妖怪山へ

「九頭龍先輩が、攫われた……? どういうこと?」


 私は通話の向こう側の、焦っている様子の火虎先輩にそう聞く。


『アタシの家に智香が泊まっとるのは知っとったな? それで、アタシがひとりでコンビニまで行っとったんやけど、そしたら智香おらんようになっとって、さらに変なメッセージが来とって……』


 そこまで聞いて、なんとなく理解できた。どうやら火虎先輩も、私と同じ状況のようだ。


 私は火虎先輩へ、今向かっている住所のリンクを『YOIN』で送る。


「ねえ、メッセージって、今送った住所に来いってやつじゃなかった?」


 すると、火虎先輩から『そうや、そこや! でも……何でわかったん?』という反応が帰ってくる。


「私も、友達が攫われたの……おそらく、九頭龍先輩を攫ったのと、同じやつに……」


『そうなんか!? 一体なんでや……?』


「わからない……とりあえず、私は送られた住所のところまでバスで行くけど、そっちも来るなら最寄りのバス停で待ち合わせしよう」


 そう提案すると、『わかった、今から向かう』と、火虎先輩は言い、通話が切られる。


 そして、通話をしながらも走り続けていた私は、AA町のバス停に辿り着いていた。


 そのまま私は、送られて来た目的地へと行けるバスを待ち、それに乗り込むと、落ち着かない気持ちのままバスに揺られ、目的地の最寄りのバス停へと辿り着く。


 それからしばらくバス停付近で待っていると、すぐに火虎先輩が来た。


「早かったね……」


「ああ……オトンに近くまで車出してもらったんや……しかし、まさかここに呼び出すなんてな……」


 私達の目的地。そこは、昔から地元民に『妖怪山』と呼ばれているところだった。この山の標高は低く、私が降りたバス停がある道路は山頂まで続いていて、車ならすぐにそこへ行くことができる。マップアプリが指す目的地はこの山の中にある自然公園で、道に沿って行けば左手に見えてくるらしい。


「とりあえず、行こう!」


 私は走り出し、目的地を目指す。それに「待ってや、月乃ちゃん! 」と、火虎先輩もついてくる。私は全速力で走っているのだが、火虎先輩もそれにちゃんとついてこれているようだ。


「大丈夫? ついてこれそう?」


 私は一応そう聞くが、いらぬ心配だったようで、「問題無いわ、アタシも妖怪なんやで?」と、火虎先輩は言った。


 そうやって、しばらく山道を登って行くと、左手に自然公園が見えてくる。私達はそのまま公園内に入って立ち止まり、あたりを見回すが、どうやら人の気配はなさそうだった。


「誰もいない……?」


 入口付近に噴水があるぐらいで、他にめぼしい何かは無く、静かで、のどかな公園だ。本当に誘拐犯は私達をここに呼んだのだろうか。


 私はとりあえず公園内を詳しく探索しようと一歩踏み出す。


 ──すると、噴水からパシャリ、と音がした。同時に、能力のセンサーに引っかからないもの──つまり、何かの生物がいるのがわかる。


 そのまま噴水の方を見ると、緑色のヒレがある手のようなものが水面から出ていて、噴水の縁を掴んでいた。


「月乃ちゃん……」


「うん……」


 私はそれを見て、『妖怪感』を覚える。どうやらそれは火虎先輩も同じだったようで、私達は目の前のそれを警戒する。


 すると、ゆっくりと緑の手のようなものの正体が、噴水から姿を表す。


「…………へ?」


 私はその正体を見て、つい拍子抜けしたような声を漏らしてしまった。


 ──それは、小さな緑色の体に、黄色いくちばしがあって、頭には白い、おそらくはお皿を乗せている。この妖怪の名前は私でも知っている。河童だ。


 しかし驚くべき、というか変なところがあった。


 ────それは。


「なんや? この、フリーイラストみたいな河童は……」


 火虎先輩がその、変なところを言ってくれる。


 目の前の河童はまるで、デフォルメされたキャラクターがそのまま現実に出てきたようで、なんというか──。


「可愛いかも……」


「えっ……正気か? 月乃ちゃん?」


 その河童は明らかに妖怪で、敵かもしれないのにも関わらず、私はそのマスコット的な可愛さに心惹かれてしまったのだ。


 河童は私達を見ながら、よちよちとこちらの方へ歩み寄ってくる。その様子は、まるで小さな子どもや、小動物を思わせるものがあり、さらに私の心を掴む。


「確かに……ちょっとかわいい……か?」


 火虎先輩もどうやらそう思ったようだ。女子高生ならば、この存在を可愛いと思えないわけがないだろう。


「ねえ……河童さん? この辺に誰か来なかった?」


 私はその河童と目線を合わせる為にしゃがんでから、そう話しかける。


「お嬢さん方が、『モノカリ』と『モノクリ』の末裔だね? 家入様は別の場所でお待ちだ、私についてきてもらおうか」


 ──その言葉を聞いて、私は衝撃を受ける。それは、その内容に驚いたのではなく、マスコット的な河童から発された『声』に驚いたのだ。


「渋っ! 声、渋っ!」


 火虎先輩のそのツッコミ通りで、可愛い見た目とは裏腹に、洋画の吹き替えとか、アニメの渋いキャラクターを演じている声優さんかのような声が、私達の耳に届く。


「…………これはこれで、あり……かも?」


 私は少し考えて、そんな言葉を口に出す。すると、火虎先輩は「アタシには、月乃ちゃんの趣味が全然わからんわ……」と言った。どうやら彼女には理解できなかったようだ。


 そんな妙な可愛さを覚える河童に対して、私は質問を続ける。


「家入様っていうのが誰かは知らないけど、それが私達の友達を攫って、ここに呼び出した存在……ってことでいいのかな? 」


「ああ、そうだ」


 河童が渋い声でそれを肯定する。どうやら誘拐犯とこの河童には、繋がりがあるようだ。


「そっかあ……わかった、じゃあ、案内してくれる?」


 私は、河童のつぶらなひとみを見つめながらそう言うと、立ち上がり公園を出ようとする。


 すると、「待て」と、そのまま歩き出そうとしていた私を河童の声が引き止める。


「その前に……君達の尻子玉を頂戴する!」


 そう言った河童は、その体と、先程までのよちよちとした動きからは想像もつかないぐらいに素早く、高く、私の方へと跳躍してきた。


「わっ! 何!?」


 私はそれを難なくひょいと避けると、そのまま河童はくるりと宙返りをし、着地する。


「ちっ……やるな、お嬢さん」


 私は一体何が起こったのかと、状況を掴めずにいると、「やっぱり、こいつは敵や! 月乃ちゃん!」という火虎先輩の言葉で、ハッとなる。


 そうだ、私はまた、気を抜いてしまったのだ。誘拐犯と仲間であるならば、警戒しておかなければならないのに。ならば、可愛くて気が引けるが、仕方がない。戦わなければ。


 私は、周囲の大きめの石を五つ、指差し操る。ふわり、と浮いたそれを、自分の近くへ漂わせ、戦闘準備をする。


「ふっ……『モノクリ』の能力か、懐かしいな!」


 そんな気になる事を言った河童は、素早く動き出してから、再び跳躍をする。──今度は、火虎先輩の方へ。


「えっ、アタシ?」


 てっきり私のところへ来ると思っていたのだが、どうやら違ったようだ。火虎先輩もそう思っていたのか、不意を突かれたような顔をしている。


「よこせ! 尻子玉を!」


 すると、火虎先輩は飛び掛かる河童を私と同じように、ひょいと避ける。


 そして、それだけではなく──火虎先輩は避けた勢いのまま、河童のお皿の部分へチョップをお見舞いする。


「あっ……」


 私は、思わず声を漏らしてしまう。あれ、河童の弱点って、確か──。


「ぐ、おぁああ!?」


 まるで洋画のかっこいいやられ役のような声を出しながら、河童がズシャア、と地面に滑り落ちる。


 その様子を、火虎先輩はニヤりと笑いながら見下ろしていた。


「やっぱり、河童の弱点っていったら頭のお皿やんな!」


 そう得意気に言う先輩を尻目に、私は倒れ込んだ河童へ近づいてみる。大丈夫だろうか。


「はあ……はあ……お、おのれ『モノカリ』、急所を狙うとは卑怯だぞ……」


 頭のお皿を見ると、ひび割れてしまっていた。河童はもはや虫の息、という感じで、今にも倒れてしまいそうだ。


「だ、大丈夫……?」


「大丈夫なわけがあるか! このままだと……死んでしまう! み、水……噴水に連れていってくれ……!」


 河童は必死にそう求める。襲いかかってきたとはいえ、死んでしまうのは可哀想なので、噴水まで持っていってあげようかと思ったとき、火虎先輩が私の前を手で塞ぎ、それを阻んだ。


「まあ、待ってや……なあ、河童の……おっさん? 助けて欲しいなら、尻子玉とか抜こうとせんといてや? そしたら助けてあげるわ……」


「な、なんだと……くっ、まあ、仕方がない……よかろう」


 河童はあっさりとそう約束したが、本当に信用できるのだろうか。


「ねえ……こんな口約束をして、なんになるの?」


 私は火虎先輩へ近づき、こっそりと耳打ちをする。


「ああ……いや、信じるわけやないで。ただ、案内役は必要やし、それに良い案があるからな……」


 そう言って火虎先輩は、河童を抱えて噴水の方まで歩き出す。


 そして噴水まで辿り着くと、そのまま勢いよく水面へ河童を投げつけた。


「それっ!」


 噴水に大きな水しぶきが上がる。そしてしばらくすると、河童がぷかり、と浮かんでくる。


「あぁ……」


 私はなんだかいたたまれない気持ちになる。マスコットキャラクターみたいな存在がボコボコになっていくのは見ていられない。


「ゲホッゲホッ! 野蛮な娘だ……」


 しばらくすると、河童が噴水から這い出てくる。


 そして、見ればお皿が治っているようだった。


「さあ、約束どおり家入とかいうヤツのところまで、大人しく案内してもらおか?」


 火虎先輩はそう言って、這いつくばったままの河童の前で仁王立ちをする。


「ククク、フハハハハ! バカめ、妖怪が大人しく口約束を守るものか! 尻子玉を渡さねば、家入様のところまでは行かせんわ!」


 そう言いながら、立ち上がる河童。まだ、戦意は失っていないらしい。私は疎か、火虎先輩にも勝ち目がなさそうなのに。


「まあ、せやろな……でも、アタシらも急いどるから、手段は選ばんで……」


「何……?」


 そう言って、いつも以上にニヤりと笑った火虎先輩。それを見て河童は可愛いファイティングポーズを取った。そういえば、火虎先輩は良い案があると言っていた。今からそれが見られるのだろうか。


「これ、なーんだ!」


 火虎先輩は、左手に持っていた物を河童に見せる。あれは、確か──。


「は──? あ、あれ?」


 河童はそれを見ると、自分の頭の皿を触る。そして、気がついたようだ。


「そ、それは、私の皿の破片じゃないか!」


「正解!」


 そう言うと、パチンと指を鳴らす火虎先輩。彼女は皿をチョップして割ったときに、破片を自分の手に忍ばせていたのだ。


「か、返せ! 少しでもかけているとパワーダウンしてしまう!」


「ふーん、そうなんか……持っといて良かったわ!」


「貴様! 知らずに持っていたのか!」


 河童は激昂し、声を荒げる。まるで洋画の名シーンのようだ。それに対して、火虎先輩は相変わらずのニヤけ面をしている。


「それでな……この破片。今は『物』判定みたいやなぁ……」


「どういうことだ……!」


「わからんか……つまりな、これ、『貸して』もらうで?」


 火虎先輩がそう言うと、『モノカリ』の能力が発動した。火虎先輩の周りと、持っている皿の破片から、大きな『妖怪感』を覚える。不思議だ。前は感じなかったはずだが。


「ま、まさか……おのれ! モノカリィ!」


「能力は知っとるみたいやな! ほな、返してほしかったら案内、よろしくな!」


「ぐ、ぐうぅっ……!」


 河童は悔しそうに地面にへたり込んだ。どうやら、完全に観念したようだ。


 なんだか可哀想になった私は、河童の方へ近づき、しゃがんで話しかける。


「大丈夫、ちゃんと案内してくれたら返してあげるから……ね?」


 優しくそう話しかけると、河童は顔を上げる。つぶらなひとみには涙を浮かべていた。


「こっちの……『モノクリ』のお嬢さんは優しいな……」


 そう言って笑顔を浮かべた河童に、私は手を差し伸べる。


「ありがとう……」


 河童が、差し伸べた手を取ろうとしてくれる。


 もしかしたら完全な妖怪でもわかりあえて、友達になれるかもしれない。そんなことを、私は思ってしまっていた。


「油断するなよ、月乃ちゃん! 多分、そいつは尻子玉を取るのを諦めてない!」


「え……?」


 気づけば、河童の手は私の手ではなく、もっと下の方へ伸びているようだった。そういえば、尻子玉ってどういうもので、どうやって取るのだろう。そんな事を考えて、避けるのが遅れる。ダメだ。取られる──。


「尻子玉! 取ったど──」


 絶体絶命かと思われた、そのとき──背後から誰かが河童を蹴り飛ばした。


「え……」


 河童は再びズシャア、と音を立て滑り落ち、またもや皿が割れたようだ。


「大丈夫?」


 聞こえたのは、女性の声だった。


 立ち上がり振り向くと、ショートカットで青い髪の少女が立っている。そして驚くことに、日曜日だというのに制服を着ていた。それは、見覚えのある黒いセーラー服で──というか、Y高の制服だった。


 戸惑いながらも顔を上げ、「あ、ありがとう?」と言ったとき、彼女の顔が見え、目が合う。


 ──そして、今日何回目かの『妖怪感』を覚える。


 なんだかこの状況には既視感があるな、と私は思った。


 そんな私を尻目に、青髪の少女は河童を鷲掴みにして、噴水の中へ放り投げる。


 「君、警戒心が薄いね。河童なんて、人の尻子玉を取るのに必死なんだから、近づいちゃいけないのに……」


 青髪の少女はこちらを向いてそう言うと、公園の外へと歩いて行く。


「なんや……あの娘……? 妖怪やよな……?」


 一部始終を見ていたであろう火虎先輩がそう言った。そちらの方を見ると、不思議そうな顔をしている。


「ついてきて、家入の……おじいちゃんに、会いたいんでしょ?」


 突然の出来事に、私と火虎先輩は呆然としていると、青髪の少女から目的地の名前が出る。


「え……? なんで知って……」


「いいから来て……質問には、答えないよ?」


 そう言った彼女の不思議な雰囲気に押され、私達はついていくことに決めた。


 公園を出て、山道をさらに登って行く私達。道連れであるはずの私達に会話は無く、静寂が流れていた。


「なあ……あの娘、Y高の娘やんな……? 助けてくれたって事は、月乃ちゃんの知り合いか……?」


 そんな空気に耐えかねたのか、火虎先輩が耳打ちをして、尋ねてくる。


「ううん、知らない。それに、人の見た目の妖怪は火虎先輩ぐらいしか知らないし……」


 それを聞いて、火虎先輩は「そっかぁ……」と言い、また黙ってしまう。どうやら、あちらにも心当たりは無いようだ。


 一体この青髪の少女は何者なのだろうか。妖怪であることは間違いない。私達と同じように、妖怪と人間の血を継いでいるのかだろうか。何故、私を助けてくれたのか。家入という存在とはどういう関係なのか。疑問は尽きない。


 そして、不思議なのはそれだけでは無い。私を助けてくれたあのとき、河童を蹴り飛ばすまで、彼女は私の『モノクリ』のレーダーに反応しなかったのだ。


 そうこう考えていると、突然、青髪の少女は道路の脇で立ち止まる。目の前には、森があるだけだが。


「何しとるんや……? そこは森やで……?」


 そんな火虎先輩の言葉を無視して、彼女は森の中へ入って行く。


 すると──青髪の少女の姿が消える。スッと消えていなくなってしまったのだ。


「消えてもうた……どないしよか、月乃ちゃん……?」


「どないって……行くしかないでしょ……」


 私達は彼女が消えたところへ近づく。そして、その空間をよく見ると、ほんの少しの『妖怪感』があった。


「これって……」


「ああ、妖怪の仕業……やろうな」


 私達は顔を見合わせ、頷くと、それから再び青髪の少女が消えた空間を見て、せーので一歩を踏み出す。


 すると、異世界や別の場所にワープする。とかでは無く、今まで森だった場所に道が現れる。いや、おそらく森の幻覚でも見せられていただけで、もともと道があったのではないだろうか。


 道の先には、大きすぎも小さすぎもしない洋館が見えていて、私達から少し離れたところには青髪の少女がいた。


「ここが、『家入の隠し屋敷』だよ……あの中におじいちゃんはいるから……」


 そう言うと、青髪の少女はこちらの方へ歩いてきて、私達とすれ違う。


「どこに行くの……?」


 私がそう聞くと、彼女は「帰るの」と言った。


 ──振り向くと、もう青髪の少女はいなかった。


「なんやったんや……あの娘。けど、助かったわ、目的地には着けたみたいやし」


「そうだね……」


 私は振り向いたまま、火虎先輩に返事をした。


「ほな……智香とうだひなちゃん、返してもらいに行こか」


「うん」


 私達は洋館への道を行く。そして、すぐに辿り着く。


 おそらくは、敵の本拠地である『家入の隠し屋敷』とやらに──。


 

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