鵺と『カ』と『ク』

 私が、十指それぞれで瓦礫なんかを操るやいなや、鵺は放電する塊をいくつもこちらへと向けて飛ばしてきた。


「……!」


 私は瓦礫のひとつだけを使い、十数程の塊たちを叩き消す。


 私はこれまでの妖気を纏ったモノとの戦いで、操った物へ自身の妖気を強く込める、という感覚をかなり掴んでいた。

なので、最初にこの塊へ能力をぶつけたときよりも、簡単に叩き消すことが出来るようになっている。


「やるやん! 月乃ちゃん!」


 私のそんな繰り捌きを見て、火虎先輩がいくつもの塊を斬り伏せながら、そう言った。


 どうやらあちらも何かを掴んだのか、最初に短刀を扱っていたときよりも上手になっているように見える。


『ふむ……短時間でこの成長……素晴らしい、百鬼夜行に参加するのならば、こうでなくては……』


 鵺は、そんな声を私の脳へと響かせる。どうやら、少し私達の間にはズレがあるようだ。


「ねえ、言っておくけど……私達、百鬼夜行には参加しないんだけど?」


『は?』


 私がそれを伝えると、それまでバチバチビリビリと鳴らしていた鵺の放電が止み、塊が消え、鵺は浮遊したまま固まっている。


『な、何? どういうことだ?』


「アタシ達、アンタを倒したら友達返してやるって言われて、それで戦ってるんやけど?」


 戸惑う鵺に、火虎先輩がこちらの事情を話す。すると、鵺はおそらく何かを考えるそぶりをしながら、なにかブツブツとつぶやき始めた。


『どういうことだ……? 何も聞いていないぞ? ぬらりひょんめ……また、何を考えている……? それに、そもそもどうしてあんな人間の小娘を攫ったんだ……?』


 そうしてしばらく、お互いに動かない時間が続いたかと思うと、突然鵺が放電を再開し、塊がいくつも発生する。


『よくわからんが、ぬらりひょんにも考えがあって、私と貴様達を戦わせたいのだろう……ならば、やるしかあるまい!』


「ええ……よくわかってへんのかい」


 火虎先輩が呆れながらそう言うと、鵺が塊をひとつ、彼女へ飛ばす。


 火虎先輩はそれを容易く斬り伏せると、「……キレた?」と、煽るように言った。


『ええい! 何があったのかは知らんさ! しかし、私達は同じ目標に向かって長年やってきたのだ! ならば、それに従い役目を全うするまでだ!』


 鵺は先程までよりも強く放電し、塊の数を段々と増やしていっている。


「月乃ちゃん……あのバケモンの、本気がくるで……」


「うん、でも……やらなきゃ!」


 私は、十指の操る先の物へ込めた妖気をさらに強め、こちらへ再び飛来し始めた無数の塊を叩き消していく。


 そして、私は段々と飛来してくる塊の対処へと慣れてきていた。四方八方から来る塊を、十指で対応していたのだが、段々と九指、八指と数を減らし、ついには四指で操る物だけで対応できるようになってきたのだ。


 火虎先輩も同じように、短刀の一振りで塊ひとつだったのが、ふたつ、みっつと斬り伏せられる数が増えているようだ。


『なるほど……これほどとは……なら、これは耐えられるかな?』


 鵺はそんな私達を見ながら、何故か大きく口を開けた。


 そして、その口の中に放電する塊が発生したかと思うと、それは突然大きく膨れ上がった。


「な、なんや!? あれ!?」


「火虎先輩! 私の後ろに!」


 私は、なんとなく次に来る攻撃がどういうものなのかがわかった。口の中に、ああいう感じで何かを溜めてやることといえば、漫画か何かで見たことがある。


 火虎先輩が何がなんだかという感じで後ろに来たのを確認すると、私は右手の人差し指に十指分の力を込め、私の体重の十倍近くの重さがある大きな瓦礫を差して操り、素早く私達と鵺の間へ移動させる。


 次の瞬間、鵺の口に溜められた、膨れ上がった放電する塊が太い光線のように発射される。


 瓦礫が重い。操る力が中断されてしまいそうな程の大きな妖気を纏った電撃光線が、バチバチッと、私の操る大きな瓦礫と押し合っている。


 私は妖気を強く込め続け、耐える。


 そして、そんな状態が続き、しばらくすると、鵺の攻撃が止んだ。


『これを耐えるか……惜しいな、ぜひ、百鬼夜行に加え入れたいのだが……』


 鵺がそんなことを言ってくるが、私はそれに何かを返す気力が無かった。


「──痛ッ!」


 私は、今までにないほどに能力を使い消耗していた。

そして、人差し指がズキズキと痛む。これは、おそらく能力を強く使いすぎた為の代償なのだろう。


 私は右手の人差し指の痛みに耐えかねて、左手でそこを抑えながら、片膝をついてしまう。


「月乃ちゃん!」


 そんな私を見て、火虎先輩が悲痛な顔をして、こちらに駆け寄ってきた。


「情けないわ……アタシ、何もできんかった……指、痛むんか?」


 そんな火虎先輩の言葉を尻目に、鵺の方からバチバチと放電する音が聞こえる。


 それを見れば、鵺は再び電撃光線を放とうもと塊を膨れ上がらせている。


「火虎先輩、逃げて……」


「アホか! こんな状態の友達一人置いて、逃げられるわけないやろ!」


 ──友達。こんなときに、そんな嬉しい言葉が聞けた。


 そうだ、私は友達を二人ここに助けに来たんだ。高校に入って一ヶ月ちょっと。そんな短い時間でできたにも関わらず、大切にしたいと思えた、二人の友達を。


 まだ、戦わなければならない。友達を助けるために、諦めてはならない。


 ──そんなことを再び決意し、立ち上がった、その時。


「くまちゃん!」


 知っている声がした。それは、今、戦っている理由で、大切な友達の声だった。


 私はその声の方向を見る。そこには、今にも崩れそうな洋館の、二階の大きな窓から顔を出したうさぎと九頭龍先輩がいた。


 その窓の上の方へ視線を動かし、屋根の上を見れば、家入がニヤニヤとこちらを見ていたが、そんなことはどうでもよかった。


 私は視線を戻し、うさぎの方を見ると、そこにあったのは不安そうで、心配そうな顔だった。


 どうして今、家入が私達に二人の姿を見せたのかはわからない。だが、私の決意が、さらに強くなる。人差し指も、なんだかもう痛くない気がしている。


「晴子! しっかりしなさい! 可愛い後輩を守るのよ!」


 九頭龍先輩から、大きな声で、そんな言葉が火虎先輩へかけられる。


「…………わかっとるわ! 月乃ちゃん! 次のあのスゴイヤツ、アタシに任せてくれんか?」


 火虎先輩は、なんだか嬉しそうに、そんな提案をしてきた。


「本当に……大丈夫なの?」


 私がそう言うと、火虎先輩は「いちかばちか……やけどな」と、少し不安になることを言う。だが──。


「わかった……でも、無理はしないでね?」


 私はそう言うと、電撃光線の射線から外れるように移動し、鵺のところを目指す。


 鵺の電撃光線は、放たれるのに先程より時間がかかっているようだ。おそらく、鵺の方も相当消耗するものなのだろう。


 そして、私が鵺まであと半ばというところまで来たところで、それは放たれた。


「──火虎先輩ッ!」


 バチバチッと激しい鳴り響く轟雷音が火虎先輩へ向かっていく。


 火虎先輩はそれを前にして、短刀を上段に構え持っていた。


 火虎先輩の妖気が短刀へ集まり大きくなっていく。そして、妖刀であろう短刀そのものが持つ妖気も、それに従うように大きくなってから──突然、短刀の刀身にぴったりと纏わりつくように凝縮された。


 そして、そんな短刀を火虎先輩は、電撃光線へと振り下ろした。


 すると、まるで漫画の侍キャラが岩や壁を切るように、電撃光線が縦に真っ二つに割れた。


「しゃあ! 見たか智香! やったったで!」


 私は、火虎先輩が「任せてくれ」と言った事をやり遂げたのを見届けた。


 そして、私はもう、鵺のところへと辿り着いていた。


 私は、もうすでに操っていた十指分の大きな瓦礫を、鵺へと振り下ろす。


『ぐッ…………ぬぅ!!』


 しかし、それはそのまま当たることは無く、いつの間にか用意されていた複数の塊に阻まれていた。


 押し合いが、続く。鵺にはもう余裕があまりなさそうだ。それは私達も同じで、火虎先輩はもう力を使い切ったのか、座り込んでしまっているし、私も、もう限界が近い。


 だが、私はさらに瓦礫に妖気を込め操る。今、限界を迎えそうな私を、友達を助けたいという気持ちだけが突き動かすのだ。


 そして、とうとう私の操る瓦礫を防いでいた、鵺の塊たちが先に限界を迎え、消えていく。そして、そのまま瓦礫が当たり、鵺は「──ヒョーッ!?」という大きな鳴き声のようなものを上げる。


 しかし、鵺は倒れることは無く、浮遊したまま空へと逃げていく。


「ああ! 鵺が空へ!」


 火虎先輩がそう叫ぶ。本当かどうかは知らないが、うさぎと九頭龍先輩を返してもらうには、鵺を倒す必要があるのだ。


「逃さないッ!」


 私はそう言うと、火虎先輩のように『いちかばちか』の賭けに出る。


 私は空へと全力の跳躍をし、最高到達点まで行くと、自身の左右の靴を指差し、操る。

そして、その靴を操り、その場に固定すると──私は空に立っていた。


 そのまま靴を操り、上へ上へと浮遊するように移動する。


 これは、怖くてやったことは無かったのだが、できるとは思っていた。そして、重力だとか、バランスだとかが取れないと危ないものだと思っていたが、やってみれば、そう大したことはなかった。


 私は移動する速度を上げて、鵺へと迫る。


 早く移動すると、少し恐怖を感じるが、私はスピードを落とすことは無かった。


『なるほど、考えたな……だが、空に操ることができる物はそうあるかな?』


 鵺が私にそう言う。


 確かに、もはや私が指差し、操れる物がないほどに高く上ってきしまっていて、服や靴を操っても防御ぐらいにしか使えないだろう。


『ここまでだな……』


 鵺はそう言うと、口の中に放電する塊を発生させ、電撃光線の準備をしている。どうやら、もうそれを放てるぐらいに回復したようだ。


 ──しかし、私も何の勝算もなくここまで来たわけではない。


「火虎先輩!! 短刀!! ここまで投げて!!」


 私は、出せる限りの大きな声で火虎先輩にそう言った。


「はあ!? 届かんで!?」


 火虎先輩も私に大きな声でそう返してきた。


「大丈夫!! 私から半径十メートル以内!! そこまで届けばいいから!!」


「そんなん楽勝や!!」


 火虎先輩は短刀を槍投げのように空へ向かって投げる。


 そして、すぐに私の半径十メートル以内に届き、私はそれを左手の人差し指にの力を込め、指差した。


『それが、貴様の最後の足掻きか……? いや……よく見れば、まさか、それは!?』


 その短刀を見たときに、鵺は焦るそぶりを見せた。


「そう、これには火虎先輩の妖気が残っていて、妖刀そのものに妖気があって、そして今、私の妖気を纏った……」


 そう、私が操っていても、これは火虎先輩が『借りて』いる物のままだ。どうやら私が『貸した』物でなければ、能力で操れるようで、そのことは家入から『借りる』のを見ていたときからわかっていた。


「火虎先輩!! 今、これに妖気をありったけ乗せられる?」


 私はさらに火虎先輩へ要求をする。


「はあ!? カッスカスなんやけど!? でも、わかった!! やってみる!!」


 火虎先輩がそう言った後、短刀に火虎先輩のなけなしの妖気が、残っていた妖気にプラスされる。


「これで十分……さあ、撃ち合おうか!」


 私はそう言うと、ありったけの妖気を短刀に込める。


 ──もちろん、靴を操っていたも短刀に込めて。


 私はそのまま落ち始めるが、格好をつけて人差し指を鵺に向けながら、弾丸を撃つように短刀を放つ。


 そして同時に、電撃光線が放たれ、短刀とぶつかる。


 鵺と私との間は、短刀と電撃光線がぶつかったときには、すでに三メートル離れている。

十メートル以上離れれば、すぐに私の能力が解除され、鵺は倒せない。


 ──四メートル。

 鵺の電撃光線はぶつかってすぐに、私が放った短刀に押されており、普通にやったなら私の勝ちだっただろう。


 ──五メートル。

 もう光線を放つ口付近まで、短刀は届いているが、鵺も最後の抵抗をしていて、それがまたしぶとい。


 ──六メートル。

 落ちていく恐怖が私を支配していく。しかし、短刀から能力を解くわけにはいかない。


 ──七メートル。

 鵺の抵抗が凄まじい。私は、恐怖と戦いながらも短刀へ込める妖気を緩めないように食いしばる。


 ──八メートル。

 火虎先輩からの怒声のようなものが聞こえる。こんな無茶をしたからだろうか。


 ──九メートル。

 うさぎと九頭龍先輩がいる窓が見える。そこから、声が聞こえた。「つっきー!! 勝って!! 勝って、生きて帰ろう!!」と。


 ──そして、十メートル。

 私は、この限界ギリギリの状況で、火事場の馬鹿力的な妖気が湧き上がる。聞きたいことがひとつできたのだ。だから、死んでなんていられない。


 ──何故か、十一メートル。

 地面が近いのがわかる。『モノクリ』の能力のせいだ。そして、私は短刀を操る力にかかる負荷が無くなったのを感じた。


『見事……本当に私を倒してしまうとは……だが…これなら……』


 私の脳に鵺のそんな声が響く。倒してしまうとは、というのは『倒した』ということだろうか。


 私はそれを理解し、いつの間にか解かれていた能力を自覚すると、服や靴を指差し、ゆっくりと身体の落下速度を減速させるように操作し、着地する。


「勝ったの……?」


 私がそんなことをポツリと言った後に、火虎先輩が駆け寄ってきた。


「月乃ちゃん……!」


「火虎先輩……」


「アホ! なんちゅうむちゃするんや! 死んだらどうすんねん!」


「ごめんなさい……でも、無茶はお互い様でしょ?」


 私がそう言うと、火虎先輩は少しムッとなるが、返す言葉が無かったのか黙ってしまう。


 でも、確かにかなり無茶をしてしまった。だが、鵺を倒し、私自身も無事、着地することができたのだから『終わり良ければ全て良し』とはならないのだろうか。


「なんにせよ、これで智香とうだひなちゃんを返して……もらえるんかな……?」


 火虎先輩がそんな疑問を口にしたとき──私は突如として、三人分の気配を感じた。


 ひとつは家入のもので、残りの二人はわからない。だが、それが誰なのかは確信があった。


「うさぎ! 九頭龍先輩!」


 私はその気配の方向を見て、二人の姿を確認すると、大きな声で名前を呼んだ。


 火虎先輩もそれに気が付き、二人の方を見ていた。


「フフフ……約束だ、この娘達は返してやろう」


 家入がそう言ったが、それを言い切る前に、うさぎと九頭龍先輩がこちらへ駆け出してきていた。


「くまちゃん……!」


 うさぎは私の方へ駆け出したまま止まらず、そのまま私に抱きついた。そして、私はそれを抱きとめる。


「怖かった……! 助けてくれて、ありがとう! でも……無茶しすぎだよおっ!」


 うさぎは、恐怖や感謝や心配などの様々な感情を私に言ってから、ワンワンと泣き出してしまう。


「ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって……っ、ごめんねっ……」


 腕の中で泣きじゃくるうさぎにそう言ってから、私も少し泣き出してしまう。


「ううん、いいのっ……そんなこと。く、まちゃんが……っ、つっきーが無事で……よかったよおっ……」


 そうして私達は、お互いに抱き合ったまましばらく泣きじゃくってしまった。


 火虎先輩と九頭龍先輩も何かを話している様子だが、私にはそれを気にする余裕が無かった。


「そうだ……うさぎ、その、『つっきー』って呼び方……」


 私は、お互いに少し泣き止んで来た頃に、聞きたかったことを思い出し、うさぎにそう聞いた。


「うん、覚えて……ない?」


「ううん、覚えてる…………ごめん、嘘。本当は、さっき思い出したの……」


 私は正直にそう言った。さっき、というのは、落ちているときにうさぎからそう呼ばれたときのことだ。


「そっか、ごめんね……? 色々と黙ってて……」


 うさぎは私にそう言って謝罪をしてきた。


「違う、謝るのは私の方だよ……も、今回も……本当に、ごめんなさい……」


 私も、うさぎの夕焼の光に混じってより一層美しさを増している潤んだオレンジ色の目を見つめ、謝罪を返す。


「ううん、くまちゃ──『つっきー』。私は怒ってないし、謝ってほしいわけじゃないよ……あなたが妖怪でもなんでもいいの……これからも、私と仲良く……友達でいてほしいな」


 そう、この『うさぎ』こと兎太陽菜という少女は、私が『モノクリ』の子孫であることも、不思議な能力が使えることも知っている。


 そのことを、『つっきー』という呼び方を聞いて、思い出したのだ。


 それは、私が忘れたかった記憶で、でも、忘れてはいけなかったはずの小さな頃の記憶。それを、私は今日このときまで忘れて──いや、思い出さないように、無自覚に記憶へ蓋をしていたのだろう。


「うん……わかったよ、『ひーちゃん』……」


 私はゆっくりと記憶の蓋を開け、あの日々を思い出していた。

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