第2話 一人と一本

『なんでオレ様より先に別の精神が入ってるんだよ!!!!』


 たしか、主人公アランに倒されすべてを失ったエイルは、魔剣に身体を乗っ取られると、悪魔の手先になってアランの前に立ち塞がるはずだ。


 ということは、これが……。


「魔剣ベリアル……」


『なっ……待て! なんでオレ様の名前を知ってるんだよ! 温室育ちのお坊ちゃんが、オレ様のことを知ってるわけないだろ!?』


「なんでって言われても……」


 いったい、どこから説明すればいいんだ?


『ヒーローズオブアーク』というゲームの悪役、エイル・ドルザバードに転生したとでも言えばいいのか?


「……なあ、ベリアル。俺がこことは違う世界から転生してきたって言ったら、信じるか?」


『……お前アタマ大丈夫か? 何か悪いモノでも食べたんじゃないか?』


 魔剣に本気で心配されてしまった。


 本当のことなのに……。


「なあ、ベリアル。これから俺が強くなりたいって言ったら、力を貸してくれるか?」


『ハッ、誰が。どのみち、お前の身体を乗っ取れなかったんだ。お前を殺して、とっとと別の身体乗っ取ってやる』


 案の定、俺に悪態をついてきた。


 そりゃそうだよな。


 人間を乗っ取り魔族の手先とする魔剣が、こちらに力を貸す理由なんてない。


 だが、それでも。


 そうだとしても、俺は力が欲しかった。


 相手がアランだろうと、父だろうと、誰にも負けない力。


 誰にも負けない、俺だけの力が。


「……ここにいる男が魔剣を手放さない以上、お前が別の身体を乗っ取ることは不可能だと思う。……当然、俺の身体を乗っ取ることも」


『なんだ、ケンカ売ってるのか?』


「それでも、ここにいる男は誰にも負けないくらい強くなる。アランにも、お前の主、魔王にも」


『お前……』


「いつの日か、俺は最強の魔剣使いになる。……そのときお前はただの魔剣ベリアルじゃなく、”最強の魔剣使いの愛剣ベリアル”として名を残すだろう」


 なにより、俺の中のエイルの心が叫んでいる。


 悔しい。もっと強くなりたい、と。


「選べよ、ベリアル。最強の魔剣使いの愛剣として名を残すか、今から別の身体探して魔王の手駒に戻るか」


『…………面白くねェ。人間ごときがオレ様を言い包めて、いいように使おうなんざ、心底面白くねェ』


 俺の手の中で、魔剣ベリアルがわなわなと震える。


『だが、こんな小僧の、適当な戯言に心を動かされかけた自分が、一番面白くねェ……!』


「ベリアル……!」


『いいか、力は貸してやる。貸してやるが、お前の言葉がウソだとわかったら、その瞬間にお前の首を斬り落としてやる』


「上等だ。俺に乗ったこと、後悔させない」


 ここから始めるんだ。


 一人と一本で、『ヒーローズオブアーク』の世界で一番の剣士に――


「坊ちゃま?」


 聞き覚えのある声に、思わず俺の身体がすくんだ。


「レイチェル!?」


 いまの俺はドルザバード家を勘当された身。


 そんな俺にレイチェルが仕える義理も理由もないはずだ。


「なんでここに……」


「たしかに私はドルザバード家にお仕えする身……しかし、私が忠誠を誓っているのは坊ちゃまです。坊ちゃまのいるところが、私のいるべき場所ですから。……旦那様からはお叱りを受けちゃいましたけど」


 恥ずかしそうに笑みを浮かべるレイチェルに、胸の奥がジーンと熱くなった。


 そうだよな。


 勘当されたとはいえ、今まで過ごした時間がなかったことになるわけじゃないもんな。


「ありがとう。レイチェルがついてくれてるだけで、俺なんでもできる気がしてきたよ」


 溢れ出た感謝の言葉を口にすると、レイチェルが豊満な胸の前でぐっと手を握った。


 ……なぜか顔を赤らめて。


「ですのでっ、たとえ坊ちゃまが思春期男子特有の発作といいますか、妄想を拗らせて独り言を呟いていようが、幻滅したりしませんから! 気づかなかったフリをして、何事もなく接するように心がけますから!」


 ちょっ、聞いてたの!? さっきまでのやりとり!


 イヤだよ、使用人に厨二病扱いされながら生活するの!


「違うんだ、レイチェル。信じてもらえないかもしれないけど、魔剣を手に入れたんだ。魔剣が語りかけてくるんだよ、俺の心に」


 必死に説明するも、レイチェルは菩薩のような顔で「うんうん」と頷く。


「そうですよね。辛いことがありましたもの。そうやって現実逃避したくなる時もありますよね」


「だから違うんだって!」


 そうして、誤解を解くべく2時間に渡る説明をするハメになるのだった。

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