない。
ここから立て直すにはヘストロア家、フリーダの実家を頼らざるを得ない。
そしてそうなると、ヘストロア家を頼った手前、フリーダの子供を蔑ろにするわけにはいかないはず。
そしたら決闘なんかしなくても、当主の座は俺の物ってことだ。
まぁ、俺が継いでも、領地はボロボロで力も何もないじゃ意味がないけど。
「フィンゼル様はあまり悲しそうではありませんね」
マリアが純粋な疑問を浮かべて問いかけてくる。
「もちろん悲しいさ。敗北するってことは、何かを失うってことだ。今回もたくさんの兵士と、もしかしたら土地も失っているかもしれない。それは悲しいことだ」
「そうですよね。人が死ぬということは、とても辛いことです。残された人は泣くしかありませんから」
正直俺は戦争とか命の奪い合いにピンと来ていない。兵士が15万人死んだと聞いても遠い世界の話だとしか思えなかった。
その点、マリアは反乱とはいえ、身近で命のやり取りを見ている。何なら家族全員殺されている。
マリアは……いや、この世界の人々は戦争をあるものとして認識している。いつここも戦場になるかもしれないと分かっているのだろう。
俺も早くこの世界の常識に慣れないとな。いつまでも平和気分じゃ、いざというときに動けなくなるかもしれない。
そうこうしている内に、教室の前に着いた。
「それでは、フィンゼル様、私は別のお仕事がありますので、これで失礼致します。魔法のお勉強も大事ですが、あまりご無理をなさらないで下さい」
「おう、マリアもな」
マリアは俺に微笑むと、その場を後にする。
しかし、よくできた子だ。あれで7歳だろ?一体どんな教育をされてきたんだ。
俺は、マリアの気遣いに驚きながら教室に入った。
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