第11話 ベルフィア家の問題
フィンゼルの母であるフリーダは、もともとヘストロア公爵家の出であり、現ヘストロア爵家当主、アレク・フォン・ヘストロアの妹である。
ヘストロア公爵領はベンセレム王国の中央に位置し、気候に恵まれている為、農作業が盛んな豊かな土地だ。
そんな恵まれた領地があるヘストロア公爵家は、ベンセレム国王建国の時から国王に使えていた。過去にはベンセレム王女と婚姻しており、つまりは由緒正しいアルスマーナ王家の血を引いている立派な王族である。そして、王国で巨大な力を持つ4大公爵家の一つである。
フリーダは雪が降っている外を見つめて思った。
(はぁ、ヘストロアが恋しいわ)
ベルフィア領は中央のヘストロア領と違い北方に位置するため、冬は長く寒い。その代わり、夏は涼しく、過ごしやすいのが特徴だ。
しかし、フリーダが憂鬱になるのはこの気候のせいだけでなかった。
ドアがコンコンと二回ノックされ、メイドの声が聞こえた。
「失礼します。奥様、ミリーシャ様がお見えになりました」
「はぁ……今行くわ」
ミリーシャ・ラブル・ベルフィア。現ベルフィア当主、オリバーの側室だ。
ミリーシャの出生はベルフィア領の町の一つを治めている、男爵家の出だが、そんな彼女は、オリバーと昔から仲が良かったらしく、当然自分が正妻になれると疑ってなかったらしい。
フリーダがベルフィアに嫁入りしたのが18の頃。フィンゼルを生んだのが25歳なので、長い間子供ができなかったフリーダに対し、ミリーシャが側室に入ったのは フリーダが来て1年後だったにも関わらず、4人の子供を産んでいる。
そのことからも、オリバーがどちらを愛しているか明白だった。
フリーダが客室に行くと、金髪を螺旋状に巻いた髪型の女性が座っていた。
「ごきげんよう、ミリーシャ。この雪の中わざわざ来てくれてありがとう」
「いえいえ、フリーダ。 わたくしこそ、お子さんが生まれたのにお祝いも出来ずごめんなさいね」
フリーダとフィンゼルが住んでいるベルフィア城はベルフィアの領都、ブリステン市にあるが、ミリーシャが住んでいる城は、その隣町のリーシャ市にある。
ちなみにこのリーシャ市はオリバーがミリーシャの名前をとって付けたものだ。
「それで? 今日はどうしてわざわざ、来てくれたのかしら?」
フリーダはなんとなく、予想はできているが、聞かなければ話は始まらない。
正直、彼女とは長く一緒にいたくはない為、早々に話を終わらしたかったのがフリーダの本音だ。最もそれはミリーシャも同じだが。
「そうね、さっそく本題に入ると、そろそろじゃないかと思って。あなたの子供も、もう5歳になるわよね?」
「……。 駄目よ。」
「どうして? オリバー様ももうじき帰ってくるわ。 あの人は、レイモンドのことを溺愛しているし、あの人が帰ってきてからだと、あなたの方が不利になるんじゃないかしら?」
「それでも駄目だわ。まだあの子は5歳なのよ? あなたの子は10歳よね? 倍年齢がちがうわ。そんな決闘はフェアじゃない」
決闘。ベンセレム王国の貴族の中で、跡目争いやトラブルに用いられるものである。
これは、貴族間で争いごとを大きくしないようにする取り決めだ。
昔は、貴族の跡目争いで兄弟や親を毒殺したり暗殺したり、当該貴族だけでなく、他の貴族にも飛び火したことが発端となっている。
正式な決闘を行う場合は、決闘を申し込む側が、国王に申請しなければならず、国王に受理されたなら、受ける側は、拒否することができない。
「なら別に決闘でなくてもいいわよ? 料理でも裁縫でも。ただ他の貴族からは笑われるでしょうけど」
おほほ、といかにも貴族の笑い方で笑うミリーシャ
「もう少し……もう少し待って頂戴。あの子にはまだ時間が必要だわ」
「そう。ならいいわ。ただしもう国王には決闘の申請は受理されているわ。逃げられるとは思わないことね」
そういうと、ミリーシャは立ち上がりお付きの人間に囲まれ城を後にした。
――
「あー! もうあの女! 本当にムカつきますわ!」
ミリーシャは帰りの馬車で対面していて、メイドが座っている長椅子をガシガシけりながら叫んだ。
フリーダが結婚して、7年間子供ができなかった。子供ができない体だと思われていただけに、フィンゼルの誕生はフリーダにとってはさぞ嬉しく、ミリーシャにとっては、次の当主は自分の子供になると思っていたので、地獄の様な知らせだっただろう。
「母上、おやめください。 みっともないですよ」
ミリーシャの隣に座る金髪で青い瞳を持つ少年が言った。
「そうね、謝るわ、レイモンド」
貴族の家督は原則、純潔の貴族の男児しか継げない。例えば、父親は貴族でも母親が平民の場合はその子供は家督を継げない。
ミリーシャの子、レイモンドの場合は、ミリーシャは側室ではあるが男爵家の為、純潔の貴族である。
しかし、正妻であるフリーダの子供、フィンゼルの方が、継承権は上だ。
本来ならばフィンゼルが家督を継ぐべきなのだが、ここには現当主の思惑も入ってくる。オリバーはミリーシャを贔屓にしている上、フィンゼルを次期当主に指名すると、フリーダの実家、ヘストロアが領地経営に口を出してくる可能性がある。
フリーダを嫁に迎えたのは、ヘストロアで育てた作物などを優先して流してくれたり、いざという時、頼れる大貴族を増やすためである。
ヘストロア家から支援してもらいながらも、口出しはさせない。フリーダに子供ができなければそれが実現でき、それがオリバーとミリーシャの計画でもあった。
王族側もこれ以上ヘストロア家が強大になることを望んでいないため、決闘の許可が下りたが、それもいつ気が変わるか分からない。ミリーシャとしては、早く我が子に次期当主という肩書を渡したかった。
「それもこれも、全部あの人のせいだわ! もう私しか抱いてないって言ったのに! フリーダに子供ができたせいで全部めちゃくちゃだわ!」
苛立ちが再発したのか、またメイドが座る対面の椅子をガシガシ蹴りだした。
「母上、落ち着いてください。 父上もヘストロアの干渉は受けたくないはず。正妻の子に継がせるようなことはないと思いますよ。それに決闘になったとしても、僕が負けるはずがありません。」
「そうね! あなたには、特別な力があるものね! はぁ。早く
「そうですね母上」
ミリーシャは機嫌を直したのか、レイモンドに微笑んだ。
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