本当の妹だと言われても、お義兄様は渡したくありません!

gacchi

第1話 初めまして、お兄様

もうすぐ学園についてしまう。

ガタゴト揺れる馬車の中、緊張で黙っているとふいに頭を撫でられた。

お義兄様が心配そうな目で私を見ている。冬の海のような深い青。

こんな近くて見つめられると吸い込まれそうになる。


「シルフィーネ、そんなに緊張しなくても大丈夫だ。」


「でも…、お茶会ですら人に会うのに緊張してしまうのに、

 学園ではもっとたくさんの人に会うのでしょう?」


少人数のお茶会に呼ばれる時ですら緊張でお腹が痛くなりそうなのに、

同じ年頃の令息令嬢が集まる学園に通うのだ。

バラデール公爵家の者として、こんなことではいけないとわかっているが、

生まれつき人見知りする性格はそんな簡単には直らない。

たくさんの人に会うのが怖い。人と話すと落ち着かなくなって逃げ出したくなる。


学園に入学する今日は緊張してしまって、まったく食欲が無かった。

無理やり蜂蜜入りの紅茶だけ口にしたが、

それすら侍女頭のセレスに言われなければ飲まなかっただろう。


「そんなに心配するな。お茶会と違って、学園には俺がいる。

 何かあれば俺に頼ればいいだろう?」


「はい…お義兄様。」


「ほら、髪をそんな風に引っ張ったら抜けてしまうよ?

 綺麗な髪なのにもったいない。」


つい、いつもの癖で髪を握り締めていたようだ。

ふわふわの金色の髪はまとめにくく、腰まである長い髪をそのままおろしている。

ちょうど胸の辺りでふわふわしているので、つかみやすいのだと思う。

緊張すると髪を引っ張るように掴んでしまいがちだ。


「私はお義兄様のようにまっすぐな髪なら良かったです。」


お義兄様の髪は銀色でまっすぐ。

目にかかるくらいの長さだが、顔を上げるたびにサラサラと流れる。

その素直な髪がうらやましいと思う。

私もお義兄様のようにまっすぐな髪だったら…もう少し兄妹に見えただろうか。


目の色も私は薄い青。お義兄様は晴れた空のようだと褒めてくださるけれど。

水の公爵家と呼ばれるバラデール家なら、もう少し水属性が強ければよかったのに。

私とお義兄様が並んでも、何一つ同じに見えるところはない。


「そう言うな。俺はシルフィーネのように柔らかい髪のほうが好きだ。

 こうして撫でていると癒される。」


「…お義兄様が癒されるのなら、いくらでもお好きになさってください。」


「ああ、そうするよ。

 …少しは緊張がほぐれたかな。そろそろ学園に着くよ。ほら。」


馬車の窓を示されて外を見ると、赤レンガでできた高い壁が見える。

もしかして、これが学園の外壁?眺めていると、すぐに大きな門が見えてきた。

馬車は門の中に入ると、校舎近くの馬車停め場に着いた。


馬車のドアが開かれると、先にお義兄様が降りる。

次いで降りようとしたら、ふわりと身体が宙に浮いた。


「え?」


「シルフィーネは危ないからね。」


「もう!一人で降りられます!」


「こんなに小さいんだ。まだ危ないだろう。」


もう十五歳になったというのに、お義兄様の中では私は十歳の小さな頃のままらしい。

もっとも身長差はその頃と変わらず、私はお義兄様の肩まで届かない。

お義兄様の身長が高い上に私の身体が小柄なせいで、かなりの身長差がある。

だとしても、馬車から降りるのに抱き上げて降ろすのというのはやりすぎだと思う。


「恥ずかしいので、抱き上げて降ろすのはやめてください。」


「…一人で降りられるくらい大きくなったらな。」


「もう!お義兄様ったら。」


恥ずかしいからやめてほしいけれど、こうして甘やかされるのは嫌じゃない。

いつまでも一緒に兄妹としていられるわけではないのだから、

学園に通う今だけなら許してもらえるだろうか。


差し出された手を取って校舎へと歩き始めた時、鈴のような透き通った声が響いた。

少しうわずった可愛らしい女性の声。うれしくてたまらないというような。


「ジルバードお兄様!やっと会えたわ!」


「え?」


ジルバードお兄様?お義兄様を呼ぶのは誰と思って振り返ったら、

見たことも無い知らない令嬢だった。

制服を着ているからこの学園の生徒なのだとは思うが、

私が着ている制服とは印象が少し違うようだ。

もしかして平民の学生なのだろうか。だとしたら私が見たことが無くても当然だ。


でも、平民の学生なのに公爵家の嫡男であるお義兄様を兄と呼ぶなんて…。

不敬だと捕まってもおかしくないのに。大丈夫なのだろうか。


「…お義兄様、この方は?」


「いや、知らない。」


お義兄様も知らない令嬢のようで、眉をひそめている。

私には優しいお義兄様だが、他の令嬢には大抵そっけない態度で無表情になる。

知らない令嬢に兄と呼ばれたのが気に入らないのかもしれない。

いつも以上に冷たい目で令嬢を見ている。


どうしよう。学園の警備を呼んだほうがいいのだろうか。

そう思っていると、その令嬢がすぐ近くまで来てお義兄様に笑いかける。

可愛らしいというよりも綺麗というほうが似合う大人びた令嬢。

知らない令嬢なのに、どこか見たことのあるような顔立ち…。


「ようやく会えたわ。初めまして、ジルバードお兄様。妹のミーナです。」


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