暴力のちデレ、沢渡星河

『今日は色々と準備があるから、一七時に旧放送室集合ね♪』


 そんなメッセージがスマホの画面に表示されていた。サレナだ。おかしいな、世の労働者とて、八時出勤しても休憩含めて一七時には上がれるはずだぞ。


「世の中ナメすぎ。平日の運動部はみんな一九時まで練習してるっての」


 まさか年下に世の中を語られる時が来るとは。小さい頃から星河のことを知っているだけに成長ぶりを喜ぶべきなのか、一年坊主に諭される己の不甲斐なさを恥じるべきなのか。あ、この場合坊主じゃないか。何て言えばいい? 一年嬢様?


「そういう頭悪そうな発言は心の中だけにして。聞いてるこっちまで馬鹿になりそう」


 そんな、発情した豚を目の当たりにした悪役令嬢みたいな顔せんでも。


「一応文系科目だけなら学年一五位くらいにはなれるぞ。まあそれは置いといて」


 僕はプライドのひと欠片を無理矢理絞り出したのち、


「ここからの約一時間半、どころかこの先ずっと世界一孤独な男として過ごさなきゃいけないんだぞ、こっちは……」

「……、」


 窓際。桟に腰掛けていた星河。ブラブラさせていた足が止まり、やや気まずそうに押し黙る。


 僕は思い出す。今日の朝から今まで行われていた授業の光景。


 飛ばされる点呼。タブレットに送付されない課題。これらはまだ序の口だ。体育の時間に放った僕のシュートはポルターガイスト的怪奇現象として扱われ、しまいには購買のパンが買えないときた。あれほど愛想の良いおばちゃんがガチでこちらを視認できなかった時が、一番精神的にダメージを受けたかもしれない。


「目の前で反復横跳びしてもノーリアクションはキツイよ、流石に」

「まあアレはちょっと同情したわ。にしてもあんたの反復横跳び、ぷ。微妙にテンポおかしいのよね……ふふっ」

「なにわろ」


 あろうことか、この無礼千万な後輩はあらゆる手段を以て存在をアピールする僕を見て大爆笑。今も思い出し笑いする始末である。他人事だと思ってからに……


 ったく、と教室を所在なさげにうろついていた僕は再び自席に戻る。そういや、認識ゼロなのに何で席はあるんだろうね。いやないと困るんだけどさ。


「……ま、丁度いいわ。ここに入学してから、あんたには色々と話さなきゃいけないことも溜まってるしね。――そうね。まず」

「…………おい、星河」


 この教室、廊下もだが……窓が無駄にお洒落で、桟は広くやや高い位置にあった。教室に隣接したバルコニーに行きづらくするためとか言われているが……


「? 何よ」

「いや、そのう。何というか」


 星河は足を立てて、思いっきり砕けた座り方をしている。放課後のアンニュイな空気感がそうさせるのか、つまり何が言いたいのかというとだ。




「がっつり見えてるぞ」




 ショートボブに、ピンク色のマスク。白い半袖は短く二の腕を主張し、とどめにはスカートから伸びる太腿の誘惑。嗚呼、放課後の教室よ。


 何だか高そうな黒ショーツを網膜に焼き付けたと同時、上段蹴りによって僕は昏倒した。


 *


 連れて行かれたのは、校外も校外だった。タクシーで揺られること十分強、僕と星河は今、とんでもない廃墟にいる。


「何突っ立ってんの。まさかビビってる訳? よくそんなんで降魔を名乗れたもんね」

「ひゃい……」


 強烈なハイキックにより、滑舌は未だ不安定。普通に脳が揺さぶられる威力だったけど、後で病院行った方がいいのかな?


「うはー、ちょっと見ない間に崩れかかってるじゃないの」


 星河が見上げるのは、かつて大型ショッピングモールだったと思われる施設跡だった。営業が終了してからかなり経っているらしく、ほぼ鉄筋が剥き出し。錆びついた配管がやけに存在感を放ち、人の勝手な都合に怨嗟の声を向けているかのよう。


 ティンときた僕。恐る恐る廃墟に足を踏み入れつつ、提案してみる。


「この様子、動画で録ってアップするか。放課後、突然後輩に連れ去られた悲劇の美少年……バズ間違いなし」

「あたしは可愛いから人気出るでしょうけど、あんたは普通に誹謗中傷の餌食になるだけじゃないかしら。パッとしないし、反撃もしてこなさそうだし」

「やめてくれよ……既にサレナの上げたショートでそうなりつつあるんだからさ」

「ショート? ああ、消滅防止用に録ったアレか。知ってる? 女子が作った流行に乗っかった男って、案外女子トークには登場しないの。憧れと便利は別なのよね」


 コイツ、シェアハウス系のリアリティ恋愛番組で誰ともくっつかずに降板すればいいのに。


 どうも僕の周りには言葉で刺してくる奴らが多い気がするのだが、現状は深刻だ。『降魔』の力を失って久しい僕では自分の半亡霊化を止める術がないため、今はサレナや星河をアテにするしかない。


 それにしても、


「っ、と。かなり荒らされてるな……」

「落書きだらけ。何で肝試しに来る奴らってわざわざカラースプレー持ってくるのかしら」


 その場の雰囲気、未知の恐怖が高揚に変わって非行へと走らせるのかもな。公衆便所だって、わざわざ臭い場所に行ってまで落書きする奴がいるくらいだし。


 エスカレーター部分はほぼ倒壊し、メインフロアには上ることができない。そのため、僕達は比較的綺麗な非常階段から上ることにした。


「で、話す事って何だよ。こんな場所に拉致した理由は?」


 そう僕が問うと、「そうねえ」と星河は少し悩む様子を見せ、


「どこから話そうかな……まず、アンタって昨日、あの後どこ行ってたの?」


 思考がフリーズした。キックの鈍痛さえ忘れ去る。


 その反応だけで星河は察したようで、


「……ふーん、見たんだ。どこまで? 放火後のグロい教室? 


 かつん、かつんと階段を上る音が反響する。僕は辛うじて頷いた。


「あれを知ってるなら、少しは端折れるか。――結論から言うとね、あの学校は完全に死んでるわ。文字通りの意味で、名前ごと焼き払われてる」


「生き残っているのは、あの旧放送室にいるあたし達だけ。今年入ってきた新入生なんか存在しない。みんなただの黒焦げよ」


 ここと同じようにね、と俯く星河。明確な憤りが瞳には宿っていた。




「『降魔ごうま』の力――サレナがそれをした。そして、あんたも恐らく無関係じゃない」

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