第一章

こいつら、何を企んでやがる

 どうしてその名を、やらそもそもお前は何者なんだとか色々頭がぐるぐるした挙句、僕の口から出て来たのは、

「なん、で。お前が?」

 という、要領を得ない端的すぎる疑問だけだった。いや、だってそうなるだろう。

 偶々忘れ物を取りに来たら、それは入れない筈の部屋から持ち出されていた。まあここがそもそも入れない部屋だってこと自体忘れていたんだがな。

 そして、『見えない女』などという冗談かつオカルトじみた噂の生徒と突如邂逅。或いは先行している連れ共は狂喜乱舞する事態かも知れない……

 だが、その名を星河からその名を聞いた瞬間から。

 僕の中で、そいつはブラックリスト入りかつノーエンカウントを決めた初の人物となっていたのは……事実だ。

「何でって? んんと…… 何でもだよ」

 そして要領を得ない質問への意趣返しか、うやむやな返答の女・降魔サレナ。

 そいつはさらに僕を得体の知れない状況に追い込むように、こう提案してきた。

「とりあえずは、アジトへレッツゴウ?」

 いや疑問形にされても。後、お前のイントネーション中々独特だな。

「お、おい。ちょっと」

「いいから来る来る♪」

 後輩の美少女が手を取って、二人だけの空間へと誘う夢のシチュエーション。

 の、亜種だった。

 袖からちょこんと出た指先で、僕の制服の袖を弱々しく摘まむ様はいかにも男心をくすぐるものではあったが、その指先にこもっているパワーは尋常ではない。惑星が持つ強大な引力を総結集させたかのような力に、有無を言わさず連行されてしまう。

 そうして連れてこられたのは、五階のとある部屋。校舎内で屋上の次に高く、最も古い棟の一番端に存在するそこは、旧放送室。

 ガラガラ、と古めかしい音と共に、視聴覚室よりも古い部屋が全容を見せる。

「連れてきちゃった♪ サキト君のご登場ー」

「おわっ!?」

 ぶん回す様に指先の超重量拘束具から解き放たれ、放送器具に半ば叩きつけられるようにして寄りかかる。哀れかな、僕は立てこもり事件における人質のような扱いだった。

「く、馬鹿力女め……」

「そっちにテーブルあるから、適当に座っててね♪」

 悪態を吐く僕などお構いなしに、サレナは再び部屋を出ていった。「いや、僕は帰りたいんだけど」という呟きは、バンとしまるドアに跳ね返されてしまう。

 だがそれを、部屋にいたもう一人の人物が拾い上げた。

「結局来ちゃったのね、あんたも」

 その声の主は、先程食事前の僕を廊下に引き摺り出した沢渡星河だった。どこから持ってきたのか、応接室にでも置いてありそうなソファーに寝転んで端末をいじっている。

「星河? 何でお前がここに。一体何がどうなってんだ」

「その前に座れば。どうせもう逃げても無駄よ」

 そうつまらなそうに言って、机を九つほど合わせただけの簡素なテーブルを見る。椅子がきれいな割に、机はやっつけというアンバランスさ。

 どの道、奴には問い質さなければならないことがある。『職員室に没収されて厄介なことになった。先帰っててくれ』と友人たちにメッセージを送り、椅子に腰かける。

 しかしこの部屋は……。

「意外と広かったんだな、ここ。初めて入ったけど」

「何なら今の放送室より広いわ。設営に付き合わされたこっちは溜まったもんじゃないけど」

「設営?」

 引っ越しの段ボールさえまともに片付けない、ものぐさなこいつが発するとも思えない単語に疑問を発すると、

「もちろんサレナの都合で、よ。ってかアンタ、忠告も聞けない馬鹿だったのね。こんなトコでうろちょろしてるなんて、どんだけ暇な訳」

 視聴覚室に忘れ物をしたから、取りに来ただけなのに突然捕まったんだよ。しかもどういう手段を使ったのか、鍵かかった部屋なのに先回りされたし。

「あの子は何でもありで、理屈なんて通じないわよ。だから無視しろって言った」

「誰かもわからないのに無視は失礼だろ。あいつがどんな背格好なのか教えてくれたっていいじゃんかよ」

 そもそも、忘れ物が個人情報の塊である端末な時点で詰んでいたけどな。もしかして、あれも計算づくだったのか?

「あー、それは言ってなかったっけ。ごめんごめん忘れてた」

 とにかく、と星河は続け、

「『名前』はサレナが持ってるんだから、諦めなさい。戻ってくるまで邪魔すんじゃないわよ」

 あたし寝るから、と端末を置くと、あっさりと寝息を立て始めやがった。そもそも何故サレナと知り合いなのか問い質そうとしたが、こいつ寝起きだと冬眠明けのヒグマみたいな攻撃性になるからな。

 部屋には何と冷蔵庫や電子レンジまで備え付けられていた。自分の背丈よりも高い、値段もさぞ高価であろう冷蔵庫から勝手にアイスコーヒーを取り出し、テーブルに置いてあった紙コップを拝借して飲んでいると、

「お待たせー♪ お、ちゃんと逃げなかったか」

『見えない女』であるはずの、降魔サレナが再びドアを開き、姿を現す。

 戻す手間省けた、と星河の対面にあるもう一つのソファーにちょこんと腰掛ける。

 何だよ戻すって。僕のことなんだろうが、端末と人間の扱いを同じにすんな。

「来たな…… 貴重な放課後を無駄にしてるんだ。洗いざらい吐いてもらうぞ」

「わーお、何かカッコつけた言い方」

 感心したように小馬鹿にしてきやがった。同時に星河が「ん…… おかえり」と目を覚ます。

「ただいま♪ ……何から聞くの? サキト君」

「もちろん、何でお前がその『名前』を持ってきたのかだ」

 あれは――完全に捨てられたものであるはずだぞ。

 もちろん星河との謎ペアについてもだが、それは後でいいとしよう。

「何て言えばいいのかなぁ? 別にサレナは何もしてないの。気が付いたらこうなってたとしか言いようがなくてさ」

 そんな馬鹿な。

「でもアンタの時もそうだったじゃん。表札から住民票、他人の認識に至るまで全部、当然のように変わってた」

「名前には力があるからね。場合によっては、その人の中身よりも」

 これについては説明が必要かもしれないな。

 いつからそうなったのかは当然知らない。だが一部の人間達は実感しているのだ。それぞれに意味のある名前のルーツ…… その中で極々稀に、持っているだけで世に影響を及ぼすものが存在するということを。

 幸いにして僕がそれを理解した中学当時、『ある一件』を除けば大きな災いを呼ばずに済んだ。こいつの場合はどうだったのだろう?

「たぶん大丈夫だよ♪」

「ま、こんな調子」

 が、僕の懸念に対して二人の反応は恐ろしく軽かった。堪らず、

「いやいや、流していい問題じゃないだろ…… これから何もない保証はないんだぞ」

「そこでサレナ達だよ、サキト君」

「え?」

 袖からちょこんとはみ出した両指で、地面を指すサレナ。意味が分からず首を傾げる僕。

 再び端末をいじり始める星河を傍目に、サレナは立ち上がる。

 そうして、僕達に向かって宣言するのだった。



「名のある人たちをここに集めて、最強軍団を作っちゃえば楽しいと思わない? という訳で、今日からここをアジトにして活動していこうと思います!」



 *



 そんなあざとくおー♪ なんて腕を突き上げられても。

 でも世の男はこういうのに寄ってきちゃうんだろうなあ、と諦観する僕に、サレナは楽しそうに目を細め、ある提案をしてくる。

「そだ。せっかくだし、記念に三人で何かやろ」

「何かって?」

「あー、あたしもやらされたやつね」

「星河ちゃん、大正解♪」

 何やら星河は既に経験済みであるらしい。僕がキョトンとしていると、サレナは端末を突きつけてきて、

「これ♪」

「成程、こういう系の……」

 画面に映っていたのは、いかにも流行りといった手での振付がされたショート動画。イメージ通り、こういうのが好きなんだな。

 しかしその動画からもわかる通り、こういったものが撮影される時、特に教室内では関係ない奴は遠巻きに大人しくしているのが暗黙の了解。ましてや、僕はこんなトレンドまっしぐらのコンテンツとは全く縁のない人間であり、近くでこんなものが撮影されようものなら、映り込みを避けるため瞬時に遁走するだろう。

「さ、ほらほら真似してみて。せーの」

「う、僕はこういうのは遠慮したく――」

「ふんぬ」

 鳩尾に星河のチョップが炸裂し、僕は悶絶。物理的に反論は封じられ、弾圧の中なし崩し的に合わせる羽目になる。

 校舎の端っこで、後輩二人と謎のショート撮影。何だこのシュールさは……

「完了っと♪ うーん、やっぱりあと一押し欲しいね」

 しかし、僕に無断で動画をアップロードするサレナはやや不満なようだ。

「まあ、五人はいないと名前的にも弱いしね」

「何だよ名前的にって」

「こっちの話。あんたは気にしなくていいわ」

 顎に手を当てて考え込む星河にやや引っかかるものを感じ突っ込んでみたものの、にべもなくあしらわれてしまう。忘れないように今一度確認しておくと、一応僕はこいつの先輩である。

 なのに、へいへい、とあっさり引き下がってしまう悲しさ。ここに有無を言わさず連れ込まれている時点で、威厳も何もないけどさ。

「で、アテはあんの? サレナ」

「一人は決まってるよ♪ 川内真緒ちゃん」

「……また、目立つとこ行くわね」

 サレナの口から出て来たその名前は、さっき聞いた覚えが気がする。

 そうだ、確か昼休みに出た一年捜索隊が、特に可愛かった奴の一人に名を上げていたはず。

 ということは、そいつの『名前』もまた特別ってことか。

「あの子は部活見学して回ってるはずだから…… よし。今三人で誘っちゃおう♪」

 えっ僕はやめとくよ、などと口に出す間もない。再び指先の剛力が僕を拘束する。

「運動部に誘われまくってたの廊下で聞いたし、片っ端から当たってみよっか」

 断言できるが、それも謎の廊下ステルス機能で盗み聞きしたんだろうな。

 そうして僕達三人はまた、北棟近くの体育館へと向かうべく旧放送室を出たのだった。





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