すったもんだで!④~恋人のウェイター姿なんて見たいに決まってるでしょう!~

宇部 松清

第1話

 11月。

 生まれ故郷の北海道では、場所によっては初雪もチラつく季節だけれども、さすがにこの辺では12月とて滅多に降るものではない。それを少々寂しく――いや、雪かきのことを思い出せば、感傷に浸るどころではないか。雪はもう結構。


 実家にいた頃は雪かき要員として、母親と三つ上の姉の命を受け、さんざん働かされたものである。最も、当時はそれも体力作り、筋力トレーニングの一貫と割り切って汗を流していたが、この年になるといくら多少は身体を動かしているとはいえ、些細な動きで腰やら首やらをやりかねない。出来ることなら避けたい作業だ。皆さんもお気を付け下さい。


 大学進学と共に北海道を出、内地を転々と異動して、気候や食文化の違いなど、戸惑うことも多くあったが、除雪の苦労から解放されたのは大きい。稀に交通機関が麻痺するような積雪があったりするものの、こちらは腐っても雪国育ち。例え地元を離れようとも、雪への備えは万全である。


 

 さて、勤務先である男子高校は、10・11月に体育祭と文化祭がある。どちらも生徒側の準備はもちろんだが、我々教職員もあれやこれやに駆り出され、貴重な休日がなくなってしまうことも少なくない。それでも可愛い生徒達が楽しんでいるのを見るのは、楽しいものである。一応、そういう心もちゃんと持ち合わせておりますので。とはいえ、中には羽目を外し過ぎる馬鹿共もいるけれども。まぁ、そういうのをひっくるめても高校生というのは、可愛いものである。


 もちろん、ではない。

 

 校内では、


 やれ「生徒をとっかえひっかえ食っている」だの、

 やれ「儚げな美少年タイプより、自分よりも身体の大きいガチムチ系が好みらしい」だの、

 やれ「◯組の○○が女にされて帰って来た」だのと、不名誉な噂があったりする自分ではあるが、はっきり言って、高校生子どもには興味はない。


 ただまぁ、確かに儚げな美少年よりは、自分よりも身体の大きいガチムチ系が好み、という点だけは当たらずとも遠からず、かもしれないが。


 というのも、現在の恋人がまさにそのタイプであるからして。



「これで明日には食べ頃ですかね」


 ネットで『簡単ローストビーフ』のレシピを発見し、その我が恋人の喜ぶ顔が脳裏に浮かんで、ついついスーパーへ駆け込んでしまったのが数時間前のこと。24時間営業のスーパーの近くに越して良かったと思うのは、こういう時だ。週末に大量に買い込んで冷蔵庫をパンパンにしないで済む。


 ここ数週間、ありとあらゆる雑務を押し付けられたせいで、愛しい恋人と過ごす時間は激減している。お互いに、恋に溺れて日常生活に支障をきたすような性格でもない。私も彼も、仕事とプライベートはきっちり分ける派だ。初手こそ職場で襲いかかってしまったけれども。


 けれど恐らくは、明日の夜、なんやかんやでここに来ることになるだろう。それを見越してのローストビーフというわけである。万が一、彼が乗って来なくても問題はない。これで一人酒をするまでだ。そこに多少『自棄やけ酒』の要素が加わるだけで。


「私ってそんなに女々しいやつでしたかねぇ……」


 そんなことを独り言つ。恋愛には割とドライな方だったと思う。恋人――それは全て異性だったが――も人並みにいたが、ここまでのめり込むことはなかった。どうやら自分は『貢がれやすい』タイプのようで、相手が年上だろうと年下だろうと、花だのなんだのと贈られる側だった。


 食べ物はまだ良い。困るのは、花だ。


 嬉しいです、くらいのことは返して受け取ってはいたけれど、正直困惑するだけだった。いつか枯れてしまうし、そうなった時の処分が困る。困るというのは、その花ごと、贈った側の気持ちをも捨てることになりそうで、という意味だ。単純にゴミがどうこうとか、さすがにそこまで冷たい人間ではない。


 贈られた時はあんなに瑞々しく、この世で最も美しいのは自分だとでも言いたげに胸を張っていたのに。どんなに水を、栄養を与えても、やはり限界はある。萎れ、力なく頭を垂れる様が、そのまま恋人からの気持ちに重なって見えた。いつか相手の気持ちもこうして萎んでしまうのではないか。その時になれば、捨てられるのは自分の方だ。


 だけど、それを惜しくないと思う自分もいた。この花のように捨てられるなら、それで、と。好きだ、愛していると囁いていたけれども、恐らくそれは上っ面だけだったのだろう。そのつもりはなかったけれど、相手には伝わっていたのかもしれない。


 向こうから乞われて付き合い、そして突然別れを告げられる。毎回そうだった。


 付き合う以上はと、精一杯愛を注いだつもりではいた。デートはスマートにエスコートし、声が聞きたいと言われれば毎晩だって電話をした。いますぐ会いたいと言われて深夜に車を飛ばしたこともある。自分の方では、相手を嫌いになったとか、飽きたとか、他の人を好きになったとか、そんなことは一切なかった。ただ、相手の方ではそうではなかった。


 あなたに愛されてる気がしない。

 私のことをもっと大事にしてくれる人が出来たの。


 いまになって気づくのは、恋愛というのは、スマートでありさえすれば良いというわけではないということと、相手に合わせるばかりではいけないということだ。時にはなりふり構わず強引な手段に出ることも、弱い部分を見せることも、また、こちらの我を通すことも必要だったのだ。


 けれどそれがわかったところでどうなる。


 現在の職場は生徒も職員も男性ばかりで、圧倒的に出会いのチャンスは少ない。かといって、焦りはなかった。実家に顔を出せば、主に親戚から結婚についてネチネチと言われる年齢となったが、元々、結婚というものに強く惹かれる質でもなかった。


 そこへ現れたのが寿都すっつ太一たいちという男だ。 

 

 男なのである。

 どこからどう見ても。

 百人いれば百人が「男だ」と判断するような外見の男である。

 友人としてつるむタイプですらない。


 けれど、気になってしまった。

 好きになってしまった。

 どうしても手に入れたいと思ってしまった。


 念願叶って恋人という関係になり、自分の心は明らかに浮足立ってしまっている。彼と会える日を心待ちにしている自分がいる。保健室で仕事をしている時ですら、今日もまた、何かどうでも良い用件を引っさげてそのドアを開けてくれるのではないかと、そわそわしながらポットの湯を確認するようになってしまった。


「惚れた弱味、ってやつですかね」


 そうぽつりと呟いて、ため息をつく。


 自分にもそんな人間らしい感情があったのだということにいまさら気付いて、苦笑した。

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