25.少女の純心な悪

『それとも、もうが居るから、私の事は忘れちゃう?』


黒髪ロングの少女は穏やかに言う。

耳元では、016の持っていたのと同じピアスが輝いている。


「違っ……!」

「わっ」


016はそれに慌てて反論しようとして、唇が離れる。

幸が驚くのにもお構い無しに必死になる016に、黒髪の少女はニコッと笑って言った。


『気にしなくていいよ、こっちも勝手にやるからさ』


その少女の横には、いつの間にか男……006が居た。


『……お別れだね』


少女の言葉と共に、006はニッと笑った。

その耳には、016のもの……いや、少女のものと同じピアスが……。


プチッ…


016の中で何かが切れるような音がしたと同時に、016は無言で小銃を取り出しそちらの方へ向けた。


「……」


歯をギリッと噛み締めながら銃を構え続ける016。

震え手で焦点を合わせていると、後ろからバッと手を引っ張られた。


「バカ!何見てるか知らないけど、戻って来い!……何も無いぞ、そっちは!」


その手の主は……幸だった。


銃が手から離れて、016はその場にへたり込む。


その目線の先には、さっき落としたピアスが2つあった。


(……あんたが忘れられないんだよ)


そして016は、小さく考える。


(あんたが……好きなんだよ、まだ……)


頭の中には、ほんの少しだけ笑って自分を見てくる黒髪の少女の姿がある。


「……」


016は目を瞑って、ぐしゃっと手元の草を握り締める。


(だから……行かないでよ)


(誰の元にも……)


「……」


そんな様子の016を、幸はまた黙って見つめていた。


(とりあえず、落ち着いたのか……?)


地面を無言で眺め続ける016に、幸は1つ息をついてから話しかける。


「……でさ、どうする?ここら家もあるかどうかだし、バイトなんかさせて貰えるかも分からないけど」

「ん……そうだな……」


幸の問いかけに、016は立ち上がって辺りを見回す。


「とりあえずどこか、泊めてくれそうな家があれば良いんだけど……」


そう言って見回せど、明かりが見えるところなんて……1つしかない。


「……」

「あれは、家か……?」


が、その1つは家にしては何だか……見た目が異様すぎる。


「とりあえず、行くだけ行ってみる、か……」


最早嫌な予感しかしなかったが、かと言って夜をしのげそうな場所なんて他には無い。


「ご……ごめんくださーい……」


……結局、その家かも分からないものに突撃するしか無くなってしまった。


「居ない……かな?」


扉をコンコンと叩いて声を上げても返事が無いので幸がそう言うと、


「はーい」


と、少し遅れて返事があった。

そしてどたどたと騒がしくなる。


幸と016が2人でそれに冷や汗をかいていると、扉が開かれる。


「何か……?」


そこから出てきたのは、アクセサリーをたくさん付けた綺麗な人だった。


「あっ!」


その人は、016を見て大きく声を上げた。


「016!!」

「……!009……」


016は名前を呼びながら、少し顔を青くした。



***



「はい、紅茶」

「あ……りがとう、ございます……」

「……」


その家の中は、『ファンタジー』そのものだった。


小さな女の子、黒いもじゃもじゃの生き物、スライムみたいな透明な生き物、ホコリみたいな生き物、シルクハットを被った羽の生えた小人みたいな生き物……。


「ここ、異世界?」


幸が堪らず言うと、016は居心地が悪そうに答える。


「こういうやつなんだよ。あいつも僕と同じで、『例外』だから……」

「はぁ……」

「……まぁ平たく言えば、魔法使い……みたいなものだと思ってるよ」


その言葉に、009と呼ばれた人物は近づいて口を開く。


「正確に言えば、進みすぎた科学の産物…だけどね。だからほうきで空飛んだりなんかは出来ないの。……分かる?」

「は、はぁ……まぁ……?」


そんな事を言われても、幸にはこんがらがって理解出来ない。

幸が考えを放棄してうやむやに答えると、009はニコッと笑った。


「……ちょっと016」


そして、016の方に手に持っていた大きめのビンを投げる。


「わっ……危な……」

「それ開けられる?」

「えー……」


016が仕方ないなと言うように「よっ」と開けると、009は笑う。


「わー!やっぱり男の子だぁ」

「……」


わざとらしいまでの歓声に、016はまた仕方ないと言うように口を開いた。


「……あんたも男だろ」

「まーね」


ニヤッと笑う009に、


「えっ」


と、幸は驚く。


「だって、声……」

「……言っただろ、魔法使いだって」


幸が009の女声を指摘しようとすると、016はそう言って嫌々説明をする。


「あんた……これやりたかっただけだろ」

「だってー、楽しいんだし……それに……」


気に食わなかった016が噛み付くと、009はそんな言い訳をしながら幸の方に近づく。


「……初めて会った人しか、こーゆー反応してくれないでしょ?」

「はぁ……はい」

「オレは016の言う通り『例外』だから、見た目や声なんかより確実なもので人を見分けられるからさ」

「……?確実なものって?」


幸が聞くと、009は待ってましたと言うように答えた。


「……脳波」

「脳波……?」

「そ。……だからね、」


009はそう言って、人差し指を立てながら幸にずいっと近づく。


「……ノラ猫がひよこに化けてきても、気づいちゃうって訳」


「どんなに心が、ひよこであっても……ね」

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