転生先の異世界が滅びかけで草

明地

覚醒

#1 目覚めたら剣が刺さってるんですけど



「あーー……畜生、いてぇ……」


 相変わらずの不快感に顔をしかめながら、自然と愚痴がこぼれた。


 どこかもわからない山の中。

 俺は妙な服(ファンタジー系の作品でよくあるやつ)を着て、かなりの時間ずっと仰向けのまま、赤だの青だのが渦巻く異常な色の空を見上げていた。

 もちろん何度も起き上がろうとした。

 が、すべて失敗に終わった。



 俺と地面とを繋ぎ留めるように、胸に剣がぶっ刺さっているんだ。



 すこぶる痛い。

 引き抜こうとしたが、どれだけ力を入れても微動だにしない。

 身体をよじってなまくらの刀身に肉や骨をゴリゴリ擦りつけて、文字通り少しずつ身を削っていくしかなさそうだった。

 もちろんめちゃくちゃ痛い。


 だけど、どういうわけか俺はなようで――だから、こんな無茶も痛みも無視できてしまった。


 *


 俺はどこにでもいる大学二年生だ。

 特に成績が良いわけではなく、友達もそう多くない。大学祭などの行事へ参加することもほとんどなく、サークルにも未加入。趣味といえば家でゲームするくらい。

 どこにいても目立たない存在だ。言ってて悲しくなってきた。


 しかし、だからこそ、なぜこんな状況に置かれているのか皆目見当がつかない。

 例えば不良とトラブルを起こして――なんてことは絶対にありえない。

 ……そもそも、そういったことに巻き込まれる人間関係がないもの。


 夜九時ごろにバイトから帰ってきて、玄関を開けたところまでは覚えている。

 けど、そこからは思い出せない。靴を脱いだかどうかすら。

 めちゃくちゃ疲れていたわけでもないから、家に着くなり気を失ったっていうのもなさそうだ。


 …………覚えていないことは、実はもう一つある。

 でも一旦置いておこう。重大過ぎるから今は考えたくない。


 * 


 最初に目覚めたときは状況の把握どころじゃなかった。

 ぶっ刺さっている剣がもたらすとんでもない苦痛。それにのたうち回っていると、急に暗闇と寒気がやってきた。死ぬって直感した。

 ああ、こんなわけもわからないまま死ぬんだって絶望して、死んだ。


 けどまた目覚めた。意識がぼんやりしているうちは痛みを感じなくて、ああ夢だったんだ、よかったーって思ったよ。でも首を起こしたら相変わらず胸から生えてる剣が見えて、その途端に激痛が戻ってきてまた絶望した。

 これはさっきの夢の続きかもかもしれない、いつか醒めるはずだと現実逃避した。そしてしばらくもがき苦しんで、また死んだ。


 ああ、今度こそ間違いなく死ねたと思ったよ。

 だからまた目覚めたときは本当に心の底から絶望した。そんで俺は、これは夢じゃなくて現実なんだって思い知った。

 最悪なことに三回目は一番長く苦しんだ。痛くて体が震えるせいで手に力が入らなくて、剣を抜こうとして何度も失敗した。少しでも身じろぎしたり、剣が揺れるたびに身体が割れるんじゃないかって痛みがやってきた。

 震えたりあがいたりするうちに傷口が広がって、体からどんどん血が抜けて……たぶん、失血死した。


 そんな感じで、目覚めては死ぬっていうのを何度も繰り返すうちに、

 奇妙なことに気が付いた。


 あんなに耐えがたかった痛みを、いつのまにか我慢できるようになっている。

 というか、痛みがだんだん弱くなってきていたんだ。

 気付いてからは痛みで気を失ったり、ショック死したりすることがなくなった。肺や心臓を傷つけて呼吸ができなくなるようなこともなくなった。失血死するまでの時間もかなり伸びて、行動に余裕ができた。

 相変わらず、冷たい金属が内臓や骨を軋ませるのは不愉快だし、やっぱり痛いものは痛いけど。

 それでも、俺はこの異常な事態に慣れ始めていた。


「死ににくくなってる……?」


 痛みがマシになったと自覚してからは落ち着いて考えられるようになってきて、ひとまず状況を整理することにした。

 

 まず、俺の恰好。視界が限定されているから全貌は見えないが、やはりファンタジーめいた衣装だ。どことなく高級な印象を受ける。

 服やマントは血でどす黒く汚れているが、革でできた頑丈な作りになっている。金属製の肩当には緻密な彫金細工が施されているが、間違いなく実用品だろう。

 余談だが、俺にこんなものを作ったり着たりする趣味はない。


 次に、この剣だ。どうも俺は帯剣していたらしく、その鞘だけがベルトに留められているのがわかった。そして中身の剣は間違いなく俺を刺し貫いているだ。

 つまり誰かが俺の剣を奪って串刺しにしたんだろう。少なくとも自分でできるはずがない。体もろとも地面にこんなに深々と刺すなんて、自力では無理だ。

 それに……直感だけど、この剣は魔法かなにかで固定されてるんだと思う。どんなに揺らしても引っ張っても、物理的な力ではピクリとも動かないからだ。


 そして、俺自身のこと。

 まず、俺は「死んでも復活できる」ということがわかっている。

 そして、死にまくるうちにわかったことだが、「死ぬたびに死因に慣れる」……と言っていいのだろうか。傷が治りやすくなったり、痛みへの耐性ができたりする。そんな能力があるらしい。

 とにかく、簡単なことでは死ななくなったのは確かだ。死にゲーみたいだな。


 そして思い当たったことが一つ。


「……これは」


 これは、異世界転生ってやつじゃないか?


 *


 剣を抜くという努力は何度試しても失敗に終わった。

 というわけで、非常に痛いやり方だが、自分の身を削って剣から逃れようとする試みが始まった。

 これがまたうまくいかない。

 

 右脇から抜けるように体を削っているが、そうすると傷口がどんどん広がって大量に血が流れ、最終的に失血死してしまう。

 死んでも復活できるので、その点は大丈夫なのだが。

 問題は、復活したときに傷口がすっかり塞がること、さらに剣の位置(正確には俺の体の位置だが)が、胸のど真ん中に戻ってしまうということだった。


 つまり、死ねば最初からやり直し。


 剣はだいぶ切れ味が悪いらしく、肉や皮膚くらいなら簡単に削れるが、骨はそうもいかない。時間をかけてゴリゴリ削らなくてはならない。

 骨格なんて人体模型でしか見たことがなかったが、人間の胸の構造は非常に複雑でめんどくさいものだと実感する羽目になった。

 血と骨肉の削りカスに塗れながら、まったく悪夢みたいな光景だと自嘲する。


 とはいえ、死にまくって失血死耐性が付いてくるうちに削り進める距離も伸びてきた。あと半日くらい続けていれば抜けられるだろう。

 肺を横断するあたりで息がしにくくなって効率が落ちるのが問題だが、まあ、気合でなんとかなるはずだ。


 そんなわけで、少しずつ身を削りながら脱出する作戦が続行中なのだ。


 *


 そして冒頭へ戻る。

 当座の目標ができた俺は、こうして自由のための自傷行為を続けている。


 ゴリゴリ ゴリゴリ


 骨が軋む音と感触に最初は吐き気を催していたっけ。

 何十回も繰り返すうちに、もはや気にならなくなってしまった。慣れって怖い。


 目覚めてから半日――いや、もっと経ったのだろうか。

 どのくらいの時間が経過しているかわからないし、見上げるばかりの空はどす黒い赤と腐ったような青を中途半端にかき混ぜた渦が高速で吹き流れていく。

 そのままずっと暮れることも明けることもないから、時間感覚が狂ってしまった。

 何もかも曖昧な中で、鈍い痛みと作業だけが生きている実感だった。


 そういえば誰も通らないなあ……なんて思っていると。

 無心に作業に耽っていたせいか、人が近づいているなんて気づきもしなかった。


「助けてくださいぃ!」


 突然、弱々しい悲鳴が響いた。

 次いで誰かが早足で地を蹴る音が聞こえてくる。

 人の声なんてもう長いこと聞いていなかったように感じて、急いで首をそちらへ向けた。しこたま痛めたが、どうせ復活するときに治ってるだろ。


 薄暗い木立の奥、何者かに追われているように見える少女の姿がある。

 フードの端からこぼれた空色のおさげを振り乱しながら、必死に走っている。

 

 地面に杭打ちにされた俺に何ができるのかわからない。

 けど、このまま放っておくのもなんというか非常に嫌な感じがして、

 とりあえず大声をあげてみた。


 *


『ねー見た? あの転生者クッソキモいよね!』

『まさか自分の体を削って脱出しようとするなんて……オエーッ』

『ギャー! ボクに妖精汁かけてんじゃねーよクソ羽虫!』

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