第8話 マリア・ペドロヴィア
「お父さん! お母さん! おじいちゃん! ねぇ! どこなの!? 返事して!」
少女は暗闇の中大きな声を出して家族を探していた。しかし聞こえてくるのは反響した自分の声のみ。少女はどこまで続くかも分からない暗闇を一人で歩いていく。
すると、暗闇の中に一筋の光が見えた。
「みんなそこにいるの!?」
少女は光に向かって駆け出す。光のもとにたどり着き、少女が目にしたものはギロチンにかけられている両親の姿だった。
「お父さん!お母さん!」
少女は助ける為、ギロチンに駆け寄るが、次の瞬間にはギロチンが下ろされ、二人の首が刎ねられた。
「ッ――――――」
少女は転がって来た二人の首を見て声にならない叫びをあげる。
「マリア! 逃げるのじゃ!」
少女の後ろから年老いた男性の声が聞こえた。この声を少女は良く知っていた。
「おじいちゃ―――」
少女が後ろを振り向くと、老人が大勢の人間に囲まれていた。
その中で一人の人間が持っていた剣が老人に振り下ろされると、老人の首が飛ばされ、その首は少女の足元まで転がってくる。
「おじいちゃん? お母さん? お父さん?」
少女は何が起きているのか分からず、混乱するが、老人を囲っていた大勢の人間はゆっくりと少女に近づいてくる。
「い、いや……来ないで……」
少女は懸命に逃げようとするが、足がもつれて動かずに転んでしまう。
大勢の人間は少しづつ、少しづつ少女に近づいてくる。
「い、いや……」
そしてとうとう少女の目の前に来た人間たちは、少女目掛けて剣を振り下ろし―――
「やめて!」
少女はベッドからガバッと起き上がった。
(またこの夢……)
少女の母親、父親、祖父が殺される夢。少女の体は、動悸が激しくなり、服は汗でびしょびしょになっていた。
少女の名はマリア・ペドロヴィア。ベルフィアの上級騎士、ギュンター・ペドロヴィアの娘だ。娘と言っても血の繋がりはない。
マリアはもともとベンセレムの南部にあるアポダイン子爵領の騎士の娘だった。しかし、アポダイン子爵は、領民に多大な税を課していたため、領民が反乱を起こしたのは1年前の話。
反乱自体は王国軍の介入もあり、すぐに鎮圧出来たが、アポダイン子爵領には兵や騎士はほとんどおらず、王国軍が駆けつけるまでに領民を抑えることができずにマリアの両親は領民に捉えられ処刑されている。
ギュンターとマリアの祖父は昔の戦友だったらしく、家族を失い、身寄りのなかったマリアをギュンターが引き取ったのだった。
この世界では内乱や戦争は日常茶飯事で、騎士を務めていた両親と祖父も戦いが起きれば死ぬ可能性があると理解はしていたが、現実は辛いものだった。しかし、いつまでも泣いてばかりはいられないことはマリアも分かっている。
ベルフィア城にメイドとして働き始めて約1年。基本はペガサスの世話をしたり、城を掃除したりと雑用ばかり。メイドとはそういう物かもしれないが、マリアとしてはもっとやりがいのある仕事をしたかった。
ここで無能な娘とみなされ捨てられたら野垂れ死にするのは目に見えている。少しでも自分を評価してもらう必要があった。そしてやっとメイド長のサディーから、フィンゼル専属のメイドという大役を任されたばかりである。ギュンターの養子であろうとも、特別扱いはされることはなく、ここで自分の評価を上げなければ居場所はないと6歳のマリアでも十分理解していた。
マリアは壁に埋め込まれている魔制時計を見る。
丸い石から浮かび上がる魔法陣には、1から12の数字と、長い針と短い針の二本の針が描かれている。長い針は12を短い針は5を示していた。
(もう5時……今日から坊ちゃまの専属メイドなのに……準備しないと!)
マリアはベッドから飛び降りて準備を始める。今までは他のメイドと共同で部屋を使っていたため、一緒の部屋にいるメイドに起こして貰うこともあったが、フィンゼル専属のメイドとなったことで個室を与えられた。それはマリアにとって嬉しくもあったが、同時に怖くもあった。悪夢にうなされる日は特に……。
パジャマからメイド服に着替え、水の魔制石から出した水を置けに入れて顔を洗って準備を整え、6歳が一人で住むには広すぎる部屋を後にする。
専属のメイドと言っても、いきなりフィンゼルの寝室に行ったりはしない。他のメイドと一緒に城を掃除し、朝食の用意が出来た時にフィンゼルを起こしに寝室に赴くのである。
一通りの仕事を終えると、魔制時計は朝の8時を指していた。朝食の準備も整っているし、そろそろフィンゼルを呼びに行ってもいい時間である。そう思ったマリアは、フィンゼルの寝室に向かうが、寝室に近づくにつれて心臓がバクバクと激しく脈打つ。
(き、嫌われちゃったらどうしよう……)
マリアはフィンゼルの寝室に着いたものの、そこで立ち往生してしまった。
「マリア、そこで何をしているんだ?」
マリアがドアをノックできないでいると、横から良く見知った声がした。
「あ、ギュンター様……」
「マリア、もう私たちは他人ではない。血は繋がってはいないが親子だ。私の事はお義父さんと呼んでくれて構わないよ」
「で、ではお義父さん……朝食の準備が出来たので、坊ちゃまを朝食にと……」
「ああ。なるほど、今日からだったか」
ギュンターは納得し少女の背中を押す。
「大丈夫だ。坊ちゃまは本当に賢いお方だ。まだ生まれて4年とは思えないほどにな。ちょっと粗相をしたくらいなら笑って見逃してくれるような大きな器も持っている。大丈夫だ。胸を張ってお迎えに上がりなさい」
「は、はい! 分かりました!」
マリアの緊張は解けていなかったが、ギュンターの言葉で決心がついたのか、ドアをノックし、フィンゼルの声が聞こえると、中に入って行った。
ギュンターはそれを見届けると、その場を後にする。
(しかし、本当に不思議な物だ。この4年間、メイド長のサディーさん以外は坊ちゃまを甘やかして……と言う訳ではないが、決して厳しくしてきたわけではなかった。今だから思うが、あのお年頃なら傲慢に育ってもおかしくなかったかもしれない。しかし、そのようなそぶりは一切見られない。それどころかメイドや使用人にさえも配慮ある言動をしているように感じる。あの容姿も相まって、この城に坊ちゃまを嫌う人物がいないと断言できる。サディーさんの話では、頭は悪くはなく、呑み込みは速い。算術などはサディーさんが教えるまでもなく、独学で勉強されたようだし……恐ろしいことだ……私でも算術は怪しいところがあるというのに……。性格は自由奔放でサディーさんの言いつけを守らないこともままあるが、それもまた―――)
「大物の片鱗か……」
メイド達は、ニヤニヤと顔をほころばせながら廊下を歩くギュンターを、若干引きながら見送った。
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