物操り少女〜モノクリガール〜

鶏烏賊

プロローグ

 ZZ県XX市。そこのとある町のとある住宅街にある一軒家。

そこは私、和隈月乃わくまつきのが住んでいるところだ。


 朝起きて、顔を洗ったり、朝食を食べたり、高校の制服である黒いセーラ服に着替え、身だしなみを整えたりなんかをして、今はもう家を出ようという時間だ。


「いってきまーす」


 リビングにいる母親と弟にそう言って、「「いってらしゃい」」という二つの声を聞きながら玄関に向かい、靴を履き、ドアを開け外に出る。


 いつもの閑静な住宅街。今は五月で、春の暖かい空気を乗せたそよ風が自分の肩まで伸びている黒髪とセーラー服の赤いリボンやスカートを撫でる。


「んー……」


 少し伸びをしてから歩き始めると、道端に転がっている小さな石ころを見つけた。

周囲に人がいないことを確信して、それに人差し指を向ける。すると、ふわり、と石ころが一メートル程、宙に浮かぶ。


 私には人に言えない秘密がある。

それは私がとある『妖怪』の末裔であることだ。


 妖怪『モノクリ』──。

それは、かつてここXX市で伝説が語り継がれていた大妖怪だ。


 人間の少女のような見た目をしているが、ありとあらゆる物を操って、人々を困らせたり、怖がらせたりしていたらしい。


 しかし、どういうわけか人間と結ばれ、子が産まれ、現代までその血が続いている。


 そして、その血を継いだ私は、『物を操る能力』を生まれたときから持っている。指差した物を操り、動かすことができる能力だ。


 両手の指の十本それぞれで、物をひとつずつ操ることができ、一本につき自分の体重と同じだけの物を操れる。操った物は、重さに関係なく、手でペンを振るぐらいの速さで動かせる。


 我ながら、使い方によっては恐ろしいことができる能力だと思う。


 宙に浮かせた石ころを能力で軽く放る。

石ころは放物線を描き、地に落ちてから少し転がり、止まる。


 こんなふうに、誰もいないところでいたずらに物を操ってみることはあっても、私は誰か傷つけたり、困らせたりするために能力を使おうとは思わない。まあ、家の中では自堕落に能力を使っていたりすることもあるのだが。


 私は再び歩き始め、学校へと向かう。いつもの、普通で、妖怪ではなく人間としての日々を過ごすために。


 それから学校へと向かうため、住宅街を右、右、左みたいに少しくねくねと道を曲がりながら歩いていく。

すると、片側二車線の大きな道路に突き当り、そこは丁字交差点になっている。

さらに、大通りに沿って右の方へ少し歩くと、今度は大通りを渡って向こう側に道が続いている丁字交差点に入り、その向こう側の道を行くため横断歩道の赤信号が変わるまで待つ。


 私は現在高校一年生で、先月入学したばかりだが、そんな私にもすでに『友達』と呼べる人ができていた。


「おはよー! くまちゃん!」


 くまちゃん。私のことをそう呼ぶ娘がいつものように笑顔で声をかけてきた。その娘は、金髪にツインテールで、それがまた黒いセーラー服に似合う、穏やかで可愛い顔をした美少女だ。


 名前は兎太陽菜うだひな──今のところたったひとりの私の友人だ。


「おはよ、うさぎ」


 私は笑顔で挨拶を返し、一緒に信号が変わるのを待つ。

いつもの、なんの変哲もない朝だ。──けど、これが良い。


 中学時代は理由あって友人がひとりもいなかった。だが、高校に入学してすぐの、四月にあった『とある事件』をきっかけにこの娘とは仲良くなれた。小学校以来で初めての友人である。──なのでこんなふうに一緒に通学できるだけでも、私にとってはとても嬉しいことなのだ。


 お互いを名字に入っている動物の『くま』と『うさぎ』で呼び合うのは、最初に仲良くなったときにうさぎが「くまちゃんって呼んでいい?」と言ってきたので、「うん、じゃあ……私は……うさぎって呼ぶね……?」と返し、すんなりと決まった。

お互いを愛称で呼ぶということは初めてだった気がするが、今ではこの呼び方も、呼ばれ方も気に入っている。


 やがて信号が赤から青に変わり、二人で並んで歩き始める。向かう先は同じ高校。

信号を渡ってから、このまままっすぐ道を行けばやがて右手に私達の通う高校が見える。


 ──XX市立YY高校。通称Y高はそこそこの偏差値を誇る、家からとても近い高校だ。歩いて十分程度しかかからない。


「そうそう、そういえばさ!」


 そんな短い通学路の中の唯一ある信号を渡り終えた頃、うさぎが話しかけてくる。


「くまちゃんはXX市の『ご当地妖怪』って知ってる?」


 『ご当地妖怪』というものについては知らない。だが、『XX市』と『妖怪』というワードには心当たりがある。動揺と嫌な予感がしながら、うさぎにそれについて聞く。


「え……? し、知らないけど……なにそれ?」


 それを聞いて、「そっか……」と少し残念そうにしたうさぎはすぐに説明を始めた。


「ご当地妖怪っていうのはね、XX市が企画した、ある妖怪達を美少女キャラクター化して街興しをしようってものなんだ!」


 なんだそれ、と思った。けどなんだか聞いたことはある気がする。そんなふうに美少女キャラで集客するというのは今の時代珍しくない。それよりも聞きたいことがある。


「それで……とある妖怪達っていうのは……?」


「うん……それはね……」


「それは……?」


「それは……『かきくけこ五大妖怪記』に乗っている、ここ、XX市の伝説の大妖怪達だよ!」


「…………!?」


 ────嫌な予感、的中。


 『かきくけこ五大妖怪記』──それは、私、和隈月乃の祖先である、妖怪『モノクリ』が乗っている古い書物なのだ。

読んだことは無い。けれど、それに『モノクリ』が載っているということは同じ血を継いでいるおばあちゃんにいろいろ聞かされて知っていた。


「そっ……か、よくわからないけど……うさぎはその、妖怪達……が、好きなの?」


「うん!」


 元気よく返事をするうさぎ。どうしたものか、と思ったがよく考えたら私が『モノクリ』である事なんてバレようが無い。目の前で能力でも使わない限りそんなことわからないだろう。キャラクター化でも何でも好きにすればいい。


「それで……そのご当地妖怪がどうしたの?」


 気を取り直して、うさぎに聞く。


「それが──最近、そのご当地妖怪の企画を始動するためのクラウドファンディングがあったんだけど……」


「クラウドファンディング……?!」


 そんなものが、というかXX市が企画したのに予算は降りなかったのか。


「そのクラウドファンディングね、私もいくらか支援したんだけど、その返礼品が、届いたの!」


「へえ……どんな物?」


 そう聞くと、うさぎは制服のポケットに手を入れて何かを出した。


「これ! そのご当地妖怪のキーホルダー!」


 うさぎがポケットから出したそれを手のひらに乗せ、見せてくれる。


 ──それは、肩までかかる黒髪の、白い着物を着た、デフォルメされた美少女キャラのキーホルダーだった。


 なんだか、ちょっと、既視感があるなと、そう思った。


「この娘は『モノクリ』! ううん、正確にはキャラクター化した際に名前を少し変えて、『物繰り少女(モノクリガール)』っていうの!」


 ────なんてことだ、よりによってそこなのか。というかなんだ、『物繰り少女』って。


「カワイイでしょ? 私、ご当地妖怪ではこの娘が推しなんだ!」


 笑顔でこちらを見るうさぎ。正直、私がそのキャラクターそのものというわけではないのだが、推されるのは悪い気はしない。


 ──けど、少し私に似てるような。というか、似せにきてるのでは、と、少し自意識過剰になってしまう。けど、すぐに考えすぎだろうという結論を出す。自分で言うのもなんだが、よくある髪型だし。


「そっか……良かったね」


 なんだか少し恥ずかしくて、可愛いと共感して言ってあげられなかった。

何にせよ、うさぎが嬉しそうならそれは何よりだ、と私は思う。


「こんな可愛い妖怪ならホントに出てきてくれてもいいのにね〜」


 いるよ、ここにね。なんて、もちろんそんなことは言わない。


「……」


 信号を渡ってから妖怪話に花を咲かせながら歩いていた私達は、いつの間にかY高の校門までたどり着いていた。


 桜なんてとっくに散っているが、まだ春の校舎前広場。

その広場から生徒達が次々と校舎へ入って行くのが見える。私達もそれに続き校舎に入り、昇降口で靴を内履きへと履き替え、自分達の教室へと向かった。

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