第17話 アンダースレイヤーへのお説教、勇者ノワールへの憧れ。


「大切なこと……?」


アンダースレイヤーのリーダーは疲れた様子で、こちらを見上げてくる。


「助けてくれたジェイとトーカへのお礼と謝罪だ!」


俺が叫びをあげると、転寝をしていたジェイとトーカ、ティナさえも飛び起きた。


「あの状況下、ジェイは自らの危険も顧みずお前たちを助けた! さんざん嫌味を言われ、トーカをブス呼ばわりしたお前たちを、なんの迷いもなく!」


「……」


「確かに冒険者等級の上ではお前たちは格上かもしれない。しかし心は、そして戦う者としての心構えさえも、お前たちはジェイとトーカより圧倒的に格下だ!」


「!?」


「他人を蔑んだり、からかったりする暇があるのなら、己の実力と心を磨け! 今のお前たちに、他人をとやかく言っている暇はない!」


「っ!?」


「もしも変わりたいのなら、最初の一歩を自ら踏み出せ! そうしなければお前たちはいつまで経っても最悪だ! ゴミくず以下だ! ゴブリン以下のくそ野郎どもだ!」


「っ……」


「俺からの言葉は以上だ。あとはお前たち自身で今後どうするのかを決めるがよい」


俺は座り込み、自分の武器の手入れを始めた。

するとやがて……


「ジェイ、トーカ……」


アンダースレイヤーの面々は、ジェイとトーカの前へ、肩を落とした状態で集まる。


「なんだよ、てめぇら」


「ジェイくん、そういうの今はめっ!」


アンダースレイヤーは一斉に床へひれ伏す。


「危ないところ助けてくれて本当にありがとうございました! そしてこれまで酷いことを言い続け本当にごめんなさい!」


アンダースレイヤーのリーダーがそういうと、メンバーは口々にお礼と謝罪を口にするのだった。


「……頭上げてくれよ。ちゃんと謝ってくれるんだったら、それでいいから」


「ありがとう……!」


「これからはお互い冒険者として、切磋琢磨して行こうぜ!」


ジェイが握手を求めると、アンダースレイヤーのリーダーは少し恥ずかしそうにそれを受けた。


これでアンダースレイヤーも変わることができるだろう。

なによりも、ジェイの心意気は素晴らしいものだと感じている。

やはりあの子は、いずれ素晴らしい男になるのだろうと確信できた。


……リディア様、あなたが俺をさんざん叱ってくれ、それを自分のものにできたからこそ、こうしてほかの者を導くことができています。

できれば、あなたの生前に、こうした様子を見せたかったと、今でも悔やみきれません……


「ノ、ノルン」


 ふと声が降ってきた。

視線を武器から上げると、緊張した面持ちのジェイとでくわくす。


「どうした?」


「今日一日、どうもありがとう。ノルンさんが怒ってくれたおかげで、アンダースレイヤーともいい感じで付き合っていけそうだよ」


「そうか。冒険者はいつ共闘するかわからないからな。これからも、今日見せた勇敢さと優しさを忘れるな。いいな!」


「はいっ!……あともう一個だけ話しても良い?」


「良いぞ、話せ」


 ジェイは安心した表情を浮かべると、俺の横へ座り込んでくる。


「えっと……さ、実は俺、心から憧れてる人がいるんだ……」


「ふむ、そうか。どんな人物だ?」


「黒の勇者ノワールって人なんだけど……」


「ーーっ!?」


 まさかジェイからその名前が出るとは予想外だった。

 するとジェイは、具に昔のことを語り始める。


 ジェイとトーカが暮らしていた辺境の村は、かつて大量の魔物の襲撃を受けたらしい。

村は壊滅寸前にまで追い込まれたが、ふらりと立ち寄った"黒の勇者ノワール一行"のおかげで窮地を脱することができたとか。


ジェイには申し訳ないが、そういった事案はこの大陸では日常茶飯事だ。

当時の俺は、やたらとそういう事象に首を突っ込んでいた自覚がある。

だから、数が多すぎて、あまりよく覚えていないのが実情だ。


「俺、あの人に助けられた時から決めたんだ。いつかノワールみたいな強い男になって、村やこの国を守りたいって!」


 正直なところ、俺は詳しいことをよく覚えていない。

しかし、こうして誰かの見本になることができた。

そのことは素直に喜ばしいことだと思った。


「だから、今でも信じられなくて……あの強かったノワールが死んじまっただなんて、俺、未だに……」


 そうか……巷ではやはりノワールとしての俺は、そう扱われているのか。

確かに勇者の証を失い、仲間には裏切られたのだから、ノワールは死んだも同然か。

となると、レンのことが益々気になる……近いうちになにかしらの手段でコンタクトを取って、安心させてやらねば。


「ノルン、どうかした?」


「いや、なんでもない。しかしなぜ、いきなりそんな自分語りを?」


「ノワールはもういない……でも、今の俺にはそのぉ……新しい憧れのノルンがいるかなぁって……」


「つまりそれは……」


「ノルン! これっきりでさようならなんて言わずに、俺の師匠で居続けてくれないか!? 仕事の迷惑にならないよう気をつける! だからお願いだ! ノルンを見習って、もっと強くなって、みんなを助けたいんだ!」


 ジェイは深々と頭をさげるのだった。


 そんなジェイを見ていると、昔の自分と重ねてみていることに気がつく。


 俺もリディア様に憧れて、戦いの道を選んだ。

あのお方は、俺には穏やかに暮らしてほしいとおっしゃっていた。

だけど俺は今のジェイのように必死に頼み込んで、なんとか弟子にしてもらえた。


 みなのために戦いたい……その気持ちはよくわかる。

そしてジェイにはきっと、その才能がある!


「分かった良いだろう」


「本当か!?」


「ああ。しかし俺の指導は今日以上に厳しい。その覚悟はあるな?」


「お、おう! 任せろ! 改めて宜しく! ノルン……じゃなかった、師匠!」


「ああ!」


 俺はジェイと硬い握手を交わした。

男同士の約束だ。

それに……これからもジェイとトーカの"アオハル"が目の前で見られるのだから、面白そうだ。


「じゃあ、あたしは姉弟子ってことだね!」


「そ、そっか! 有名人二人が俺の師匠になるってことか!!」


ティナが軽い感じでそう言い放と、ジェイはとても喜んだ様子を見せる。


「ジェイくん、抜け駆けずるい! 私の分も頼んでよ! 私もノルンさんとティナさんの子分になりたいよ!」


 すっかり元気を取り戻したトーカは頬を膨らませながら、そういった。

しかしトーカよ、ジェイは子分ではなく、弟子なのだが……


「わ、わかったよ。ってことで、トーカもお願いできる……?」


「もちろん大歓迎だ! よろしく頼むぞ、ジェイ、トーカ!」


「おう!」


「はいっ! 頑張りますっ!」


 二人のアオハルをそばで見守れる……これからの展開がとても楽しみになってきたぞ!


 なんにせよ、今度こそは教育方針を間違わないようにしよう。


クラリス、アリシア、ラインハルトのようにならぬよう……心にそう決める、俺だった。


●●●


数日後のヨトンヘイム冒険者ギルドは大変なことに……もとい、俺自身が大変なことに……


「ノルンさん! どうか、どうかきついの一発お願いします!」


「わ、私たちも! 目覚めたいんです! 強くなりたいんです!」


「バカ、退け! ノルンさんのお説教をもらうのは俺らが先だぁ!!」


なぜか俺は、集会場にて俺に”お説教”をしてもらいたい若い冒険者に取り囲まれてしまっている。

どうやら会心したアンダースレイヤーが、”俺のお説教のおかげで目が覚めた”と言いまわっているらしい。

更にジェイとトーカまでもが、俺の武勇伝を語り歩いているとのことで……


「わ、わかった! しかし一組あたり一言だ! 助っ人依頼があるので、それ以上は難しいものと思え!」


日常業務に加えて、俺がこうしてギルドへやってくると、なぜかお説教を求められるようになってしまったのだった。


むぅ……忙しい……

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