悪の救世主ルートが解放されました!~破滅した悪役令嬢が悪役達を救ったら、最強国家が誕生しました~

隆島りこ

第1話 はじまりの日

 バチンッ!!――


 豪華絢爛、きらびやか。毎年、年末に学生たちの労をねぎらい、城を貸し切って行われる楽しいパーティー。


 そんな場に似つかわしくない乾いた音が響き渡った。

 つい先ほどまで陽気なワルツを奏でていた楽団もぎょっとして指を止め、談笑していた生徒たちも思わず声をひそめる。

 タイミング悪く贅を尽くしたご馳走を口に入れてしまった数名が急いで口の中のものを飲み込んでしまうと、いまや針を落とした音でも響きそうなほどダンスホールは静まり返っていた。


「よくもぬけぬけと・・・・・・!!」

 親の仇を見るような目で私の婚約者であるはずの王子――カイルが吐き捨てるが、まったくもって状況が呑み込めなかった。私が頬をおさえながら呆然と瞬きをし、ぽかんとしている様子が余計に気に障ったのかカイルはより顔をしかめて、隣にいた小柄な少女の肩を抱き寄せる。


(一体、私が何をしたというの?)


 婚約者に「私と一曲踊っていただけますか」と声をかけることが、いつからこの国では御法度になったのだろうか。

 それとも女から誘うのがはしたなかった? 手をあげられるほど?


 どれほど無遠慮に叩かれたのだろうか、頬がじんじんと熱を持ち始めている。頭の中が真っ白だ。思考がうまくまとまらない。


「ネージュ・ド・イスベルグ。私怨にかられ、聖女の殺害を企てる女など国母になる資格はない。君との婚約は今日をもって破棄とする!」


 カイルの宣言にピンと張りつめた静寂が消え、ホールに一気にどよめきが広がる。「まさかそんな」「聖女様を?」「恐ろしい」だの子息令嬢たちが各々口にし、義憤に燃える幾人かの厳しい視線がこちらを貫くがそれどころではなかった。


(おかしい……。私、殿下のこの言葉をどこかで聞いたことがある?)


 瞼の裏がチカチカして、一瞬自分とよく似た女の姿が過る。

 寒々しく簡素な牢につながれ、涙を流し、毒をあおる女。刃物を持って、茶髪の女にとびかかり、殿下そっくりの男に斬られる女――。


 心臓が早鐘を打つ。ここ数年汗などかいたことがなかったのに、冷や汗がふきだした。


「ネージュ、君は過ちを犯しすぎた。

沙汰が下されるまで、せいぜい大人しくしているといい。――連行しろ!!」

 カイルがそういうと、周囲を守るように控えていた四名のうち二名――確か、学年一位の首席魔法使いクロードと担任のロジェ先生――が私を無理やり立たせると罪人のように拘束をほどこした。


「何を、するのですか……!」

 ようやっと出るようになった声をあげ、ご丁寧に魔力封じまでつけられた手錠をガチャガチャと鳴らす。しかし、とてもじゃないがたいした抵抗ができない私を見かねたのか、我慢ならないといった様子で鼻息荒く人の波をかき分け、ある令嬢が声を上げた。


「殿下! おやめください!! ネージュ様が何をなさったというんです?!ゼル、あんたもぼーっと突っ立って何してるの!!」

「お、恐れながら申し上げます、クロ―ド様。な、何か、ご、誤解が、ああ、あるのでは……?」


 血気盛んな赤毛のフラム嬢がいまだカイルのそばに控える自らの婚約者を責め立てる。それに追従し、気弱なモネ嬢も涙目になりながら前に進み出て、私を拘束するクロードに声をかけた。


 しかし、「白々しいぞ」とクロードはモネ嬢の手を荒々しくつかみ、そのまま拘束具を彼女にもはめた。同様に「お前から、首を突っ込んでくるなんてな。俺が何も知らないとでも思ってんのか?」と王子の護衛騎士ゼルもフラム嬢を捕縛する。


「モネ様、フラム様!! お二方にまでなんということを……!」


 動揺して抵抗する令嬢二人、そして声をあげる私にカイルは冷めた視線を投げかけると懐から手帳を取り出し、罪状を読み上げていく。


「君たちも聖女冒涜に加担した容疑者だ。ネージュを筆頭に日ごろからの暴言、暴行にくわえ、6月23日の午後には教科書を裂き――」


 まるで起訴状を朗読する検察官のような口調。その上、どれもこれも心当たりが全く無くて呆れてしまう。


(そもそも私、聖女様がどんな顔をしているかも今日初めて知ったのにとんだ言いがかりだわ。)


 それはそれで問題があるかもしれないけれど。

 所詮は血を濃くするための貴族同士の政略結婚。特に好きな殿方もいないし、国のためになるならと結んだ婚姻であって殿下を独占する気などさらさらない。妾だろうが第二婦人だろうが、作りたければ作ればいい。


 さらにあまり大きな声では言えないが、私は教会や聖女という者を神聖視していなかった。所詮、彼らも神の名をかさに着た組織であって、民の心の安寧と引き換えに金銭を求めるような商売人という認識で――。


 平たく言ってしまえば、興味がなかったのだ。殿下にも、聖女にも。


(それにしても、ずいぶんと細かいのね。こんな描写、ゲームにあったかしら?悪役令嬢の罪状をわざわざ読み上げるシーンなんてなかったような……。)


 その瞬間、ズキン、と一際激しく刺すような頭痛に襲われた。


 ものすごい勢いで走る鉄の塊に毎日毎日、ぎゅうぎゅう詰めにされ、上司に怒鳴られ、疲れた顔で帰宅する「私」。ふらふらの足取りでパソコンのスイッチをつけ、ゲームを起動する。


 しばらく待つと、キラキラしたエフェクトともにリスを思わせる素朴ながらも可愛らしい顔立ちの女の子を取り囲むようにカイル殿下をはじめ、どれもこれも見覚えのある美男子が画面に表示されていく。


 《エトナル魔術学院の聖女》とタイトルが表示された後にオープニングが流れ、中ボスの悪役令嬢「ネージュ」が一瞬映り込んで・・・・・・。


「え? 嘘……! いや、そんな、こんなことって……?!」


 信じがたい記憶が流れてきた衝撃で思わずかな切り声を上げた私に、やっと満足のいく反応を得られたといった様子でカイルが小さく笑う。


「これだけの状況証拠、たとえ公爵令嬢とて逃げられないだろう。君が主役の舞台は終わったんだ」


「カイル……! 皆……!」


 過去を断ち切る様に私に背を向けたカイルに優しく抱きしめられる聖女エマ。大団円の雰囲気の中、聖女と目がほんの一瞬ばちりと合う。


「正しい物語に戻ってよかった」


 ため息とともに呟いた聖女の口元は不気味な三日月を描いていた。


 その光景を最後に私の視界はぐるぐると反転しだした。びゅんびゅんと視界に、前世の記憶、今の「私」の幼いときの記憶が流れていき、混ざり合い、溶けていく。


 瞼の裏に、脳に、魂に人一人分の一生の記憶がよみがえって刻み付けられていく。脳みそをかき混ぜられるようなその負荷に耐え切れず、ぶつん、と私はそこで意識を手放した。

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