春霞葉術譚

篝 たすく

第1話 はじまり

 遥か地のうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける。

 生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける。

 力をも入れずして天地を動かし、眼に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。



〈外つ東の国の神島より伝わりし祝詞〉







 佐保姫や 霞の衣 織りつらむ 春のみ空に 遊ぶ絲ゆふ


 お母様が、私の髪を梳りながら何度も口ずさんでいた。遥か遠い、海向こうの異国のうた。

「あなたの名前は、東の国の、お父様の生まれた国の姫神様のお名前なのよ」

 東の山に桜の蕾が膨らんで、柔らかな霞の布が山を覆う。

 その手で春の霞を織りあげて、世界を春に染める、春の呼び手。

 春霞を織りたもうは春の姫神。

 その姫神の名は佐保姫という。


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