第三話 神業一発

 集落からエルフの女性ビアンカを連れ出したヴィドリアは、とある場所を目指し歩みを進めていた。


 あの集団で最年長のセシリオには、仲間たちへの情報伝達と他集落への共有のため動き出してもらっている。


 エルフたちは集団の規模が小さいため、エルフ族という種族的範囲の話になると伝達が遅れる傾向にあった。


 だからこそ、ある程度先を見越して動き出さなければ手遅れになる危険性がある。


 群れの規模が小さかったり、社会性が低かったりする動物が大規模な気候変動に敗れ去るのはよくある話だ。


「ちょっと待ちな、そこの別嬪さん方」


 ……しかし、急ぎの用というものは往々にして遮られるもの。先を急いでいるときほど、トラブルに巻き込まれやすい。


 森を歩く二人の前に現れたのは、両手剣を抜いた複数の男たち。エルフではない。どうやら人間のようだ。


 後方には小型の荷車がある。馬車が入れないこの森の中で、それでも大きな荷物を運ぶ必要があるらしい。


(わかりやすい賊ですね。すでに抜刀しているということは、戦闘の意思ありと見てよさそうです)


 人数は20名ほど。全員が武装しており、うち5名は剣を抜いている。


 荷車の上には頑丈そうな鎖や首輪の類が見て取れた。


 なんとわかりやすいことか。彼らは人さらいだ。しかも、人さらいであることをまったく隠そうともしていない。


「……自信過剰のアホ、というところですか」


「なんか言ったか?」


「いえ、何も」


 ヴィドリアはひとまず降参のポーズを取りながら、発した言葉を濁した。


「しっかしえらい美人だなぁ。片方はエルフじゃないみたいだが、売れば相当な金になるぜ」


「群れに出くわすと厄介だからな。こんなところに二人だけでのこのこやってくる馬鹿で助かった」


「なぁボス、売る前にボディチェックは必要だよなぁ?」


 男たちはすでに勝利を確信しているのか、下卑た視線でヴィドリアとビアンカを品定めする。


 つま先からつむじまで、彼らの視線は不快の一言では表現しきれないほどであった。


 たまらずビアンカは魔力をその手に込める。鮮烈なる炎の魔法。その火力は、人間程度粉砕して余りあるだろう。


 ……しかしその魔法は、ヴィドリアの視線によって止められた。

 さしものビアンカも、彼女に制されては従う他ない。


 片付けるのはたやすいが、ヴィドリアにも少々確かめたいことがある。


(最近増えてるんですよね、こういうやから。対外戦争が落ち着いてから、別種族に対する支配意識が高まりつつありますから)


 人間種は本当に異質なものだ。その数や支配領域もさることながら、他種族をねじ伏せようとする傾向が非常に強い。


 種族的に見れば知能以外長けたものはないはずなのに、それでも彼らは自分たちが頂点であると信じてやまなかった。


 その結果生まれたのが、他種族に対する差別や支配思想。特に生活圏が人間と近いエルフは狙われやすい。


(しかし、ここはエルフがたくさんいる森。いくら集団の規模が小さい彼女たちでも、同族が襲われていたら助けに入ります。そうでなくとも、通常エルフは10~20人規模の組織。人間種が20人程度では相手にもなりません)


 エルフのことを知っているのなら、こんな少数戦力で仕掛けてきたりはしないだろう。


 今回のように集落の外まで出歩いているのなら話は別だが、集団の近くでエルフを襲えば命はない。


 つまるところ、彼らは新参だ。人さらいのベテランではない。


 大方、奴隷産業が流行と聞きつけ参入しようとした畜生といったところだろう。


 どうやら彼女の求めていた情報は持っていないらしい。


(もっと大きな裏組織の情報が知りたかったのですが、彼らでは役不足のようですね)


 そこでヴィドリアは、ふっと手の力を抜き周囲を見渡す。


 彼女の意図が伝わったのか、ビアンカも降参のポーズを崩した。


「ヴィドリア様、私が片付けましょうか?」


 先ほどヴィドリアに制されたのを思い出したのか、ビアンカは一言許可を求める。しかし……。


「大丈夫です。私も最近ストレスが溜まっているので、ここらでひとつ解消しようかと」


 人間種に対する不満はとても大きい。今回のような小さい事件もそうだが、彼らはとにかく問題を起こすのだ。


 それまでの環境を激変させすぎてしまう。


 もちろん人間も自然な進化の過程で生まれたのだから、彼らの行動が不自然かと言えば疑問は残る。しかしそれでもなお、彼らの所業は目に余った。


 一歩、ヴィドリアが深く前に出る。


「なんだお嬢ちゃん。俺たちとやろうってのか?」


「そっちのエルフにお願いした方がいいんじゃねぇか? ギャハハ!」


 ヴィドリアの戦意を感じ取ったのか、男たちは大袈裟に剣を持ち上げ彼女を挑発する。


「ロングソードに盾なし。鍔は円ではなく二本の突起だけ。貴方たち、本当に剣術を理解しているのですか?」


 そんな男たちに対し、ヴィドリアは鬼のような形相を向けて見せた。


 魅了ではなく威圧。知能の低い動物でもほぼすべてが獲得する能力、威嚇だ。


 流石の男たちもこれにはたじろぐ。何せ先ほどまでか弱いと思っていた女性が、解き放たれた獅子のごとき威圧感を放っているのだから。


 そして次の瞬間、危険を察した男の一人が、真っ先に剣を振り下ろした。

 撤退ではなく交戦。一人が前に出てしまっては、もう逃げるのは容易くない。


「ありがとうございます、一人目になってくれて」


 そんな男に対し、ヴィドリアはさらに一歩前進する。


 振り下ろされた剣に合わせるように、剣が振り下ろされるよりもほんのわずかに早く。


「こんな目立つ突起、掴んでくれと言っているようなものです」


 おかしい。普通剣を振り下ろされれば、その間合いから外れようとするはず。男はそう思っていた。


 大上段から落ちてくる剣に対してまっすぐ進んでは、頭から切断される。それが道理のはず。


 しかし事実、そうはならなかった。男の剣は、彼女の目の前で急停止してしまったのだ。


 何が起きたのかまったくわからない。こんな線の細い女に、自分の剣が止められたというのか。


 そんな思考が頭をよぎった途端、男の視界は電源を切ったように見えなくなった。


「敵を前にしてそんなに目を見開いていたら、突きたくなりますよ。攻撃が外れたら避けないとダメです」


 後方で一部始終を見ていた賊の仲間は、彼女の行動に戦慄する。


 見たものを理解することはできても、それを彼女が成したのだと納得することはできなかった。


 しかし、文字に起こしてしまえば簡単なこと。

 大上段から振り下ろされた剣に対し、彼女はその鍔を取ったのだ。そして両目に指を差し込み、視力を完全に奪った。


 彼女にまだ慈悲があるとするのならば、眼球を引き抜かなかったことだろう。また、脳まで刺さなかったことも慈悲と言える。


 あくまでも視力を奪ったに過ぎない。男は気絶こそしているものの、絶命したわけではないのだ。


 適切な処置を施せば、まあ介護付きで生きることくらいできるだろう。


「ば、化け物……!」


 誰かが呟いた、ほんの些細な言葉。しかしそれは、その場にいた全員が感じていたもの。


 たった一言が、そこにいたすべての人間に伝わり波及していく。それ以外にヴィドリアを表現することはないと、一瞬そう錯覚するほどに。


 けれど、それは正しい感情だ。これほどの絶技を見せられて、まだ自分の方が強いなどという思い上がりを持っている者はいないだろう。


 剣先よりも速く相手の懐に潜るなど、並大抵の技術ではない。


 そして圧倒的な実力差の先に来る感情は恐怖。


 熊が恐ろしくない人間は少ない。獅子に怯えない者は早死にするだろう。まったくもって正しい、他種族に対する畏怖。


 ヴィドリアはその事実を感じ取れたことに満足していた。


 エルフは人間と同じ見た目をしているから勘違いされているだけで、他種族を恐怖する感情が人間から失われたわけではないのだと。


 人間に近しい見た目の自分を見てそう思ったのだから、間違いはない。

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