第6話 召喚魔法と魔法理論

 今日はカトレアの授業はなく、顔合わせで終わった。

 俺は今後の授業の為に書庫でこれまでの復習をすることにした。


 これまであまり乗り気ではなかった魔法理論。しかし、あんな美人が授業をしてくれるのだったら話が変わってくる。サディーには申し訳ないが、おばあちゃん、それも口うるさければやる気もそがれてしまうものだ。その点新しく来たカトレアはお淑やかそうだった。それも何度も言うが美人。これは俺のやる気もアップする。美人にはいい格好をしたいし、出来ない男と思われたくはない。


 俺は書庫の部屋に入り、部屋に埋め込まれている黄色い魔制石に手をかざして明かりをつける。


 この魔制石には真ん中にくぼみがあり、そこをなぞることで魔法陣が展開される。持ち運びするのに、うっかり起動させないよう、いろいろ工夫しているようだ。


 この魔制石は発動者の魔力を使うことはなく、魔制石自体の魔力で動いている。この魔制石は自分で魔力の補充が出来ない為、魔力が切れるとただのゴミになる消耗品であり、この城にもなん十ものストックが用意されているようだ。

 魔石の魔力に頼らずに自分で魔力を流して明かりをつければいいじゃないかと思うかもしれないが、魔制石に外部から魔力を取り入れる力はないし、あったとしてもそれはできない。その理由は―――


「魔法適正……ね」


 俺は魔法理論の参考書を広げて、サディーに教えて貰った魔法の基本を思い返す。


 人の中に流れる魔力にはそれぞれ属性が存在する。

 炎、水、土、雷、風、光、闇の7種類だ。この魔力属性は、体内から放出される際、その属性に応じた魔法にしか変化しない。そして、人の中にすべての魔力属性があるわけでなく、個人個人ある属性とない属性がある。もちろん対応する魔力属性があるからと言って、無限に引き出せるわけではない。


 例えば、俺が診断された結果は、炎が60パーセント、風が20パーセント、闇が10パーセント、土が10パーセントの内訳で計4種類の魔力属性が存在する。明かりを灯すための魔制石は光の魔力に対応している。そして俺の中には光の魔力属性は存在しない為、たとえ魔制石が、外部から魔力を受け取ることが出来るとしても、俺の魔力ではこの魔制石に魔力を補充できない。


 それでは全ての魔力属性が存在する人間が一番優秀かと言われると、そういうことでもない。もちろん魔力属性の種類が沢山あれば、それだけ多彩になんでもできるというのは間違いない。しかし、その分の魔力量のリソースが分散してしまう為、一つの属性に頼り切ってしまうと、すぐに魔力が尽きてしまう。それを補おうと、全ての魔法を等しく訓練するのも間違えではないが、魔法とはそんなに簡単なものではないため、それも難しい。


 人に宿る魔力量は個人差による。雷属性が100パーセントの人間でも、雷属性20パーセントの人間に魔力量で負けてしまうこともある。これだけ聞くと完全に生まれ持った才能の問題に聞こえそうだが、魔法陣に描く情報をコントロールすれば、消費魔力を抑えて魔法を発動することも出来るらしい。そこは完全に努力の領域の様だ。


 もちろん全ての魔力属性を揃えていて、魔力量も桁外れな才能と、全ての属性を高水準で扱える魔法の知識と技能があることが一番の理想とはなるが、そんな人間がこの世に何人いるのか……。サディーの話では、この世界の過半数が一つないし二つの属性しか持たないという。多くても3つ、4つ以上は稀だという。努力は誰でもできる……という訳ではないが、魔力属性の種類は、生まれついた時に決まっているため、自分の努力でどうしようもできない。そう言った意味では俺は恵まれている。半分以上は、炎の魔力だが、風、闇、土と4属性も扱える。


 本を読み終えたところで俺は魔法陣を描く実践の訓練をする。


 訓練する魔法は「灯火ともしび」という魔法。読んで字のごとく火で周りを照らす魔法だ。書庫の中であまり火力の高い魔法はつかえない。もちろんこの「灯火」も火なのだから危険と言えば危険だが、あまり人の目に触れる場所で練習したくない。サディーに見つかると面倒くさいし。俺の魔法属性は炎に偏っている為、出来れば炎からマスターしていきたい。


 俺は頭の中で魔法陣を組み立て行く。温度は60度、大きさは周囲10センチ。魔法陣に魔法情報を描いたところで実際に具現化させてみるが―――


「マジかよ……また失敗か……」


 具現化させるところまではできるが、魔法陣に魔力を流して魔法を発動させる前に魔法陣が、跡形もなく消えてしまう。


 失敗はサディーとの魔法実践以来という訳ではない。魔法陣なしの魔法は禁止されていたのでやってはいなかったが、魔法陣を用いたテーゼ式魔法手法は何度か試してみたが全部失敗だった。


 まさか才能がない……?そんなバカな……。いやしかし、こんな初級も初級の魔法すら扱えないとなると、いよいよ現実味が帯びてくる。いや、サディーの魔法実践の時は魔法陣がなくても魔法が使えたし、決めつけるのは早計かもしれない。要は暴走しなければいい話。むしろ暴走さえしなければ、魔法陣を組み立てるプロセスを無視できるので、より速く魔法の発動が出来るはず。


 俺は自分に自信がなくなりそうな所を、思考を転換して無理矢理にポジティブに持っていく。


 一度魔法の訓練を中断して、書庫を見て回ってみる。時間的には今は大体夕方6時頃。今は冬でこの時間になると外は暗いが、魔制石のおかげで書庫は明るい。

俺はそんな中一冊の本を見つけた。


「スケルトンの召喚魔法か」

 

 召喚魔法……。サディーの授業では習っていない。

 俺は本を読み進めてみる。

 召喚魔法は、一つの属性に属しているのではなく、召喚する魔物によって使う魔力属性が違うみたいだ。


 例えば、ゴブリンやオークなら土、サラマンダーやヘルハウンドは炎と言ったように、スケルトンは闇に対応している。つまり俺でも召喚できるということだ。

 俺はワクワクしながら次々とページをめくっていくが―――


「なんだこれは……。いくらなんでも可笑しいだろ……」


 召喚魔法のあまりにも高い難易度に絶望していく。

 スケルトンの背丈や、持っている武器の設定ならまだしも、骨の数や、骨と骨の関節部分のつなぎ方、骨の強度などなど……設定が多岐に渡る上に専門知識が必要になるような難しいものまである。それに加え、魔物とは元を辿れば魔力の塊である。それを形作るとなると膨大な魔力が必要になるようだ。この世界には、魔力の残量を測るのに、ゲームにあるようなMPなどの可視化できる数字はない。ということは、自分の感覚で魔力を管理していくしかない。


「これは無理だな」


 そもそもこんな膨大な情報を頭で処理して魔法陣に描くなど不可能だ。昔使われていたという紙に魔法陣を描くやり方でもどれだけ時間が掛ることやら……。


 俺は召喚魔法を諦め、早々に本を閉じると、ふと思った。

 魔力とは何だろう……と。


 この世界に生まれて4年経つ。魔力が体にめぐる不思議な感覚も慣れた物だ。

 俺は手の平に魔力を集めてみる。生まれて一年は全く言うことを聞かなかった魔力も今では静かなもので、コントロールもお手の物。サディーは暴走するとか言っていたが、俺にはこれが暴走するとは思えなかった。


 俺はもう一度スケルトン召喚魔法の本を開いてみる。

 そこにはスケルトンの生態が、剣や弓を持った骸骨のイラスト付きで解説してある。


 思い返せば俺はどんなことも習うより慣れろ、で物事を覚えてきたタイプだ。ゲームの説明書や、ゲーム途中にでてくる解説もろくに聞いた試しがない。前世でやっていたサッカーでも、ポジショニングなどの動きは、仲間と打ち合わせした通りに動くというよりかは、何事もその場の成行きでポジショニングを取っていたことの方が多い。いわば完全な感覚型。


 そんな俺の勘が言っている。魔法陣などなくとも、魔法は暴走しないし扱えると。

確証はない。それにここは書庫だ。初めてのことで何が起きるかも分からない。

しかしまぁ、俺はまだ子供だし、何かあっても怒られるだけで済むだろ。


 骨と骨の結合部分はどう設定するのかとか、骨の強度はとか、そんな面倒な事を考える必要はない。要は剣を持った動く骸骨を出せればそれでいい話。


 スケルトンのイメージが付いたところで、俺は右手を前に出し、一気に魔力を解き放つ。


 バシューーーン!!


 甲高い音と共に黒い霧が書庫全体を包みこむ。俺は腕で黒い霧から顔を覆って防御する。

 失敗……か?

 俺がそんな事を思った時、本の棚と棚の間に西洋のロングソードを持ったスケルトンが姿を現した。


「グ……グゴゴ……」


スケルトンはそんな声にならない音を出し俺を見つめる。


「なんだよ……やっぱできるじゃないか……」


 俺はなんだかホッとしたような感覚になったと同時に、自分の中で何かが抜けていく感覚を憶えた。


 これが魔力を消費する感覚か……。一度サディーの授業の時「|火球《ファイア ≫」を使ったが、炎の魔力は量が多いため、あのくらいでは消費の感覚がなかったのかもしれない。闇魔法は俺の中には少ないし、召喚魔法は大量に魔力を使うという話だからそれが顕著にでた結果か。


 スケルトンは、じーっとこちらを見ているので、何か命令を出すことした。


「スケルトン、右向け―右!」


 そう司令を出すと、スケルトンは俺の命令通り右に向き、背筋を伸ばした。

 どうやら、召喚したスケルトンは、俺の脳内通りに行動してくれるらしい。

 それから、いくつか命令を出してみたが、どれもイメージ通りに上手くいった。


 俺の魔力の総重量から、闇の魔力だけを感じることは可能だ。闇の魔力の残量的に、これならあと十体、いやもっと召喚できそうだ。


 その時、ギィと書庫の扉が開く音がした。

 やっべ……


「坊ちゃま―、お夕食の準備が出来ましたよー」


「はーい!」


 俺はすぐさまスケルトンを消し、メイドのもとに駆け寄った。

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