追放された私が幸せなキスをする未来なんて信じられません! 婚約破棄された未来視の公爵令嬢は、辺境伯に恋をする

恥谷きゆう

第1話王城での断罪

「エレノア、お前と俺との婚約を破棄する。明日にも荷物を纏めて出て行ってくれ!」


 婚約者、この国の第一王子であるラインハルトの言葉を聞いて、私は思わず固まってしまった。


「な、なんで……」

「なぜだと? 当然だろう、厄災の魔女め。お前のせいでどれだけの騎士が死んだと思ってるんだ!」


 血走った目で私を見る婚約者が何を言っているのか分からなくて、私は困惑した。

 

「私のせい……?」

「そうだ! 何が未来視の魔眼だ! どうせ嘘なんだろう! 貴様は自分の実績を作るために反乱軍を指揮し、王城に仕向けた!」

「そ、そんな作り話をあなたが信じたのですか!?」


 そんなもの、酒場で平民が冗談交じりに言うような与太話だと思っていた。

 それをまさか、国の政治にも関わる第一王子が信じていたとは。


「言い訳が見苦しいですよ、エレノア」

「アイリス……!」


 ラインハルトの影から出てきたのは、最近王城に出入りするようになった男爵令嬢、アイリスだった。身分が低いにも関わらず誰よりも派手なドレスを着た彼女。


「あなたの予言が嘘で、反乱を起こしているのはあなただということは既に私から皆さんに伝えました。もう自作自演はやめましょう」

「何を――まさか、他の方々も信じているんですか?」


 元から何を言っているのか分からない子だと思っていたが、ここまでとは思っていなかった。

 しかし、周囲にいる人間もアイリスの意見に同意しているようだった。どうやらはめられたらしい。

 この舞踏会の晴れ場で、彼らは私を告発して追放することに決めたらしい。


「あなた方は私のブラッドストーン家が代々未来視の力で王国を救ってきたことをお忘れですか!?」

「たしかに先々代の頃はそうだったが、しかし今ではすっかり国が荒れてしまっている。本当に未来が分かるのなら、こんな事態にはならなかったんじゃないか?」


 その言葉に、胸のうちに激しい怒りが湧き立った。


「おばあ様の時代と今では世情が全く違います! 政変の影響で貴族が減り、王国の所持する魔道具も減りました。貴族が魔法使いだったのはもうずいぶん昔の話です。私たちはもはや平民とほとんど変わらない力しか持っていません。それを自覚しない傲慢な貴族のせいで騎士たちは死んでいったのではありませんか!?」

 

 この人たちは何も分かっていないのだ、と改めて実感する。

 紅茶を飲んで、ふかふかの椅子に腰かけて書類に目を通すだけでは何も分からない。騎士の苦しみを、平民の苦しみを、今の王国の苦しみも。

 しかし、私を見る貴族たちの目は冷たかった。

 

「公爵令嬢ともあろうものが言い訳ですか?」

「アイリス……!」


 男爵令嬢の彼女は、ずっと頭がお花畑なんだと思っていた。ふわふわとした話し方。教養のない冗談。考えなしに政治に口を出す様は、聡明なものなら彼女を避けるほどだった。

 実際、彼女のような愚か者は王城に足を踏み入れることすらできないはずだった。


 しかし、第一王子のお気に入りとなると話は変わってくる。陛下を除いてこの国で最も地位の高い男、ラインハルトの寵愛を受けた彼女は、みるみるうちに発言権を得ていった。


「分かっただろうエレノア、お前は王都から追放だ! ホークアイ辺境伯の家に婚約者としてよこすことが決まっている! 誰か、この女をつまみ出せ!」


 もはや抵抗する気力すら湧かなかった。控えていた騎士に腕を掴まれて、私は用意された馬車に乗せられる。


 荷物と一緒に無理やり馬車に乗せられて、私はようやく現実を受け入れることができた。

 

 どこまでもついてきてくれる私のメイド、コレットだけが私を気遣ってくれていた。ふんわりと広がった茶色髪。いつもふわふわした笑顔を浮かべている彼女は、今は怒りを顔に浮かべていた。

 

「どうして……どうして誰よりも王国に尽くしたお嬢様がこんな仕打ちを受けなければならないのですか! そもそもお嬢様の未来視がなければ王国はとうの昔に瓦解していたというのに! あの王子はどこまで愚かなのでしょうか!」


 憤慨する彼女に、私は力なく笑いかけた。

 

「コレット……いいのよ。分かっていたことだから」

「お嬢様……まさか。こうなることが分かっていたんですか!?」

「ええ、視えていたからね」


 私の未来視にも、ラインハルトに追放される未来は見えていた。対策だったしてきた、つもりだった。


「でも、変えられると思った。未来は確定していない。私がもっと頑張って国のために働いて、国を良くして、そうすればきっと変えられると思った。……結局、無駄だったけどね」


 ラインハルトが見ていたのは、私が何をしていたのかではなくて周りの人間が私をどう語っているのかだった。

 私がどれだけ頑張っても無駄だったのだ。

 

「……そんな」


 私のため悲痛な表情を浮かべてくれるコレット。

 やっぱり優しい子だ。その前向きな姿勢に何度元気づけられただろう。


「終わったことを嘆いても仕方ない。これからのことを考えなきゃね」


 これから先の未来は、まだ視えていない。未来視は簡単に視たいものを視れるほど便利ではないのだ。

 

「はい。……といっても、ホークアイ辺境伯領についてはあまりいい噂は聞かないですね」

「ええ。危険な土地だと聞いているわ」


 ホークアイ辺境伯領。隣国と面しているその土地は、治安が悪くて安定していない。王都に暮らしている人間なら、行くことすら忌避するような場所だ。

 あそこを治めるホークアイ家は、外れくじを引かされたと言ってもいいだろう。

 

 辺境伯とは、貴族社会ではあまり政治的な力を持たない家だ。しかし荒れた領地を代々治め続けている手腕は評価されていて、直接政争に巻き込まれるようなことはない。

 今回私が無理やり辺境伯の婚約者にされたのは、極めて異例なことだった。

 

「多分、ラインハルトは私があの地で死ぬことを期待して行かせたんでしょうね」

「本当にあの馬鹿王子は変な知恵ばっかり回りますね。エレノア様の足を引っ張ることばかり考えつくんですから」


 平民メイドのコレットは、王子への不敬など気にしていないようだった。


「でも、辺境の地ならきっと王城みたいにガチガチに慣習に縛られているわけじゃない。私の未来視を使って、良い方向に変えられるかもしれない」


 王子や高位貴族のように頭の硬いものばかりではないことを信じたいものだ。


「お嬢様はあんな目に遭っても国のために尽くすのですね」

「それが、この眼を持って生まれた私の責務だからね」


 未来視の魔眼を持って生まれた以上、その力を人のために活かせ。

 私がおばあ様から教えられた教訓だ。未来視という絶大な力を与えられたのだから、人のため国のために活かさなければ。


「とにかく、辺境伯に私の言うことを信じてもらうことから始めないと」


 魔法すら衰退した今の世界において、未来が視えるなんて能力は信じてもらえないことも多い。ラインハルトがその典型で、どうやら未来視は全部私の自作自演ということになったらしかった。


「ギルバート・ホークアイ辺境伯というと……あまりいい噂は聞かないですね。治安の悪い辺境の地において、腕っぷしで領内を管理している荒くれ者。容姿に優れているのに今まで婚約者の一人もいなかったのは、粗野なせいで女性が寄り付かなかったせいだと聞いています」


 社交界の場でも姿を見たことがないので、噂でしか想像できない。ただ、貴族らしからぬ立ち振る舞いをする人物だという予想はできた。

 

「ええ、王城で聞いた限りだとそんな感じね」


 果たして、私の話を聞いてくれるような人なのだろうか。不安を抱えながら、私たちの馬車は辺境の地に向けて進み続けていた。

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